【2023年本屋大賞発表会レポート】自分の人生をつかもうとあがくふたり…凪良ゆう『汝、星のごとく』が大賞作に

文芸・カルチャー

更新日:2023/4/15

2023年本屋大賞発表会レポート

 2023年4月12日、全国書店員たちが“いちばん売りたい本”を選ぶ「2023年本屋大賞」発表会が行われ、凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』(講談社)が大賞を受賞した。同賞は新刊書店に勤務するすべての書店員が投票資格を有し、その投票結果のみで大賞が決定する文学賞で、今年は記念すべき20回目。4年ぶりに入場制限なしで行われた今年の本屋大賞発表会では、全国から駆けつけた書店員、作家、出版関係者が集い、談笑し合う光景が復活。本を愛し、本に関わる人たちの熱気あふれる発表会の模様をレポートする。

(取材・文=アサトーミナミ)

advertisement

【大賞作】『汝、星のごとく』——自分の人生をつかもうとあがくふたりの物語

汝、星のごとく
汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)

 凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』は、自然豊かな瀬戸内の島で育った高校生・暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され、島へと転校してきた櫂の15年間にも及ぶ物語だ。17歳だった少年少女は惹かれ合い、すれ違い、そして、成長していく。途方もない痛みを抱えながら、それでも自分の人生をつかもうとあがくふたり。この物語で丁寧に描き出されていくのは、単なる恋愛だけではなく、思うに任せない人生そのものだ。

 本書に対して書店員からはたくさんの推薦のコメントが寄せられた。

「ままならない人生、荷物をたくさん背負わせているような息苦しさの中にあった、ひとかけらの希望。誰かの幸せを願う、その切実さ。その思いに触れずっと涙が止まらなかった。こんなに辛いのになんて美しい物語だろう」

「この物語を読んでから、主人公の暁海と櫂を思い出さない季節はなかった。日が暮れると街に2人の姿を探した。それ程までに、この物語は私の心に、日常に、突き刺さり溶け込んでいった。楽しい、つらい、悲しい、憤り、焦燥、愛、それらすべてに寄り添わせてくれたこの物語をとても愛おしく思います」

本屋大賞2023(本の雑誌増刊)から一部抜粋)

 凪良さんは語る。

「高校時代からの15年間というのは、人生の大きな岐路がたくさんある年代だと思います。学生から社会へ出ていき、結婚も出産もあり、仕事でのつまずきもあれば、夢や希望もある。選ぶということは、捨てるということでもあります。『自分の人生を自分で選んで生きていく』、そういうメッセージを込めて書きました」。

2023年本屋大賞発表会レポート

 凪良さんが本屋大賞を受賞するのは2度目のことだ。前回は2020年に『流浪の月』(東京創元社)で受賞したが、新型コロナウイルスが世界に蔓延し始めたばかりだったその年、本屋大賞発表の日が日本史上初の緊急事態宣言とぶつかり、凪良さんは贈賞式の会場にさえ辿り着けなかった。その時、応援してくれた書店員に直接お礼が言えなかったこと、ともに同じ場所で喜びを分かち合えなかったことが、この3年間でずっと悔いに残っていたという。そこで、昨年8月に『汝、星のごとく』を刊行した際には、担当編集者が「『流浪の月』の時の分まで書店を回りましょう」と言ってくれたことに背中を押されて、北海道から九州までたくさんの書店を巡った。

「その時、『もういいな』って思ったんです。本屋大賞の会場には行けなかったけど、こんなにたくさんの書店員さんが応援してくれているんだって思ったら、『もうこれでいい』って納得していたんです。だから、今日この場に受賞者として立っていることが、夢のように嬉しくて。でも、これは全然夢なんかではなく、物語を愛する書店員さんおひとりおひとりの力が作ってくださった現実です。『汝、星のごとく』を応援してくださったすべての方々が私にとっての輝ける星です」。

 凪良さんは、受賞スピーチで、時折涙で声を詰まらせながら、感謝の言葉を口にした。

 本屋大賞は、本を愛する書店員たちの熱意によって生まれた賞だ。2004年に始まった当初は、書店員の手作りの小規模なものだったが、それが今では、日本の小説界において、年に一度の最大級のお祭りと化している。

 昨年『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)で本屋大賞を受賞した逢坂冬馬さんはゲストプレゼンターとして登壇し、凪良さんに花束を贈呈。本屋大賞の魅力と、その役割を分析してみせた。

2023年本屋大賞発表会レポート

「権威が求められる既存の文学賞と異なり、本屋大賞に求められているのは、『親しみ』。読者に近い立場の書店員の皆さんがひとりひとりの意思でもちよって、売りたい小説を決めているのであればきっといい小説なのだろうと。そういった『親しみの集合体』がここまで本屋大賞を大きく成長させたのではないかと思います。というわけで、本屋大賞の発表は、日本の小説界の大変なお祭りでありますから、村上春樹さんが新作を出すからといって何も恐れることはないわけです(笑)。なぜなら本屋さんにたくさん人が来るわけですからね。どっちか片方を目的に来た人は両方買えばいいわけですし。というわけで、次を何とか生み出そうとしている私も含めて、『みんなで幸せになろう』という精神で、これからもがんばっていきましょう」。

 そんな逢坂さんの言葉は、会場を大いに沸かせた。

【2023年本屋大賞の受賞作発表】
・1位 『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)
・2位 『ラブカは静かに弓を持つ』(安壇美緒/集英社)
・3位 『光のとこにいてね』(一穂ミチ/文藝春秋)
・4位 『爆弾』(呉勝浩/講談社)
・5位 『月の立つ林で』(青山美智子/ポプラ社)
・6位 『君のクイズ』(小川哲/朝日新聞出版)
・7位 『方舟』(夕木春央/講談社)
・8位 『宙ごはん』(町田そのこ/小学館)
・9位 『川のほとりに立つ者は』(寺地はるな /双葉社)
・10位 『#真相をお話しします』(結城真一郎 /新潮社)

