西尾維新デビュー20周年記念ロング・ロングインタビュー 20タイトルをキーに語る、西尾ワールドの変遷(第2回)

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/20

キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘
キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』(西尾維新/講談社)

 昨年、作家生活20周年を迎えた西尾維新が、セレクトした20タイトルとともに、その道程を振り返るロング・ロングインタビュー。第2回は、『きみとぼくの壊れた世界』『刀語』『新本格魔法少女りすか』『化物語』の4作品について。「戯言シリーズ」で衝撃を与えた作家が、新たなテーマ・ジャンル・設定・執筆方法等に果敢に挑み、さらに多くのファンを獲得した4タイトルとも言える。

(取材・文=吉田大助)

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ロングインタビュー 第2回

④『きみとぼくの壊れた世界』

――ミステリーを書きたいという気持ちから生まれた、読者への挑戦状スタイルの学園ミステリー。

きみとぼくの壊れた世界
きみとぼくの壊れた世界』(西尾維新/講談社)

──「戯言シリーズ」が大ヒットを記録していく最中に発表され、西尾維新はもともとミステリー作家である、という狼煙を上げるような一作です。主人公の通う高校で殺人事件が起こる、純然たる学園ミステリーですね。死体が現れるまでを描いた「もんだい編」のみ雑誌に掲載され、解決編は本を読まなければわからない。雑誌掲載部分だけで事件の真相を解けるものならと、いわば読者への挑戦状スタイルです。

西尾 これが初めて『メフィスト』に載せてもらえた小説だったんです。メフィスト賞を取りつつもずっと書き下ろしでやってきたので嬉しかったですし、それだけに推理小説感を出そうと腐心した記憶があります。「戯言シリーズ」が、次第にミステリーから離れていったことも大きかったですね。ミステリーを書きたい、という気持ちを叶えようとしたのがこの小説で、『ヒトクイマジカル』あたりよりも推理小説度は高い。

──とは言いつつもちろん西尾さんが書くものですから、一筋縄ではいかない。恋愛感情が、人を殺す。複数の異性に好かれることや、「妹萌え」という言葉に対する印象を反転させる、青春ラブコメへのアンチテーゼとも読めます。

西尾 そこは我ながら難しいんですよね。アンチテーゼ的に俯瞰した書き方をしているのか、本気でこうだと思って書いているのか。たぶん、後者です。今振り返ると初期3年ぐらいは、書き手の正気を疑うところがあります(苦笑)。さらに初期10年まで広げて語るならば、ものすごく人を殺すんですよね。その理由は、ミステリーであることにこだわっていたからなのかなと思います。ミステリーといえば殺人。その後は初期10年の間にはなかった、「人が死なないミステリー」も書くようになりました。

──本作は「世界シリーズ」と銘打たれて第4作まで刊行済み。最終第5巻のタイトルは『ぼくの世界』になると随分前からアナウンスされているものの、一向に出ません(笑)。

西尾 好きな作家さんのシリーズを読み終えてしまう悲しさもあるじゃないですか。つまり、作家は未完のシリーズをひとつは持っているべきだとも思います。僕の場合はひとつじゃ済んでなかったですが(笑)。

⑤『刀語』

――リアルタイム感を意識しながら書いた初の時代もの。「大河ノベル」として12カ月連続刊行。

刀語
刀語』(西尾維新/講談社)

──「刀を使わ(え)ない剣士」が、幕府所属の奇策士・とがめと共に、伝説と名高い12本の刀を集めるための旅に出る。12カ月連続刊行し全12話で完結させる、「大河ノベル」プロジェクトに参加した作品です。

西尾 準備期間もストックもないままにスタートし、一冊一冊のリアルタイム感を大事にしながら書いていくやり方は、大変ではありましたが楽しかったです。『刀語』はとにかく月々の勢いで書き切った12冊ですけれども、こういった試みをもう一度やるとすれば、12冊をある程度計画的に構成するかなと思います。

──年12冊刊行なんて二度とやりたくない、とはならないところが、多作で知られる西尾さんらしいです(笑)。

西尾 『刀語』と並行して他の小説も書いていましたし、トータルで言えば、もっとも執筆量が多い年のひとつでしたからね。個人的なお気に入りは第4話の「薄刀・針」です。あのお話はこのシリーズ、この企画の中でしか生まれなかったと思います。

──ファンタジー寄りですが、時代ものですよね。言葉遣いといった現代ものにはない「縛り」が出てきたのではと思いますが、どう対処されましたか。

西尾 本来であれば、モデルにした時代の文献や資料に当たるべきですし、しなければいけないということは重々承知しているんですけれども、僕は勉強のために本を読むのが何より苦手なんです。勉強のために本を読むのは不純である、自然に身に付いたものだけを知識と呼ぶんだという思いが非常に強くあります。ですから『刀語』に関しても、ほぼ唯一気を付けていたことは、カタカナを使わないということだけでした。

