「ボツになるんじゃないかとずっと思っていた」中田永一氏が初の児童書で、異世界転生モノをテーマに選んだ理由とは?

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/10

『百瀬、こっちを向いて。』『くちびるに歌を』などがメディア化され、別名義・乙一ではミステリ作品の印象も強く、創作活動の幅広さからも多くの読者を魅了してきた中田永一氏。そんな中田氏初となる児童書『彼女が生きてる世界線!』(ポプラ社)が12月7日に発売された。異世界転生×余命モノという昨今人気のテーマで描かれる本書のあとがきには、「【異世界転生もの】をおもしろいと感じるのは、物語の向こう側に、人生と切り離せない真実が描かれているせいなのかもしれない」と綴られているが、初の児童書ならではの苦労もあったそう。執筆のきっかけから刊行までの道のりを伺った。

(取材・文=立花もも 撮影=中 惠美子)

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彼女が生きてる世界線!
彼女が生きてる世界線!』(中田永一:作、へちま:絵/ポプラ社)

――はじめての児童書で、異世界転生モノを書こうと思ったきっかけはなんだったのでしょう?

中田永一氏(以下、中田) そもそも、異世界転生モノというジャンルが好きなんですよ。WEBの投稿サイト「小説家になろう」をほとんど毎日チェックして、常時、20作品ほど読んでいるくらい。それで、僕も書いてみたいと思ったんですが、かなり人気のジャンルなので、だいたいの設定は使いつくされているんですよね。どうすれば新しいものが書けるだろう……つまり、主人公が転生した先で何をすればいいんだろう、と考えたとき「難病のヒロインを死なせないために奮闘し、運命を逆転させる学園モノ」という設定を思いつきました。ただ、ファンタジー色の強い設定が好まれるライトノベルには合わない気がするし、一般文芸で書くイメージも湧かない。どうしたものかと悩んでいたとき、ポプラ社の児童書レーベル「キミノベル」にお声がけいただき、ぴったりかもしれないと思ったんです。

――28歳のサラリーマン男性が事故に遭い、転生した先は何度も繰り返し観ていたアニメで、悪魔とおそれられる少年・城ヶ崎アクト。悪役令嬢ならぬ、悪役御曹司モノにしたのはどうしてだったんでしょう。

中田 僕は、「小説家になろう」に掲載されている『謙虚、堅実をモットーに生きております!』という小説がとても好きで、それがいわゆる悪役令嬢モノなんです。その影響ですね。外見も言動もいかにも悪役でおそれられているのに、内面はきっちりした性格のまじめなサラリーマンだったら、そのギャップをおもしろがってもらえるかなと考えながら、アクトのキャラクターをデザインしていきました。もとのアクトがどれほど悪い奴だったことにするのか、その塩梅は悩みましたけど……。

――悪魔みたいな見た目どおり、家柄を盾に学園を支配するのはもちろんのこと、使用人を階段から突き落とすなど、子どもだからでは済まされないレベルの悪っぷりでしたよね。

中田 だからこそ、サラリーマンの人格が覚醒したあとも、どれだけ「いい人」のふるまいをしたところで、誰にも信じてもらえない。何か裏があると疑われ遠巻きにされる、という状況は、実を言うと3巻くらいまで続けようと思っていたので、1巻の中盤から、じょじょにまわりの人たちが理解を示し始めてくれたのは、僕自身、驚きました。今作では、いつもと違って、綿密なプロットを立てず、わりと自由な勢いで書いていて。思い通りに進まないことも多いのですが、これもその一つですね。

――親の言いつけでアクトと一緒にいたはずの出雲川くんと桜小路さんが、純粋にアクトを慕い始める変化が、すごくよかったです。

中田 とはいえ、小学校時代のアクトはずいぶんな暴君で、数えきれない人たちを心身ともに傷つけてきた。内面が変わったからといって、その過去が簡単に許されていいのだろうか、というのも悩みどころでした。1巻では償いをしようとするアクトの姿を描きましたが、2巻以降にも、過去が消えたわけではないことは描かれていきます。

――他に、どんなところが思い通りにいかなかったのでしょう。

中田 こんなにもサラリーマン推しの展開になるとは思いませんでした(笑)。転生する前の“僕”の名前を出すべきなのか、前世の人生をどの程度反映させるべきなのか、も悩みながら書いていた部分ではあるんですが、第一に、サラリーマンのマインドなんて子どもが読んでも退屈なだけじゃないか、という思いがあったんですよね。でも……書き始めたら楽しくなっちゃって。

