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新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

「不思議ですよね、相方って。夫婦でもなく、友達でもなく。嫌いになっちゃうと、殺したいくらいだって言う人もいますから(笑)。そこまでなる関係って、なんなんでしょうね?」

鈴木おさむ

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すずき・おさむ●1972年、千葉県生まれ。高校時代に放送作家を志し、19歳でデビュー。バラエティーを中心に数々の人気番組に携わる。2002年、お笑いトリオ「森三中」の大島美幸と結婚。結婚生活を綴ったエッセイ『ブスの瞳に恋してる』はベストセラーとなり、連続ドラマ化。舞台の作・演出活動も精力的に行っている。著書に『ハンサム★スーツ』『テレビのなみだ』など。
 

『笑っていいとも!』『SMAP×SMAP』『ほこ×たて』など、数々の人気バラエティ番組を手がける売れっ子放送作家、鈴木おさむ。最近ではアニメ『ONE PIECE FILM Z』の脚本を担当、ドラマや舞台にと、精力的な創作活動を続けている。お笑いトリオ「森三中」大島美幸の夫であり、シリーズ累計55万部突破のエッセイ集『ブスの瞳に恋してる』の著者としても有名だ。

 そんな彼が、誰かに求められたわけではない、ただただ純粋に「書きたい!」という想いで完成させた一冊が、2011年刊の小説『芸人交換日記〜イエローハーツの物語〜』。このたび、待望の文庫版刊行となった。

 執筆のきっかけは、10年前。若手芸人たちとの交流を始めたことだった。

「僕は19歳で放送作家になったんですが、月9のドラマを書かせてもらったのが29歳だったんです(香取慎吾主演『人にやさしく』)。放送作家として10年、ある程度のことをやらせてもらったなあと思って、ちょっとした脱力感があったんですよ。30代からこの先、どうしようかと思っていたら、高校の後輩で今はもう解散した“カリカ”の家城っていう芸人さんから電話がかかってきて、久しぶりに会いませんかと。それで会ったら、彼が売れない若手の芸人さんをいっぱい連れてきたんです。実は僕、その当時若手の芸人さんの人と直接話す機会がそんなになかったんですね。面白かったんですよ、みんな。だけど、売れてないんです。売れない若手の芸人さんってこんなにいるんだ!と思って、衝撃を受けました。そこから猛烈に彼らと遊ぶようになり、舞台を一緒に作るようになって。そんな中で交わした彼らとの会話を残しておきたい、彼らの本当の姿をみんなに知らせたいと思って書いたのが、『芸人交換日記』なんです」

「書きたい!」という思いの裏には、使命感があったのだ。

「僕が芸人と結婚しているから、“自分たちのこともきっと理解してくれるんじゃないか”と思って、みんなは素の姿を僕に見せてくれているのかもしれない。だったら僕が、書かなきゃなと。芸人の陰の部分を見せてどうするんだって意見もあると思うんですよ。でも、夢を追っかけて、悩んで苦しみながらも、人を笑わせようと一生懸命になっているやつらがいることを、僕は伝えたいと思ったんです」
 

夢を諦めるのも才能
叱咤激励の思いを込めて

「普通の小説を書いても、他の小説家の人には勝てないですから。自分らしい方法は何かないかなと思った時に、芸人コンビそれぞれの一人称で、交換日記をするというアイデアが浮かびました。PARCO劇場が毎年上演している『LOVE LETTERS』という、朗読劇の舞台のイメージもありましたね」

 この物語は、前代未聞、交換日記スタイルで進んでいく。

 主人公は、30歳、結成11年目の漫才コンビ「イエローハーツ」。華がない、運がない、キャラがない。ネタは面白いのに、まったく売れない。そんな現状を打開するため、手書きで交換日記をすることに。言い出しっぺの甲本いわく「一緒にいる時には言いにくいことをこの日記に書いて、コンビの絆を強くしていこう!」。その提案に、クールな田中は一言「嫌です」。だが、相方が繰り出してくるすっとんきょうな提案にツッコミ心をくすぐられ、筆が走り始める。名前に「ン」が付くコンビは売れるという論理を持ち出して、改名を提案。占い師に髪の色を変えろと言われて、緑色に……。作中に次々登場するエピソードは、鈴木が実際に芸人たちから耳にしたことばかり。ほぼノンフィクションだとか。

「芸人さんが出てくる小説って、どうしても嘘くさいんですよね。想像だけで書いちゃってるからだと思うんです。そこのハードルに関しては、間違いなくクリアできているかなと。この本の中に書いてあることを、普通の読者の人は“ウソだろ!”と思うかもしれないけど、芸人さんにとってはものすごくリアル。というか、芸人さんなら誰もが当たり前に共感できる、“あるある”ネタなんです(笑)」

 前半は、30歳からのリスタートを描く、遅咲きの青春サクセスストーリーだ。交換日記をきっかけに、イエローハーツはコンビの絆を高め、一発逆転のお笑いコンテスト優勝に向けてネタを出し合う。だが、笑いに包まれたムードは一転、後半のキーワードは「夢を諦める才能」だ。コンビは解散、ふたりの人生が大きく分岐していく。

「お笑いの世界では売れなくても、他の道に進めば成功することがあるかもしれないですよね。夢を諦められることも、才能のひとつだと僕は思うんですよ。面と向かっては言えないそのことを、本を通して言うことで、僕の周りにいる売れてない芸人さんたちの気持ちをラクにしてあげたいという思いもありました。芸人って名乗るだけで夢を持てているつもりになって、何も努力していない人間に対しては、叱咤する気持ちもあり。もちろん、頑張ってほしいとエールを送る気持ちもあった。いろんな気持ちを込めて後半は書いていったんですけど、あんなに悲しくなるとは自分でも思ってなかったんですよ。書いてる時に奥さんが部屋に入ってきて、びっくりしてましたもん。“なんで泣いてるの?”って。僕ね、泣きながら書いてたんです」

 この小説の何よりの魅力は、夢を諦めた者の「その後」、夢を叶えた者の「その後」を、共に描き出しているところだ。片方が勝者で片方が敗者という、単純な構造は採用されていない。そのこともまた、鈴木が大切にしたい「リアル」だったのだ。

※ 2013年2月4日現在。単行本と文庫の累計