人気作「舞田ひとみ」シリーズ第1弾(電子版)を無料公開した理由とは?

新刊著者インタビュー

2013/7/22

 『葉桜の季節に君を想うということ』や「密室殺人ゲーム」シリーズで話題を呼んだ、本格推理作家・歌野晶午。彼の人気作「舞田ひとみ」シリーズ第1弾がこのたび電子書籍化された。成長する名探偵が活躍する青春ミステリーとして、注目の本書。作品の成り立ち、読みどころに加え、著者自らの希望として、電子書籍版の無料配信に至った経緯を訊いた。

取材・文=杉江松恋 写真=中 惠美子

 

成長する名探偵・舞田ひとみは、いかにして生まれたか

歌野晶午

歌野晶午
うたの・しょうご●1961年、千葉県生まれ。1988年に『長い家の殺人』でデビュー。2004年『葉桜の季節に君を想うということ』で日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞をダブル受賞。10 年には『密室殺人ゲーム2.0』で再び本格ミステリ大賞の受賞を果たした。他の著書に『絶望ノート』『春から夏、やがて冬』『密室殺人ゲーム・マニアックス』など。

「舞田ひとみ」シリーズをみなさんはご存じだろうか。未読の方のためにご紹介すると、これは主人公が着実に年をとるというユニークなミステリーの連作だ。

 第1作『舞田ひとみ11歳、ダンスときどき探偵』、第2作『舞田ひとみ14歳、放課後ときどき探偵』、最新作の第3作『コモリと子守り』では、ひとみは17歳、高校生になった。登場人物が歳を重ねていく作品はほかにもあるが、このシリーズほど変わる作品は珍しい。そもそも、歌野はなぜ、成長する探偵を書こうと思ったのだろうか?

「現実の人間は年齢に応じて考え方が変わるし、それにつれて行動も変わる。事件に対する見方や興味の有無が変化していく登場人物が書きたかったんです。多くの名探偵は年を取らないし、いくつ事件を解決しても別に成長しない。それがお約束の世界で、読者としてはよかったのですが、作家になってミステリーを書いてみたら、そういう同じことの繰り返しが自分には辛いということがわかった。それで思いついたのが、探偵が成長・変化するシリーズでした。経験値が増えると探偵が違うアプローチをするようになるというのを連作で書ければいいと思ったんですね。そうすると、スタート時、主人公は必然的に子供になる。成人の場合は変化の度合いが少ないですので、第一作の舞田ひとみは小学校高学年の11歳という年齢に。彼女は家庭環境の変化なども経験しながらだんだん大人になっていきます。実は執筆前に彼女が成人するまでの流れみたいなものはだいたいできていました」

 第1、2作は連作短篇集、第3作は長篇で、それぞれの作品の間に3年の歳月が経っている。現実世界でも他人の子供にひさしぶりに会うといきなり成長して見えるが、3年ごとの物語にしたのはそういった効果を狙ったものだという。主人公を男の子ではなくて女の子にしたことにも、理由はあった。

「主人公と父親との対立を物語の中に入れたかったんです。男の子より女の子のほうが男親とはいろいろ微妙な問題もあるでしょう、喧嘩もするでしょうし。やっぱり、いい話ばかりじゃおもしろくないので、変化のキーになるような、マイナスの話も出てこないと。だから舞田家も、必ずしも家庭円満とは言いがたい状態に設定しました」

変化していく主人公だからこそ見える現実というものがある

「第1作は刑事をしている叔父の視点からひとみを書いたので、彼女は11歳だけど特に難しくはなかったですね。また、第3作では高校生、17歳という年齢なのでほぼ大人に近いですし、これも問題はありませんでした。困ったのは第2作です。このときは14歳のひとみと同年齢の友人を視点人物にしたので、非常に難渋しました。とにかく14歳が何を考えているかわからない。完全に空想の世界になってしまったので。身近にそういう人はいないし、かといって14歳の女の子に僕が取材なんかしたらちょっと危ないですしね(笑)」

 年齢を重ねるにつれてひとみの自我も成長していく。それはシリアスな現実が見えてくるということでもあるのだ。連作の後のほうに行くにしたがって、重いテーマも描かれるようになっていく。たとえば、第3作『コモリと子守り』の中心にあるのは、引きこもりと親による児童虐待の問題である。2010年代という世相を如実に物語が反映している。

「ただのおとぎばなしで終わらせるつもりはない、ということは最初から考えていました。ひとみが直面することになるさまざまな問題は、特に意識して社会観察をして書いたわけではありません。ただ、やはり現代の出来事ですから、自分の日常の中でシリアスな話題と接することがありますよね。そういうときに思いついたようなアイデアが、現実を反映したものになったということなんです」

 本シリーズだけではなく、歌野晶午には現代の世相をいち早く取り入れたような作品が多くある。たとえば、匿名のプレイヤーがインターネット上で推理ゲームに興じる『密室殺人ゲーム王手飛車取り』などがそうだ。

「現在を書くのが、取材をするうえで最も楽だということもあるんです。舞台を200年前の海外にすると、調べるのがすごく大変なことになるでしょう。でも現代に起きていることであれば、調べなくても日常的に接していたら感覚的にわかります。ただ、今は時代の流れがすごく速いので、書いたことがすぐ古くなってしまうことがあって、それが苦しい。書いた時点での時代を切り取ったってことで諦めるしかないのかな、と最近では割り切っています。偉そうな言い方をするなら、一時代を書き残すってことも作家的な使命なのかなと。もし200年後に誰かが僕の本を読む機会があったとしたら、ああこういう時代だったんだなという記録にもなるんでしょうから」