――ヒロインを救うための一歩として、険悪な仲の父親にとあるお願いをするアクトが「彼は出資者だから」とゴルフ接待をするような気持ちでチェスに付き合うところとか、笑っちゃいました。会社で理不尽に怒られることに比べたらこんなのなんてことない、みたいに割り切った性格も。

中田 僕は会社勤めをしたことがないのですが、アニメの脚本を書くときとか、いろんな立場の人たちと仕事をするときに板挟み状態になることがあって、そういうとき「サラリーマンってこんな感じなのかな……」って考えたりするんですよね。その調整を日々こなしているって、ほんとにすごいことだなと尊敬しているのが出た、というのもあります。目的のためにアクトが企画書をいろいろ作成するところも、当初、まったく予定していなかったエピソードなんですけど、書いていて楽しかったですね。読者が読んで楽しいと思ってもらえるのか、というのは、不安でたまらなかったですけど。

――めちゃくちゃおもしろかったですし、1巻のラスト1行に「どういうこと!?」と前のめりになり、はやくも2巻が待ち遠しいです。

中田 でしたら、よかったです。僕が異世界転生モノに感じるおもしろさって、序盤で描かれる関係性の構築にあるんですよ。それまで住んでいた場所から強制的に切り離され、「自分」というものを認めてもらえない状態から、新しく居場所をつくりあげていく。結果的に何を成すかよりも、その過程がいちばんおもしろいから、物語が長引くにつれて勢いが弱まってしまう作品も多いのではないか、と思うんです。だから、前世の人格が覚醒したアクトが、新しく人生をスタートさせる1巻よりも、ヒロインを救うという目的に向かって本格的に動き出す2巻のほうが、難しかった。作家人生でいちばんの難産でしたね。

――でも……ということは、2巻はもう書きあがっている……?

中田 はい。来年の5月ごろ刊行と聞いています。

――楽しみです……! この作品のおもしろさは、本編が始まる前からスタートしているというところにもありますよね。1巻のアクトは12歳。アニメで、アクトと主人公、ヒロインが出会う高校時代より4年も前です。

中田 それも、既存の作品を参考にしながら、相当悩みました。もっと幼い頃に覚醒したら、そもそも暴力なんてふるわないだろうから、まわりからおそれられるような存在にはならない。だけど、高校で出会っていきなりヒロインの難病……白血病を治すために動き出せるわけもない。となると、12歳くらいがちょうどいいかな、と。お金持ちが通うエスカレーター式の学園ということにして、アクトは初等部から、ヒーローは中等部から、ヒロインは高等部から入学させることで、出会いのタイミングも分散させて、物語がスムーズに進むようにしたのですが、子どもたちには複雑すぎないかな、とやはりそこでも悩みました。

――児童書ということで、ふだんとはまた違う心配りが必要だったんですね。

中田 そうですね。白血病とはそもそもどんな病気なのか説明するときも、できるだけ難しい言葉は使いたくなかったですし。桜小路さんは縦ロールで「~ですわ」とか言うんですけど、今の子どもたちはそのキャラ設定をどう受け取るんだろうか、なんてことも考えました。出雲川みたいな金髪碧眼のキャラクターなんて書いたことないですし、慣れないことばかりで、1巻を書き終えた時点でも、ボツになるんじゃないかとずっと思っていました。設定の緻密さとかミステリー的な驚きよりも、僕が楽しいと思えるものを書くことが大事なんじゃないかなと、ある程度は割り切っていましたけど。

――繰り返しになりますが、めちゃくちゃおもしろかったです。サラリーマン推しの部分も「社会人になるというのは、それだけで武器を手に入れるということなんだ」と思えましたし、過ちは消えないけれど、それでも自分が変わろうと努力すれば少しずつでも環境は変えられる、という子どもたちへの希望になるのではないか、とも。

中田 それなら、よかったです。アニメにもなった『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』を読んで、僕はめちゃくちゃ感動したんですけど、そのときふと、異世界転生モノの主人公たちは、“親から引き離されて社会に放り出される僕たちの姿そのもの”なんじゃないかなと思ったんですよね。大人になる過程で僕たちが体験する通過儀礼が、異世界転生というシステムには組み込まれているんじゃないか、って。先ほども言ったとおり、住み慣れた世界から強制的に切り離されて、新しい場所で人間関係を構築し、職を得ることで、自分の立ち位置を見つめなおしていく。それが、社会に出ていく自分たちの姿と重なるから、こんなにもジャンルとして愛されているんじゃないでしょうか。改めて大人になっていく主人公たちの姿は、児童書との親和性もきっと高いはずなので、子どもたちにも楽しんでもらえたらいいなと思います。

早くも作品を読んだ読者のみなさんから集まった、思い思いの手書きポップ

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