失敗と転職の連続が育んだ希代の財政家、高橋是清の問題解決力

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

世界経済に精通したグローバルリーダー

「昔の偉い人と自分は違う」という思い込みは禁物だ。『天佑なり』に描かれている、彼の生き方や働き方、物事の見極め方はへたな自己啓発書より、よっぽど参考になる。

「若いときって、仕事もプライベートも思ったとおりにならず、辛くなることがありますよね。そういうときに是清の生き方を知ると、必ず勇気をもらえるはずです。破天荒と言うとかっこよく聞こえますが、本当にはちゃめちゃな人生なんですから(笑)」と幸田さん。言葉の端々から、是清をよっぽど好きなことが伝わってくる。愛があるのだ。

 是清は足軽の家の養子。江戸から明治に変わっても、出自が将来を大きく左右した。正統な教育を受けたエリートではないのに、大蔵大臣と首相を歴任。一方で、友人の借金を背負ったり、ペルーに赴任させられ廃坑になった銀山をつかまされて全財産を失ったり、相場で失敗したりと、とても教科書に載っている人とは思えないジェットコースター人生だ。

advertisement

「部下のために家屋敷を売って、平気ですぐ裏の長屋に引っ越すんです。妻の品さんはご近所の手前、内心さぞ恥ずかしい思いをしたはず。でもそんな体面をまるで気にしないところも、是清らしくて面白いでしょう(笑)。私の人生もジェットコースターなので、是清の生き方にとても共感しました」と幸田さん。このバイタリティーと持ち前の明るさをぜひ若い人に知ってほしいと話す。

「是清は失敗から多くを学び、その経験を活かしていきます。まず自分がやってみて、そこから学ぶ、という徹底した現場主義なので、いざという時に強い。経験から導かれた鋭い分析と発想力で、型破りな解決策を見出すんです」

 是清の問題解決力は、ロジカルシンキングと学問的な裏付けを取ることで養われた。この2つは、現在も重要なスキルである。

 ちなみに今の特許庁(当時の農商務省外局の特許局)を創設したのも是清だ。Appleが世界にイノベーションを巻き起こしたことでもわかるように、新技術の知的財産を守ることは企業経営ではもちろん、国の発展に関わる重要な課題の一つ。

「誰よりも先んじて特許の必要性を説いたのも、自らの経験で学んだからなんです。アメリカのホームステイ先でうかつにサインをしたために奴隷として売り飛ばされ、契約の重要性や厳しさを身にしみて理解していたんですね。彼の先を読む目がなかったら、日本の経済発展はもっと遅れていたかもしれません」

 また、是清は本当によく仕事を辞める。こんなに転職を繰り返した人も珍しい。

「経済的に困窮していたときは官職のオファーがあっても断る。なぜなら、お金がないのに宮仕えをすると、簡単に辞められないから。国を間違った方向に進める指示を上司がしてもノーと言えなくなる。彼の中にはしたくないこと、してはいけないことの線引きが明確にありました。常に大局を見据えた上で、国が栄え、国民を豊かにするという高い志がありました。だから、職を辞してもすぐに各所から声がかかる。優れたリーダーであり、実務家だった証拠です」

 是清は日本初のグローバルリーダーなのかもしれない。タイトルの『天佑なり』とは是清が、米国の銀行家ジェイコブ・シフとの出会いに感謝したときに発した言葉だ。

 是清は日露戦争の戦費調達のための日本国債発行に奔走するが、西欧の銀行家は誰もアジアの小国の国債など見向きもしなかった。その中でシフだけが、ロシアで迫害を受ける同じユダヤ人を救うために引き受けを決める。この情報が全世界に伝わって発行が可能になり、日本の勝利への原動力の一つとなった。

「天佑なり」とは、今風に言うと「オレッて、ラッキー!」という感じか。この楽観的な言葉には、晩餐会で隣席に座った初対面のシフからすぐに信頼を得る、是清の人柄と器の大きさが表れている。

綿密な取材から生まれる小説の力

 幸田さんの作品の多くは「最前線で頑張っている人」を題材にした経済小説だ。フィクションだが、描かれていることは極めて現実に即している。たとえば、ベストセラーになり、今でも人気作である『日本国債』。また、国会で年金問題が取り上げられた際、「幸田真音さんがこの『代行返上』の本で書かれているように」と引用されたことも。問題の本質を鋭く見抜く、視点を導き出しているのは、時間をかけた徹底的な取材だ。

 本作の取材では不思議な縁がいくつもつながったという。

「『舶来屋』の主人公、サンモトヤマの創業者の茂登山長市郎さんは、当時ミラノで三井物産のトップと仕事をされていました。『ランウェイ』のミラノ取材では、私もお世話になりましたが、久しぶりにお会いして、『今度、高橋是清の小説を書くんです』とお話すると、なんと、その方が是清のお孫さんだったんです」

 直接話を聞き、『天佑なり』にある是清晩年の描写には、これまで知られていなかった事実も盛り込まれた。また、新聞連載時には、第二夫人だった鈴木直の令孫からの連絡もあり、身内だけが知る是清の素顔についても聞いた。

「こうした方々への取材で、是清の生きた人となりが見えてきました。凶弾に倒れる最期まで自分が壁となって、戦争突入を食い止めようとしたのです」

 綿密な取材をする幸田さんがノンフィクションや専門書の依頼を固辞し、頑なに小説だけを書き続けるのには理由がある。

「ある読者から『経済や金融はモノクロにしか見えなかったのに、幸田さんの本を読むとカラーになる』と言われて、身の引き締まる思いがしました。小説では登場人物の目を通して、知らない世界、あるいは価値観の違う世界を見ることができて、人生が豊かになる。だから、自分が『面白い!』と感じたことを、小説にして読者と共有したい。そのためにも、是清と同じように現場を直接訪ね、自分の目と足で取材して学び、そこにある人間の『真実』を伝える小説を書き続ける。それが私の矜持です」

取材・文=東海左由留 写真=川口宗道

 
『天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債』公式HP

紙『天佑なり』(上・下)

幸田真音 角川書店 1680円

7回も大蔵(現・財務)大臣、内閣総理大臣も務めた高橋是清。足軽の家にもらわれ、教師、官吏、株屋、日銀と転職を繰り返したこの男が、持ち前の明るさと傑出した問題解決力で数々の日本の危機を救った。日露戦争の勝利も彼の戦費調達によるところが大きい。81歳で2.26事件で暗殺されるまでの、是清の波瀾万丈の生涯を描いた歴史経済小説。