──西尾さんの小説は言葉から物語が出てくる、文章から物語が立ち上がってくる印象がありますから、カタカナ禁止という「縛り」を作ったことは、作品に大きく作用したのではと思います。西尾さんはある時期まで「シリーズを終わらせない作家」として知られていましたよね。きっちり完結させたシリーズは、「戯言シリーズ」以来でした。

西尾 僕は『刀語』も含めて、初期10年はどの本も「これが最後の1冊」と思いながら書いていました。次巻がある、次回作があると思って、アイデアを自分の中に残してはいけない。これが最後の1冊になっても悔いはないぐらいに書き切るんだ、と。『刀語』にしても、12カ月連続で出し続けられるかどうかはわからないわけです。執筆中に事故で死んでしまうかもしれないわけですから。2カ月で終わるかもしれないし、3カ月で終わるかもしれない。そのとき、途中で終わったことには違いないけれども、少なくとも自分の中で「あれが書きたかったのに」という悔いは絶対残さないようにする。だから、と言ったら変ですけれども、『刀語』の第1話の最後には、この物語の結末が書いてあるんです。

──今「初期10年は」という話がありましたが、その後の10年はシリーズの続け方や終わらせ方に変化があったのですか?

西尾 「これが最後の1冊」という考え方は若干、後期10年では変わっています。なぜなら次巻は出るかどうかわかりません、という態度が無責任になってしまった。アニメや関連企画が動いていますから、完結しないのも粋ですよねとはもう言えない(笑)。予告も約束もするし、それをちゃんと守るようになったんです。

⑥『新本格魔法少女りすか』

――魔法をトリックに取り込んだ異能バトルミステリー。長らく未完だったが、2020年に完結して話題に。

新本格魔法少女りすか
新本格魔法少女りすか』(西尾維新/講談社)

──魔法が存在する日本を舞台に、魔法を使えない少年の供犠創貴が、魔法使いの少女・水倉りすかと組んで、ある野望の実現に奔走する。ファンタジー濃度が高まり、世界観もグッと大きくなったことで、ミステリーとバトルものの新たな融合にも挑戦しています。

西尾 「戯言シリーズ」では入れづらかった完全な異能力、魔法をトリックに用いたミステリーを書こうという発想が出発点だった気がします。前回おっしゃっていた「特殊設定ミステリー」になるんですかね?

──異能を持った者同士がバトルし、相手の能力をかいくぐって勝利するために、推理する。異能バトルものは実はミステリーである、という公式を世に知らしめた作品だったと思います。

西尾 能力の単純なパワー差ではなく、相手の能力の隙を突いて勝つ。あるいは相手の能力を逆手に取って勝つという形式が、異能バトルの基本的なロジックだったと思うんですが、今はそのやり方はなかなか成立しなくなってきていますよね。つまり、能力が逆手に取られることも前提での戦い方へとロジックが一段階アップデートされている。能力を使うことが、シンプルに「殴る蹴る」と同じ選択肢の一つでしかなくなっている。もしも今『新本格魔法少女りすか』を書いたなら、魔法使いは魔法を犯行に使わないでしょう。当時は「犯行に魔法を使うからバレない」世界観ですが、今だと「魔法を使ったら、魔法使いが犯人だとバレるから、魔法は使わない」というロジックのほうが、納得感があります。

──確かにロジックが複雑化しているというか、じゃんけんの「手」が増えている感じがしますね。

西尾 無個性の強みみたいな話にもなっていくんですけれども、能力が強ければ強いほど、それをどう隠すかという話になってきますよね。『新本格魔法少女りすか』で言えば、犯行を隠すという点においては、結局包丁を使うほうがバレにくい。……すみません、根本的に自作を否定するようなことを言ってしまって(苦笑)。ただ、そういった展開を採用した場合、面白みは消えますね。

──……ホントですね! これ以外の『りすか』はなかったんだという気がします。

西尾 こうやって20年を振り返っていると、やはり「今だったらどういうふうに書くかな?」と考えてしまいます。しかし「今ならもっと面白く書ける」と思える案はないですね。「戯言シリーズ」も、『りすか』も、「世界シリーズ」も、『刀語』も、その時に書いたその時の小説が結局一番面白い。そのかわり、『りすか』を書いていた時の私は、『怪盗フラヌール』を書けなかった。20年で失ったものもあれば、得たものもあると思います。

──2020年に、第3巻から実に13年ぶりとなる最終第4巻が刊行され、大団円を迎えたことも話題となりましたね。

西尾 約束を守りましたね(笑)。『りすか』の第1話は17年前にしか書けない小説でしたし、第4巻は17年後の2020年にしか書けない小説だった。そんなところも楽しんでいただけるシリーズかなと思います。

