お連れしましょう、長篠の地に! “今”とも重なる激動の転換点に

新刊著者インタビュー

公開日:2014/5/7

最前線の目線が活写する
合戦の真と現代との符牒

「お連れしましょう、長篠に! それが本作のメッセージ」と、伊東さんは満面の笑みを見せる。
「それをするために、武田軍・伊奈衆の宮下帯刀という、最前線で戦う下士官の視点も群像劇のなかに据えていったんです」

 帯刀目線で突き進む合戦場は、まさにバーチャル空間! 飛び交う銃弾のなか、何が起こっているのかも把握できないまま、突き落とされるのは、言われたことをやるしかない混沌のなか。

「戦場ってそうだったと思うんですよ。司令官の考えどころか、最前線に出される人たちは勝っているか負けているかすら、わからなかったのではないかと」

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 何が起こっているかわからない─帯刀の感覚を味わっているうちに、それは現代を生きる私たちが漠然と抱えるものに通じることにも気付いていく。

「まさに今の我々の状況は、帯刀そのものだと思います。TPPにしても、今回の消費税増税についても、すべての情報は開示されていない。何でこうなっているのかわからないという不安のなかにいる。そしてもうひとつ、普段は農業を営み、戦になると駆り出される立場の帯刀に凝縮したメッセージは“人のものはいらない、だから自分のものは奪わないでくれ”ということ。それはクリミア半島、竹島、尖閣諸島など、今、世界中で起きている諸問題にも通じている」

 本作で克明に描き出される戦国時代の組織、上下関係も、競争が激化する現代社会に重なっていく。そしてひとつの転換地点であるということも──。

「今、ビジネスの現場ではインターネットを使いこなせない人が追いやられているという構造が強いと思うんです。それは急激に鉄砲が普及するなか、昔ながらの戦い方しかできない宿老たちが君臨する武田家の衰退とも重なる。ネットと鉄砲、世の中に劇的な変化をもたらす転換点を抱えた時代という意味で、今と戦国は共通していることが多いのではないかと思います」

 だからこそ、その激動の渦中で悩み、戦う人々の姿は強く胸に落ちてくる。なかでも若き日の家康と秀吉の姿は“気付き”のプロセスを見せてくれる。

「彼らの成長は、若い世代の方にも共感していただけるのではないかと。物語を楽しむなかでいろんなことを感じてほしいんです。生きるか死ぬかの世界で、生きていた人たちは何を考え、どう判断をしていったのかということを。それが歴史小説の、そして、この物語の存在意義であると思うんです」

取材・文=河村道子 写真=森 栄喜

紙『天地雷動』

伊東 潤 角川書店 1600円(税別)

“信玄死す”の噂に天下を掌握せんと動き出す男たち。巨大な父の跡を継いだ勝頼、信長の配下で走る秀吉、家康、武田家の兵・帯刀。立場の違う各々の視点が“長篠”へと突き進む。長篠合戦はなぜ起きたのか─膨大な史実の蓄積と新解釈から放たれるラストの“真実”には鳥肌が立つ。現代をも映す最強・長編合戦絵巻!