「私が先生を殺したの」──嘘まみれの友情×青春ストーリー『噓つきなふたり』武田綾乃インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/7

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』1月号からの転載になります。

武田綾乃さん

 どれほど仲が良かった友達でも、7年ぶりに会うとなれば多少の緊張や不安がつきまとう。だが、この小説に登場する長谷川琴葉が放った言葉は、そんな予想を軽々と超えてくる。

 「私が先生を殺したの」。
 絶句する親友・朝日光に対し、琴葉はさらに言葉を重ねる。
 「一緒に逃げてくれない?」と──。

(取材・文=野本由起 写真=冨永智子)

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『噓つきなふたり』は、互いに秘密を抱えるふたりの逃避行を描いた青春×友情ミステリー。光と琴葉が出会った小学生時代、7年後の京都旅行、さらに10年後の彼女たちと、3つの時を行き来しながらふたりの胸の内を明かしていく。

「このお話が生まれたきっかけは、修学旅行でした。私は京都出身なので修学旅行で京都に行ったことがなくて、ドラマやアニメで見るたびにあこがれを抱いていたんです。そこで、京都に住んでいた友人と修学旅行生が行くようなベタな観光地を回ることに。それがすごく楽しくて。大人になりきれていない子たちがもう一度修学旅行をやり直す話を書きたいと思いました」

 もうひとつ、武田さんの頭にあったのはある映画のイメージだった。

「女の子ふたり版『スタンド・バイ・ミー』を書きたかったんです。あの映画も、子どもたちが死体を探しにいく話。しかも、それを大人になってから回想するという構成です。関係性が変わったとしても、過去の友情、当時の絆は消えない。そういうお話を書きたかったのかもしれません」

現状維持もひとつの決断 選択の蓄積が人生を作る

 教育熱心な母親に育てられた光は、勉強漬けの日々を送る小学生だった。生活態度も真面目で、決められたルールに疑問を抱くこともない。そんな光と、対照的なのが同じクラスの琴葉。彼女は、学校一の人気教師・中山に冷ややかな視線を送り、授業中に教室から逃げ出すこともしばしば。そんなふたりが、飼育委員になったことから距離を縮めていく。

「琴葉のキャラクターは最初からブレなかったのですが、光は難産でした。最初はもっとプライドが高くて性格の悪い子でしたが、キャラクターの行動原理と作品の構成が合わなくて。原型をとどめないほど修正した結果、今の光になりました。彼女は、自分の人生を他人のものにされてしまっている子。自分では何も決断させてもらえなかったから、全部人のせいにしてしまう。自分らしく生きられない子というイメージです」

 一方、琴葉は「悪ぶりたい子」だと武田さん。

「『あなた、いい人だよね』って言われたくない人っていますよね。『いい人だね』という言葉には、『あなたは私のこと、傷つけないよね』という期待が含まれていると思うんです。琴葉はそれが嫌なタイプ。ツンツンしているけれど根は人間味のある子ですし、結果的に光といい組み合わせになったように思います」

 一緒に飼育委員をするうち、すっかり仲良くなったふたりだが、修学旅行を前に琴葉は突然転校してしまう。それから7年が経ち、東京大学の赤門前でふたりは再会を果たすことになる。夏休みにもかかわらず勉強に打ち込む光と違い、琴葉は偏差値の低い「Fラン大学」の学生。境遇は大きく変わっていた。

「10代って、自分の状況が激変する時期ですよね。小中高大と数年ごとに学校も変わるし、特に大学生になるとサークルに入ったり、ひとり暮らしを始めたり、就職活動をしたりと1年ごとに状況が変化します。しかも、人生の責任、大きな決断を背負わされているのに、自覚がないまま過ごしている。でも、非効率なことができる自由さ、その余白も10代の面白さだと思うんです」

