【海堂尊インタビュー】ミッシングリンクになるのは明るく楽しい学園小説だった

新刊著者インタビュー

公開日:2014/7/5

成長の不安を描くために主人公の気持ちに寄り添う

 一言で表すならば、特殊なモラトリアムを与えられた少年の成長小説ということになるのだろう。海堂作品では登場人物が自分たちの置かれた状況についての討論を繰り返しながら結末に進んでいくことが多いが、本書ではアツシと、彼の後見人であるエンジニア・西野昌孝との対話がそうした性格を帯びている。西野はアツシのモラトリアムをいつ終わらせるかという決定権と、彼の恋愛が成就するか否かの鍵を握る人物なのである。彼と対峙しながらアツシはなすべきことを考え、自分の意志で未来を選択していく。

「西野との対話はもともとの構想にあったことですけど、文章にしてみたら最初にうっすらと考えていたものとはまったく違う形になりました。彼は難しい登場人物で、私にもよくわからない部分が残っています。そういうキャラクターはとりあえず物語の流れの中に置いておくと、ブラックボックスから変なものが出てくるんですよね。作者は小説世界では神ですけど、神だってわからないことはある(笑)。わからないことは現実世界にもたくさんある。だから小説もそれでいいんだと思っています」

 すでに『モルフェウスの領域』をお読みになっている方には、アツシの秘密が何であるかお判りのことと思う。本書は単独で読んでもまったく問題ないが、他の海堂作品を読んでいるとさらに充実した読書が楽しめる作品である。少しだけ明かしてしまえばアツシは、普通の人が小学校で体験するようなことをまったく通過せずに中学生になったのである。つまり学校生活の記憶というものがまったくない。

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「要するに学校における、楽しいことや嫌なことや悔しいこと、そういう雑多な体験がすっぽりと抜け落ちているわけですね。それでは彼は、おかしな人間になってしまうかもしれない。だからちゃんと追体験させてやろうというのが、彼が中学生から高校生になるまでの青春物語にした理由です。彼には一般の中高生には課せられないような重い義務があるんですが、それは自分の境遇を考えれば背負わなければいけない宿命なので、おそらく本人はそれほど負担には感じずに日常生活を送れるだろうと。そこまで彼の気持ちを考えてみて、やっと物語が書けるようになりました」

世界は一つだが、作品は無限に広がっていく

 アツシは2008年刊の『医学のたまご』(理論社)にも登場している。そこでの彼は、高校生でありながら飛び級で進学した医学生だ。『医学のたまご』で見せた顔と本書でのアツシ像に多少の隔たりがあるのは、言うまでもなく『アクアマリンの神殿』で彼が学園生活を通して成長しているからである。

「成長には2つの面があって、1つは心理的成熟、もう1つは情報取得です。物語の流れとして、主人公がそういう2つの意味の成長をしていく過程を描くというのは自然なことなので、そのあたりは書きやすかったですね。ただ、最初にも言ったとおり『アクアマリンの神殿』の基本は恋愛小説で、『モルフェウスの領域』に対するアンサーソングです。主題はそこにあると最初は思っていたので、自分が何を書いているのかは連載時にはよくわかっていなかったんですね。連載を終えて、単行本のための手直しをしているうちに、ああ、そういうことを書いていたんだ、と少しずつ見えてきました。彼の未来は『医学のたまご』でもう書いてしまっているので、書いている間はとにかく、中高時代を楽しく過ごしてきちんと成長してほしい、という気持ちに尽きましたね(笑)」

「誰も自分のことをわかってくれない」という感覚、青春期ゆえの孤独感が描かれた小説でもある。若者を主人公にした小説はこれまでも手がけてきた海堂だが、ここまでその心理に深く分け入った作品はなかった。エンターテインメントの送り手として幅広い分野に対応できることを本書で改めて示した形だ。

「ジャンルうんぬんというより、扱う題材によってスタイルが変わる、ということなんです。私は小説内の世界を統一しているので、そちらに多様性を持たせられない分、描き方にバリエーションが出るんですね。量子力学の不確定性理論だと、量子の位置を決めると速度が決まらなくなる。それと同じです(笑)」

 次は何が飛び出してくるか、本当にわからなくなってきた海堂ワールドだ。本書によって佐々木アツシという「矛盾」は解決されたが、作品世界にはまだまだ見えていない部分、書くべきエアポケットが空いているはずだ。それもいつか小説化される日が来るのだろうか。

「はい。まだポコポコ空いてます。いくつか大きな断層があって、いずれ埋めなきゃなとは思っています。でも、それが何なのかは今は言えませんが(笑)」

取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道

 

紙『アクアマリンの神殿』

海堂 尊 KADOKAWA 角川書店 1600円(税別)

桜宮学園中等部3年生の佐々木アツシには級友の誰にも明かしていない秘密がある。未来医学探究センターのたった1人の専属職員として地下に眠るオンディーヌを守ること。それが彼の使命なのだ。だが同じクラスの美少女・麻生夏美は、その秘密を知ってか、なぜか彼に親しく接近してくる。果たして彼女の思惑は。作者初の本格学園青春小説。