そらる「僕が書きたかったのは《自分が信じて見ていたものが本当に正しいわけではない》というテーマ」【初小説刊行記念インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/22

そらる

 雑誌『ダ・ヴィンチ』にて2020年8月号から2022年3月号まで掲載された、そらるの『小説 嘘つき魔女と灰色の虹』が待望の書籍化。初の連載を経て、大幅な加筆修正を加えたという本作は、より純度の高いそらるの世界を表現している。舞台は“イロ”のない世界。機械技師の少年ルーマと、色彩が見える魔法使いの少女・イリアの出会いが世界にもたらすものとは――。歌詞と小説の違い、キャラクター造形など、彼のなかで生まれたこだわりや作品への思いを余すことなくうかがった。

(取材・文=倉田モトキ 撮影=干川修)

小説 嘘つき魔女と灰色の虹
小説 嘘つき魔女と灰色の虹
(そらる/KADOKAWA)

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歌詞に書ききれなかった世界を、改めて小説で

ー『ダ・ヴィンチ』で連載していた『小説 嘘つき魔女と灰色の虹』がついに書籍化されました。今のお気持ちはいかがですか?

そらる:こうして形になると、「本当に小説を書いたんだな」とより実感します。表紙のイラストも連載時から僕がイメージしてお伝えしてきた世界観を見事に形にしてくださっていた輝竜司さんですので、とても満足のいく一冊になりました。

ーそもそものお話になりますが、ご自身の楽曲をもとに小説を書くという企画が立ち上がったときはどのような心境だったのでしょう?

そらる:まず、純粋に面白そうだなと感じました。楽曲は既存のもので、すでに受け手側に届いていたものでしたし、そこから物語として広げていった小説を発表するというのは、僕にとって初めての経験でしたから。それに、歌詞を書く際って、いろんな景色が自分の中に見えていても、その断片しか表現しきれていないんですね。だからこそ、僕の頭の中をお見せできるのはいい機会だなと感じたんです。

ーこの『嘘つき魔女と灰色の虹』に関しては、どのような世界を歌詞でイメージされていたのでしょう?

そらる:小説で描かれている物語、そのままです。

 本当は正しい世界のすべてが見えている魔女のイリアと、限定された世界しか見えていない人間たちの世界。本来、正しいことを言っているのは魔女のほうなのに彼女は嘘つき呼ばわりされ、それが少年・ルーマとの出会いで変わっていく……。そうした《自分が信じて見ていたものが本当に正しいわけではない》というメッセージをテーマにしていました。細かな設定やキャラクター造形などは小説を書く際に決めていきましたが、基本的にはこうした奥行きのある世界観を当初からイメージしていました。

ーそこまでしっかりと物語が構築されていたのであれば、意外とすんなり書き進めることができたのでしょうか?

そらる:いえ、それが全然でした(笑)。

 今、歌詞に込めていた物語の話をしましたが、具体的な設定を決めていなかった部分が大半だったので、最初にプロットを書く段階から大変でした。本作では “イロ”を軸に、時間や記憶という3つの要素が絡み合っていく。その整合性を明確にしないまま書きはじめてしまったところがあり、後半になればなるほど、“これ、どうすればいいんだ!?”という感じでした(笑)。

そらる

初めて経験したキャラクターが勝手に動き出す瞬間

ー登場人物たちにも当初のイメージからの変化があったのでしょうか?

そらる:はい。こちらも書いていくうちに、“このキャラクターは絶対にこんなことを言わない”とか、“こんな行動をするのはおかしい”といった状況が生まれていったので、当初のプロットからズレが生じていきました。もちろん、むりやりプロットどおりに推し進めていくというやり方もあったんでしょうけど、それだと展開があまりにもわざとらしくなってしまうので、思い切って変えていく方法を取りました。

ーよく、小説家や脚本家が「キャラクターが勝手に動き出す」という話をしているのを耳にしますよね。

そらる:まさかそれを自分も経験できるとは思っていなかったです。そのことで苦労したことも多かったのですが、初めての感覚を味わえたという意味ではすごく楽しかったです。

ー特に描くのが大変だったキャラクターは誰だったのでしょう?

