横溝賞の最高傑作登場か 学園が舞台の本格ミステリー

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 日本ミステリー界の巨星の名を冠した横溝正史ミステリ大賞は、今年で31回を数える。最新の受賞作『消失グラデーション』は賞の原点に戻ったかのような謎解き小説だ。

「本格的に小説を書き始めたのは22歳のときで、20代に書いたものはすべてミステリーでした。ジャンルとしてはいわゆる本格ミステリーです。トリックがあって解決のためのロジックがあるというものですね」

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 受賞者の長沢樹は、子供のころから熱心なミステリーファンだったという。

「ミステリーを読み始めたきっかけはお決まりの江戸川乱歩〈少年探偵団〉シリーズです。図書館でそれを借りて読んでいるうちに、ああいう作品には論理的な解決があるということを知ったんです。それで俄然興味が湧きました。『透明怪人』という作品が少年探偵団のシリーズにあるんですが、小学生としては本当に透明怪人がいると思ってたんですよ。ところが読んでみると、二十面相が操っていたという。初めてトリックというものの存在を知りました」

 長沢の小学生時代には、ちょうど角川映画『犬神家の一族』が火付け役を果たした、横溝正史ブームが盛り上がっていた。

「少年探偵団から金田一耕助シリーズの読破に向かったんです。アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンなどの海外の有名どころも一通り読みました。高校生のころに新本格の洗礼を受けて、そこからはどっぷりです。綾辻行人さんの『十角館の殺人』は人生3大びっくりの1つですね。あとの2つはヴァン・ダイン『僧正殺人事件』、そして今回自分が横溝正史ミステリ大賞を受賞したことです(笑)」

 

映像が仕事、小説は趣味とわりきっていた20代

 長沢が初めて小説を書こうと意識したのは中学1年生のときだった。中学2年生のときには国語の授業の課題として、150枚の長さのものを書いている。本人によればそれは、横溝正史『仮面舞踏会』の影響を真っ向から受けたものだった。高校時代から映像業界を志望していた長沢はその関係の専門学校に進学し、脚本を書くようになる。

「小説を書くのはあくまでも趣味だと割り切っていました。読書をしたり、パチンコに行ったりするのと同じといいますか。専門学校を出た後はテレビの仕事をするようになりましたが、ほとんど情報報道系の現場でした。ドラマといえばせいぜい事件の再現ドラマぐらいで(笑)。職業がら資料はたくさんあったので、それをこっそり小説書きに流用したりもしました」

 当時は『このミステリーがすごい!』が発刊されたばかりで、ミステリーに対する世間の注目度も上がり始めていた。特に傾向と対策を勉強することもなく、長沢もミステリー関係の賞に投稿を開始する。日本推理サスペンス大賞(終了)で1次通過を果たしたときの優秀作受賞者は天童荒太である。また、同じ2次落ちの仲間にはミステリー作家の北川歩実がいた。

「そのころ、同じ職場にいた女性に失恋しちゃったんですよ(笑)。それで24から26まであまり仕事をしないで家にいて、目一杯小説を書きました。失恋のパワーを全部創作にぶつけていたんですね」

 やがて職場復帰をした長沢はアシスタントからディレクターに昇格し、自分の裁量で番組が作れる状態になる。そのため30代後半までの10年間は小説を書こうという気持ちもなく忙しく仕事に打ち込んでいた。

「10年間は書いてもトリックやプロットをメモする程度でした。実は『消失グラデーション』も、そのころのメモが元になっている部分があります。36歳になったぐらいから、仕事のやり方が変わり始めました。それまでは一人のディレクターが全部の過程に携わっていたのを分業化するようになり、その結果週に2日ぐらいの休みが取れるようになったんです。それでもう一度小説を書いてみようかという気持ちになりました」

 小説から離れていた10年間も決して無駄な時間ではなかったと長沢は言う。

「今回の作品でみなさんが読みやすかったとおっしゃってくださったんですけど、映像の仕事をしながらアナウンサーなりナレーターなりが読むことを想定した原稿をずっと書いてきましたから、その蓄積は大きかったと思うんです」

 10年の充電期間を経て創作の舞台に戻ってきた長沢だったが、最初に選んだジャンルは意外なことにミステリーではなかった。

「そのころ、ちょうどライトノベルというジャンルの存在を知って、そっちに挑戦しようとしたのですが……結果は8連敗でした。ライトノベルというものをよく知らずに書いたので仕方ないのですが、ぜんぜんジャンル違いのものを応募したりしていたので、当然の結果だと思います。それと並行して2007年に『消失グラデーション』の原型になるものを書きました。最初は350枚ぐらいで書いて放置してあったのを、昨年の夏に思い出して現在の形に仕上げたんです。ライトノベルが連敗続きだったので、これを納得のいく形に仕上げて、在庫を一掃してまた一からやり直そうと。リライトのときには、自分の青春はあまり輝かしいものではなかったので、その辺の願望を付け加えたりもしています(笑)。完全に男目線で書いたという自覚はあるので、女性読者の反応は実は気になっています」