 再会を喜ぶふたりだったが、そこへ飛び込んできたのは思いがけない知らせ。それは、かつての担任教師・中山が川に転落死したという一報だった。琴葉は「私が中山を殺した」というが、光はそれが嘘だと知っている。それぞれが隠し事をしたまま、ふたりは小学生時代に一緒に行けなかった京都の修学旅行を再現することに。その旅路を通じて、ふたりは自分の“嘘”、そしてこれまで歩んできた人生と向き合っていく。

「昔と違い、今は多様な生き方が肯定されていますよね。それは素晴らしいことだけど、正解がないのもつらいなと思うんです。昔の女性は、結婚して子どもを持って……とある程度人生のルートが決まっていて、模範解答がありました。それを窮屈だと感じる人もいれば、楽だったという人もいるでしょう。でも今は、どんな生き方だろうと『素敵な人生ね』と認められてしまいます。しかも、若い頃は自分の状況を変えることだけが決断だと思っていて、現状維持もひとつの決断だとは気づいていません。自分で決断したつもりはなくても、実はもう何年も前から現状維持という選択をしていたということも。こうした選択の積み重ねが人生を作っていくんですよね」

 自分が選んだという自覚がないと、「こんなはずじゃなかった」という後悔が強く残ることもある。

「特に10代は、自分で選べないことのほうが多い。大人と違い、子どもは選べる手数が少ないので、なにか失敗すると『私が選んだわけじゃないのに』と被害者意識を抱きがちです。光はまさにそのタイプ。そんな10代特有の生きづらさも描きたいと思いました」

 学校の先生も、子どもが選べないものの筆頭だ。

「子どもがコントロールできないものの象徴ですよね。しかも、子どもの時に受ける印象と大人になってからでは、見え方が違う。先生が変わったというより、こちらの受け取り方が変わるんでしょうね。そういう面白さも描けたらと思いました」

恋愛感情よりも濃い友情を書きたい

 琴葉は、本当に中山先生を殺したのか。光は、なぜそれが「嘘」だと思ったのか。ヒリヒリするような展開を描きつつも、根底には彼女たちの友情が流れている。そもそも武田さんは、『響け!ユーフォニアム』をはじめ女の子同士の関係性を描くことが多い。女性の友情に対して、特別な思い入れがあるのだろうか。

「というよりも、恋愛を特別視していないんです。私自身、10代の時は恋愛小説が好きじゃなくて。今は普通に読みますが、当時は『どうしてすべて恋愛に収束するんだろう』と思っていました。少女マンガでも親友同士が急に同じ男の子を取り合いはじめると、『え、なんで?』と。もちろん恋愛の多様性は尊重されるべきですが、そもそも恋愛が一番じゃなくてもいいというのが私の創作の軸。恋愛してる人だって、友情が一番でもいい。恋愛感情よりも濃い友情を書きたいという欲求が強いんです」

 この小説を書いたことで、あらためて10代について、そして友情についてどんな思いを抱いたのだろう。

「みんながむしゃらだったよなと思います。自分のことで視野がいっぱいになって、余裕がなかった。他人が何をしていて、どういう過去があってどんな感情を持っているかなんて想像もできなかった。私は、10代のそういうところが好きなんです。大人になって人生経験が増えると、他人の事情もいろいろ考えられるようになりますが、10代の頃はそんなの知ったこっちゃない(笑)。とにかく自分が今生き延びて、将来を確定させないとずっと宙ぶらりんのままだという不安がつきまとう時期だと思うんです。あの精一杯さは、これからも書いていくでしょうね。来年、作家デビュー10周年ですけど、ずっと同じようなことを書いてる気もする(笑)。やっぱり私の興味はそこにあるんだと思います」

 

武田綾乃
たけだ・あやの●1992年、京都府生まれ。第8回日本ラブストーリー大賞最終候補作に選ばれた『今日、きみと息をする。』で2013年デビュー。『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』がテレビアニメ化され話題に。19年『その日、朱音は空を飛んだ』で第40回吉川英治文学新人賞候補、21年『愛されなくても別に』で第42回吉川英治文学新人賞受賞。

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