⑦『化物語』

――殺人が起こるミステリーの次は、怪異を通してヒロインたちに降りかかる現実を描く。

化物語
化物語』(西尾維新/講談社)

──各種シリーズで人気を集めていた西尾さんが、さらにもう一段階ブレイクするきっかけとなったのが、のちに「〈物語〉シリーズ」と呼ばれる連作の第1弾に当たる『化物語』です。一章ごとに異なるヒロインたちが被った「怪異」の謎を、高校生の阿良々木暦が推理し解決していく。本作を執筆した動機とは?

西尾 今となっては「〈物語〉シリーズ」はそういう見え方はまったくしてないんでしょうけれども、当時としては、殺人事件が起こって謎があって、それを探偵役が解決する……という、それまで自分が書いてきた世界観の先を書きたかったんです。例えば、人が死なない。特に『化物語』の時点では謎に代わって出てくる怪異という存在が、ミステリーの基準で言えばかなり理不尽なものである。理不尽だし、わけのわからないルールを強いてくるものに対して、キャラクターたちがどう立ち向かっていくかという作りをしています。

──世界観が、グッと現実に近づいた感触がありますよね。

西尾 現実寄りの怪異が書きたかったんですよね。怪異を通して現実を書きたかったんです。ただ、シリーズを続けていくうちに推理小説に回帰した部分はありましたし、『化物語』の「ひたぎクラブ」「まよいマイマイ」あたりの理不尽さは鳴りを潜めていったところはあるんですけれど、スタートはそんな感じでしたね。登場人物をどれだけ少なくできるか、究極のところ2人で話を回せないものかと思い、1対1の環境を作ることに集中しながら書いていった記憶もあります。

──主人公である阿良々木の(ノリ)ツッコミ気質も作用して、キャラクターたちの掛け合いのボリュームがドッと増えていった作品でもあります。西尾さんが前回おっしゃったミステリーにおける「筋肉」と「ぜい肉」という区分を使うならば、それらは「ぜい肉」の部分である。ところが、抜群に面白かった。

西尾 ミステリーの文脈を控えようと試みた途端、掛け合いを始めたわけです。現実寄りと言えば現実寄りのことなのかもしれないですが、事件や謎と一見かかわりのない話をずっとしている。それがありだったのかどうかは測りかねるところもありますけど、でも、面白かったですよ、書いてて。

──西尾作品は常に女性のキャラクターが魅力的です。『化物語』が象徴的ですが、ヒロインたちが持っている弱点が、その子にとっての魅力となっている。

西尾 千石撫子が途中から抱え始めるジレンマですけれども、弱さみたいなものが魅力になってしまうと、強くなれないじゃないですか。その子が強くなることが、魅力を失うことになりかねない。「そのままの君でいいんだ」というような言葉は、確かに優しいし相手への理解でもあるんですけれども、一方で成長を止めてしまう部分がどうしてもある。「魅力的だからそのまま不幸でいてください」というのは非常に良くないと思っているので、「〈物語〉シリーズ」を進めていく上では個々のキャラクター性は巻を追うごとに解体していく作業を意識するようにしたんです。戦場ヶ原さんがわかりやすいんですが、『化物語』の上巻における毒舌ぶりは今ではだいぶ収まっていって、そんなに悪いことは言わなくなっていく。羽川さんの天才性みたいなものも削がれていく。僕はそれでいいと思ってるし、そうあるべきだと思っているんです。

──たとえ尖ったキャラクター性が薄まっていっても、成長していっても、その人物のことが魅力的だと感じて好きでい続けられる。お話を伺いながら、このシリーズの凄みはそこにあるんだなと思いました。シリーズの続刊は20作リストに入っていますので、そこでお伺いしたいと思います。

西尾 結果的に「〈物語〉シリーズ」として続いたからこその現在の彼らですが、『化物語』の上下巻での完結は、これまでいろんなシリーズを終わらせてきた中でも屈指の終わり方だなと思います。なかなかあんなふうには幕を下ろせない。1作の中に全てを書き切る、ということができた、特別な小説です。

第3回に続く)

西尾維新
にしお・いしん●1981年生まれ。第23回メフィスト賞を受賞し、2002年『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』で作家デビュー。同作から始まる「戯言シリーズ」ほか「世界シリーズ」「〈物語〉シリーズ」「刀語シリーズ」「最強シリーズ」「忘却探偵シリーズ」「美少年シリーズ」など、著書多数。

西尾維新デビュー20周年特設サイト「西尾維新???」
https://book-sp.kodansha.co.jp/nisioisin240/

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