【翻訳小説部門】『われら闇より天を見る』——世界のすべてを敵に回して戦おうとする少女の成長

 さらに、2021年12月1日〜2022年11月30日に日本で翻訳された小説(新訳も含む)の中から「これぞ!」という本を選出する「翻訳小説部門」では、『われら闇より天を見る』(クリス・ウィタカー:著、鈴木恵:訳/早川書房)が第1位に選ばれた。

2023年本屋大賞発表会レポート
登壇した翻訳者・鈴木恵さん

 この作品は、2つの謎を中心に据えたミステリー小説。世界のすべてを敵に回して戦おうとする13歳の少女・ダッチェスの成長物語であり、取り返しのつかない過ちを犯してしまった男の贖罪の物語でもある。

 そもそもこの物語が誕生したのは、著者・クリス・ウィタカーさんが、20年前に強盗に襲われ、刺されたのがキッカケだというから驚きだ。事件によってPTSDを発症し、自殺まで考えたというウィタカーさんは、そのセラピーの一環として物語を紡ぎ、この作品を生み出した。

「最初は犯罪小説を書こうとは、いや、本を書こうとさえ思っていませんでした。私はただ自分の気持ちを書き出して、その気持ちを、自分の身に起こった悪いことの陰で生きている13歳の少女・ダッチェスに重ねたのです。そうして彼女は、私が助けを必要としている時や悩みを打ち明けられないと感じた時に戻ってこられる場所になりました。この小説は私にとってどんなに人生が困難であっても、ポジティブな変化を起こすことは可能であるということを思い出させてくれる物語です」。

 ウィタカーさんは、ビデオメッセージでそんなコメントを寄せた。

 翻訳者の鈴木恵さんも、「素晴らしい作品を訳すチャンスを頂いた幸運を身に染みて感じています」と受賞の喜びを語りながら、「私は『泣ける』という言葉を売りにするのはあまり好きではないんですけれども、泣けます(笑)」とこの作品の魅力を語る。

「幼い弟を守って孤立無援で生きていこうとするダッチェスは非常に秀逸で、それがこの作品が大きな支持を受けている理由だと思います。そして、その少女は、著者・ウィタカーさんの心だけでなく、それと同じように、私たち日本の読者の心にも残り続けると思います」

『われら闇より天を見る』は、すでに「このミステリーがすごい! 2023年版 海外編」のほか、国内のミステリーランキングで三冠を達成している。「本屋大賞」翻訳部門でも1位を獲得したことにより、これからますます大きな注目を集めることは間違いないだろう。

【翻訳小説部門結果発表】
・1位 『われら闇より天を見る』(クリス・ウィタカー:著、鈴木恵:訳/早川書房)
・2位 『プリズム』(ソン・ウォンピョン:著、矢島暁子:訳/祥伝社)
・3位 『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』(キム・リゲット:著、堀江里美:訳/早川書房)

「超発掘本!」『おちくぼ姫』——時代を経ても色褪せない和製シンデレラストーリー

 さらに本屋大賞には、「発掘部門」という部門がある。これは、ジャンルを問わず、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと思う本を書店員がひとり1冊選び、その中から、「これは!」と共感した1冊を実行委員会が「超発掘本!」として選出するものだ。選考の結果、田辺聖子さんの『おちくぼ姫』(角川文庫)が2023年発掘部門「超発掘本!」に選ばれた。

2023年本屋大賞発表会レポート

『おちくぼ姫』は、言ってみれば、和製シンデレラストーリー。古典文学『落窪物語』を題材に、貴族出身のおちくぼ姫と少将の恋を描いた物語だ。この本を推薦した未来屋書店名取店(宮城県)の高橋あづささんは、本の品出しの作業中に、ふとこの本を見つけ、高校時代、この本を読んだ直後の模擬試験の古文で「落窪物語」が出題され満点を取った時のことを思い出したのだという。

「初版本は1979年、今から40年以上前なのに全然色褪せていない。いつの時代の私が読んでも面白い。田辺聖子先生の解説がとてもユーモアたっぷりでわかりやすく、本当にこの作品が好きだったんだろうなという登場人物たちへの愛が伝わってくる素晴らしい作品です。そして、とても稀有なことに、この本は税込なんと484円。今ドキワンコインでおつりが来ます」(未来屋書店名取店・高橋あづささん)

 会場では、角川文庫日文編集長の佐藤愛歌さんが田辺聖子さんの姪・田辺美奈さんのコメントを代読。田辺聖子さんは、常日頃から「日本の古典を若い人に読んでもらいたい」と言っており、『おちくぼ姫』もその試みのひとつだったのではないかという。古典というとハードルが高く感じるかもしれないが、分かりやすい現代語訳だから読みやすい。「超発掘本!」選出を契機に、古典文学に挑戦すれば、現代でも楽しめるそのおもしろさに虜にさせられることだろう。

2023年本屋大賞発表会レポート

2023年本屋大賞発表会レポート

 記念すべき20回目を迎えた本屋大賞。13日からは全国の参加書店で歴代の大賞受賞作品を揃えた「本屋大賞20回記念フェア」が開催されている。今年の受賞作やノミネート作に加え、歴代の大賞受賞作品も、もちろん名作揃い。これを機に全国の書店員が「この本を読んでほしい!」と自信をもってお薦めしている書籍を、ぜひともあなたも試してはいかがだろうか。

あわせて読みたい