異常だけれど、ありえなくはない 初めて書いた「愛」の物語です

新刊著者インタビュー

更新日:2014/2/6

女の人のほうが悲しみの種類が多い

 かくして前半のダークさは一転、復讐クリエイター美幸による、抱腹絶倒の快進撃が展開する。「あのへん、バカバカしくて面白いですよね」と、書いた本人も思わず笑顔を見せた。

「うちの奥さんがね、『キル・ビル』という映画が好きなんですよ。いわゆる“女の復讐モノ”ですね。映画はポップに作られているけど、続編で明かされるあのヒロインの人生ってめちゃくちゃ悲しいんですよ。だからこそ、彼女の復讐に説得力が増すというか、共感が増していく。僕の中では、『美幸』はちっちゃな『キル・ビル』です。イジメられて悲しい人生を送ってしまったがゆえに、自分の人生にもう期待しちゃいけないと思っていた人が、誰かを助けるために立ち上がる。ちいちゃなヒーローの物語です」

 しかし──。楽しい雰囲気は束の間、物語には再び、暗雲が立ち籠める。そして、美幸が暴走する。法を犯し、罪人となる。

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 ①美幸の手紙。②雄星の取調室での証言。③矢島弁護士の法廷演説。『美幸』の物語は、3つの「語り」が入り乱れながら進んでいく。そうして物語のラスト、④番目の「語り」が出現した時、物語は真実の顔をあらわす。愛が、さらに高まる。

「ここに描かれているのは、一般的な愛とは違うかもしれない。でも、みんなが思っている愛にも、狂気の部分って絶対隠れてると思うんです。恋愛をして、私こんなふうになるはずじゃなかったのに……と思ったことのある人、いっぱいいると思うんですよ。実は誰もが美幸と、そう遠くはない人生を歩んでるんじゃないか。異常だけど、ありえなくはない人生の物語だと思いながら書きました」

『美幸』を完成させた今、実感していることがある。

「女の人の悲しい心情を描いてるほうが、僕はぴったり合う感覚があるんです。男の人よりも女の人の考え方のほうが、クールだけれどねっとりしていて、より悲しいじゃないですか。例えば子供時代に、男の子が不細工って言われても、トラウマにならないと思う。だけど女の子でブスって言われたら、一生トラウマになるんです。女の人生にはいつまでも美醜の問題が付きまとっちゃうけど、男は大人になると、かっこいい男だけがモテるわけじゃないですよね。女の人の人生のほうが悲しみの種類が多いし、傷つく機会が圧倒的に多いんです。彼女たちの悲しみに寄り添ってみたいと思うことが、僕がこの小説を書きたいと思う気持ち、そのものかもしれない」

 本作を機に、小説のスイッチが入ったようだ。「これから年1作は小説を発表していきたいと思います」と、最後に頼もしい宣言をしてくれた。

「『美幸』が書けたことは、大きなポイントになったと思います。僕は、自分の中にあるものしか書けないんです。でも、それが僕にしか書けない表現につながるんだと、『美幸』を書くことで知ることができたんですよ」

取材・文=吉田大助 写真=かくたみほ

紙『美幸』

鈴木おさむ KADOKAWA 角川書店 1365円

書道コンテストで優勝し目立ってしまったことがきっかけで、中学3年生の美幸は悪質なイジメにさらされる。自分の人生に期待するのはやめよう。恋も二度としない。そう決めていた美幸が就職先で、元俳優で今はサラリーマンとなった雄星と出会う。彼をイジメる上司に代わり、復讐することが、美幸の生き甲斐になる──。