みずからの小説真髄が溢れ出た 心も、身体も“踊る”超大作!

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 チャルメルの荘厳な響きが風を渡り、虎旗のはためきとともに銅鑼の音が鳴り響く。異国情緒溢れる路次楽を奏でながら現れる極彩色の行列。人々の熱い視線の先にいるのは、唐風の衣装に身を包んだ美少年たち──薩摩琉球侵攻後の1634年から幕末まで18回行われた“江戸上り”。徳川将軍や琉球国王の代替わりの際、琉球王朝から派遣された使節団が慶賀や謝恩の挨拶に向かう。葛飾北斎が「琉球八景」を描くなど、熱狂的な琉球ブームが江戸、さらに行列のゆく美濃路や東海道で巻き起こり、鎖国中の日本を魅了したという。

池上永一

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いけがみ・えいいち●1970年、沖縄県生まれ。94年『バガージマヌパナス』で第6回ファンタジーノベル大賞を受賞。『風車祭』で直木賞候補に。2008年刊行の『テンペスト』は累計120万部の大ベストセラーに。著作に『レキオス』『トロイメライ』『統ばる島』『唄う都は雨のち晴れ トロイメライ』など多数。
 

「楽童子、と呼ばれる彼らの姿を描いた瓦版は飛ぶように売れ、首里城内に今も残る絵図には、なまめかしい少年たちの姿に倒錯の世界へと誘われている江戸の人々の様子も描かれています。まさに今で言うアイドルですよね。けれどただのアイドルじゃない。彼らは、清国と大和に干渉されつつ、その狭間を生き抜いた琉球王朝の威信を背負う、踊る“外交官”だったんです」

 累計120万部を超える『テンペスト』以来の長編作として渾身の力で描き出されたのは、みずからの命と野心を踊りにかけた少年の壮絶な生き様を描いた物語。18世紀前半、尚敬王の治世を絵巻のごとく活写した『黙示録』は、国家の体制と威厳を守るため、芸能を追求し続けた琉球に嵐を巻き起こした天才舞踊家の一大叙事詩である。

「この時期は紅型や宮廷料理など、今の沖縄にある美意識がすべてつくりだされたといってもいいほど、文化的に爆発した時代だったんです。琉球文化の発生の仕方は独特で、多くのものが王宮から外交戦略として生み出されている。その最たるものが舞踊。官位のある士族が国の威信をかけて踊っていたんです」

 その渦のなかへと入っていくのが、最下層の民“ニンブチャー”の少年・蘇了泉。母が病に侵され、その村さえ追い出された彼は、大道芸の一座に入り、餓えと蔑みに満ちた日々を送っていた。そんな彼を那覇ヌ市の喧騒の中で見出したのは、王府で踊奉行の地位につく石羅吾。なぜか人目を集めてしまう才を持つ了泉の人生は、そこから大きく転換していく。

「言葉や所作の違う大和や清の人々の心を捉えるために最も重要だったのが、役者本人の魅力。了泉は天性の強烈な華を持った主人公として描きました。人目が集まるのって、その人の存在の重さみたいなものだと思う。以前、宝塚歌劇を観に行ったとき、天海祐希さんがまだトップスターになる前で台詞もないのに、みんな彼女に釘付けで、“これは一体何なんだろう?”という体験をしたことがあったんです。あの時は確かに、彼女の持つ“質量”を見ていた。そういうことってあるんですよね」

 人として扱われない悔しさ、病気の母を救えない悲しさ……いつもどこかでじりじり炎を燃やしているような了泉は心の奥底にブラックホールのような質量を抱える人物。石羅吾に拾われ、めきめきと踊りの才能を開花していく彼が誓ったのは、“生きるために踊ること”。だがそんな彼の持つ、もうひとつの才を見ていた人物がいた──。

主人公が踊るために自分の心をさらけ出した

「自分のなかに潜って、潜って、核心の熱みたいなものに触れ、“やべぇの掘り当てちゃった”という体験の連続でした」

 ストーリーには尚敬王、宮廷演劇“組踊”の祖・玉城朝薫などの実在の人物や古琉球の神話が多く登場する。それらの史実と史実が、思わぬところでつながり、“行け、行け!”と叫び出す。その内なる声に、キーボードを打つ手が止まらなかったと、池上さんは言う。

「自分の中に湧きあがってくる、その妙なものには満足とも、幸福とも違う、ヘンなリアリティがありました。身体の中をぶわーっと何かが通過していく感じ? アブナイ話だけど(笑)」

 物語の謎となる、王である“太陽しろ”を支える“月しろ”もそのひとつ。清国で風水を学んだ、尚敬王の教育係・蔡温が探す、月しろとなる人物。彼の目に留まったのが了泉だった。

「“月しろ”という象徴性は王朝成立以前から存在していたと言われ、沖縄ではとても大事な概念。けれど沖縄学の父と呼ばれている伊波普猷も“月の光を浴びて育つ石”としか記していなくて」

 楽童子の頂点に向かって駆けあがっていくとともに、月しろを目指す了泉。だが、彼の前に“自分こそ、月しろ”と名乗る絶世の美少年が現れる。楽童子を指揮する踊奉行、玉城朝薫の愛弟子で、花形として誰もが認める雲胡だ。踊りも性格も対極を為す二人の熾烈な闘い、そして、その火花のなかから、ひとつの芸術が生み出されていく。