そらる:いちばんは主人公のルーマでした。ヒロインであるイリアは感情豊かなので、すごく描きやすいんです。でも、ルーマは引っ込み思案な性格でおとなしい。芯は強く、好奇心も旺盛なんですけど、口数はそれほど多くなくて。そうした、自分から前に出ようとしないキャラクターにいかに存在感を与えていくかが大変でした。

 それと、ネタバラシになってしまうので具体的には言えないのですが、終盤に出てくるキャラクターも、連載時は登場や役回りが少し唐突過ぎる感じがして、苦労した一人でした。ゲームでいうところの“フラグ”を早めに立てておけばラクだったのに……という反省点もあり、今回書籍化していただく際には、そのあたりを大幅に加筆修正をさせていただきました。

ーやはり、小説の執筆活動は作詞と比べて苦労も違うものなのでしょうか?

そらる:どちらも大変ではあります。

 ただ、経験値で言えば作詞のほうが数をこなしていますし、自分のなかで多少の方法論が出来上がっているので、それを考えると歌詞を書くほうがちょっとだけラクに感じます。

 とはいえ、作詞には少ない言葉数でメッセージを伝えるという難しさだけでなく、メロディに乗せることを前提とした言葉選びであったり、耳ざわりのいい言葉を当てはめたりと、いろんな要素を考える必要がありますので、やはり求められるスキルが違うなというのが正直な感想ですね。

そらる

人生を変えてくれたインターネットとの出会い

ーまた、主人公のルーマはイリアと出会うことで世界のさまざまなことを知るようになります。そらるさん自身は出会いによって視野や考え方が広がったという経験はありますか?

そらる:僕にとってはインターネットがそれに当たりますね。

 高校生のときに初めて携帯電話を持ち、そこでインターネットに触れたことが、今の僕のスタートになっているんです。当時のネットって今よりももっとアングラな世界で、現実社会で居場所がない人や、いろんな事情で家に閉じこもっているような人たちの拠りどころみたいな側面があったんです。僕はゲームの掲示板を通じて、そこで同世代の人や年上の方たちと交流を築いていったのですが、そのことで、良くも悪くも自分の中の世界が広がっていったように思います。

ーまだインターネットが黎明期の頃ですね。

そらる:そうですね。

 今でこそインターネットって多くの人にとって身近な存在で、珍しいものではなくなったので、かつての僕のような感覚になることはないと思いますが、当時はまだ危ない世界だという印象が一般的にはあったんです。だからこそ、どこかいけない世界を知ってしまったような感覚もあって。

 当時、つながっていた人たちとはもうほとんど連絡を取り合ってはいないのですが、僕が日本武道館でライブをしたときなんかに、何人からかメールが来ました。みんな、それぞれに家庭を持っていたり、立派に働いていたりして、なんだか不思議な感じでしたね。

ーちなみに、普段は本をよく読むほうですか。

そらる:最近は時間がなくて、あまり読めていないんです。

 でも、幼少期の頃はテレビやゲームをほぼ禁止されていたので、いろんな本を読んでいた記憶があります。なかでも、「エルマー」のシリーズは大好きでした。特に『エルマーとりゅう』をよく読んでいて。子どもの頃から冒険譚が好きだったみたいです。

ーそうなんですね。では、ほかのアーティストの歌詞を意識されることは?

そらる:それはあります。

 意識的にではないのですが、気づいたら歌詞を追っていたり。特定の方のお名前を出すのは控えさせていただきますが、一人称の言葉で自分自身をさらけ出し、そのうえで詩的な表現をされている方の歌詞は、僕にはとうてい作れないものなので、ただただ尊敬しています。

ーそらるさんは普段、どのように歌詞を書いていくことが多いのでしょう。

そらる:伝えたいことやテーマがあると、そこから一歩引いて、語り部のように表現していく。そうやって物語を創作するように言葉にしていくほうが、僕の性に合っている感じがします。

 また、先ほどの“自分をさらけ出す”ということについて言えば、大きな声で自己主張するときって、きっと自分自身が苦しんでいたり、社会などに対して不満がある瞬間だと思うんですね。でも、その点、僕は恵まれているといいますか、自分自身を客観視したとき、声を大にして叫ばなければならないような苦しさを抱えずに生きてこられているんです。

 もちろん、それでも当然ながら僕の中にも辛さを背負ったり、世の中の矛盾を感じたりすることもあるわけで。そうした思いをただ真っ直ぐに吐き出すのではなく、物語に落とし込むことでマイルドさが生まれ、皆さんが受け入れやすいものになっているのかなという感覚があります。

 今回の初めての小説もまさにそうした思いで書きましたので、ぜひ手にとって読んでいただけると嬉しいですね。

そらる

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