オリジナルTVアニメ 『グラスリップ』 西村純二監督の過去作品を辿る

アニメ部

2014/7/22


夏の新番組も一通り始まって、評判もある程度出揃ってきた今日この頃。ひそかに熱い注目を集めているのが、オリジナルTVアニメ『グラスリップ』ではないでしょうか?
 
ハーモニー処理! 真俯瞰(まふかん)! 時系列シャッフル! 西村純二監督らしさの溢れた絵作りと話作り……なのですが、そもそも、西村純二監督ってどういう作家性の監督さんなのでしょうか。代表作を通じてその経歴を振り返ってみたいと思います。

◇うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー
 

ごく普通のスケベな少年、諸星あたる。そんな彼の元に、虎縞ビキニの美少女宇宙人ラムが現れて……という高橋留美子原作の、ドタバタラブコメのもはや古典と言っていい作品です。押井守監督がチーフディレクターを務めたアニメ版の劇場版第二作がこの『ビューティフル・ドリーマー』。「終わらない文化祭前夜」をループし続けるあたるたちを描いた、80年代アニメブームの掉尾を飾る、押井監督の大傑作です。
西村監督は、実はこの作品で演出を務めています。もともと、西村監督はTVシリーズにローテーション演出家として参加しており、押井監督脚本回でその評価を高めた原点である101話「みじめ! 愛とさすらいの母!?」の演出・絵コンテも担当していました。いわば、巨匠・押井守監督の成長期のベストパートナー。押井監督の奔放な発想を適切に絵にできる演出家。それが西村監督でした。
なお、押井監督はやがて『うる星やつら』を離れ、同時に制作がスタジオぴえろからスタジオディーンに移り、やまざきかずお監督がチーフディレクター、西村監督がアシスタントディレクターを務めることに。以降、西村監督はスタジオディーンでの仕事が多くなります。

◇ハーメルンのバイオリン弾き
 

 
西村監督は、シンエイ動画制作でディーンが製作協力に入った『プロゴルファー猿』で初監督を経験。以降、順調にキャリアを重ねていきます。そんな中で、世間の耳目を集めたのが本作。
巨大なバイオリンを背負った青年、ハーメル。彼は北の魔王の城を目ざし旅していた……というストーリーはさておいて、本作の凄さは、止め絵が多用され動画枚数が極端に少ない、ということ。予算がなかったわけでもスケジュールがなかったわけでもありません。なんと、西村監督が『新世紀エヴァンゲリオン』について「動かないけれどとても格好いい」という評判を聞きつけ、自分もやってみようと思って極力動かさない絵作りを心掛けた、というのだから自由な作品作りにもほどがあります。
「話に聞いた」とか「TVで見た」とかの間接的な情報から刺激を受けて作品作りに反映させていくのが西村監督のスタイル。西村監督が得意とする出崎統監督っぽいハーモニー処理だって、出崎監督から現場で直接学んだとかそんなんじゃありません。好きだから、ファンだから、TVや劇場で見たものを研究して自作に取り入れる。西村監督は偉大なアニメファンなのです。

◇風人物語
 

『うる星やつら』ではベストパートナーだった押井監督と西村監督ですが、仕事上の接点はその後あまり多くありません。スタジオディーンを中心にTVシリーズを手掛けていた西村監督と、主としてProductionI.G.を拠点に劇場版に専念してきた押井監督。職人的な西村監督と作家的な押井監督。いつしか二人の道は分かれてしまいました。それが再び交わったのがこの『風人物語』。第1回アニメ企画大賞を受賞した原案を、押井監督が慣習、西村監督が監督した作品です。
二人っきりにデジカメ部の部長、ナオが、風を操る風使いたちと出会って経験する、中学2年生の日々。思春期の日常と超能力が交差する、という点では、『グラスリップ』に一番近い西村監督作品とも言えるでしょう。
荒川真嗣さんの簡素な線なのに不思議に艶めかしくて色っぽいキャラクターデザインからして実験的なルックの本作。風を実線で表現する技法も決まっていて、映像作家としての実力、懐の深さを存分に見せつけてくれます。

◇シムーン
 

西村監督は、スタジオディーンとの付き合いは確かに深いのですが、作画でも脚本でも声優でもなんでも、「毎回この人」といういつものメンツはあまり抱えないタイプ。作品ごと、時々に巡り合った新しいメンバーとの作品作りを楽しむ監督です。これもまた職人的な、与えられた仕事を楽しむ姿勢なのでしょう。
が、そんな職人に、作家性を発揮せざるをえない事態がやってきます。スタジオディーンしばらくぶりのオリジナルアニメである『シムーン』の監督を任されたのです。
西村監督のここまでの作品でオリジナル色が強かったのはなんと言っても『風人物語』。『シムーン』は、思春期と空のモチーフ、そして連続してメインキャラに起用された名塚佳織さんと『風人物語』との連続性を感じさせる作りになりました。いわば、西村監督の“空と名塚佳織の三部作”の第二弾とも言うべき作品。西村監督は、齢50歳にして、西村ジュンジ名義で初めて本格的に脚本にチャレンジ。出崎統監督とも組んでいた小林プロによるハーモニー処理も実に決まっていて、西村監督のここまでの集大成の感があります。
人がみな少女として生まれ、大人になるときに自ら性別を選ぶ世界、大空陸を舞台に、孤高のエンジン「ヘリカル・モートリス」を持つために侵略を受けるシムラークルム宮国の少女たちの戦時下の青春を描くという本作の独特の世界を誰よりも深く理解していたのはやはり監督自身。コール・テンペストの面々の決断を描いた第25話「パル」は西村ジュンジ脚本の最高傑作のひとつです。

◇true tears
 

 
造り酒屋のひとり息子で絵本作家志望の仲上眞一郎は仲上家に引き取られた湯浅比呂を気に掛けていたそんな中、彼の前に空から降りてきた少女、石動乃絵。乃絵は眞一郎は、空を飛べると言うが――。
『風人物語』DVDに収録されたインタビューを見たP.A.WORKS堀川社長からの電話で監督することになったという経緯は、出崎作品を見てハーモニーをやり始めた西村監督自身の生き方を思わせます。そうして呼ばれた現場で脚本家として『シムーン』の岡田さん、声優として『シムーン』の高橋理恵子さん、『風人物語』以来の名塚佳織さんを起用。脚本家・西村ジュンジも続投し、スタッフィング・キャスティングからして西村カラーを押し出しているのがうかがえます。表現上の工夫としては俯瞰の多用が印象的です。これは堀川社長が現場の作画力を鍛えるために西村監督に難しい構図も要請してほしいと頼んだからとのこと。
『風人物語』『シムーン』と続いた“空と名塚佳織の三部作“の掉尾を飾る傑作で、シリーズ構成・脚本を務めた岡田麿里さんがスターになった出世作になりました。「飛べるようになってしまった」『風人物語』、「飛ぶのをやめる」『シムーン』、「飛び立つまで」の『true tears』。空へのアプローチも三者三様で非常に興味深いです。

以上、まとめて見ると、西村監督は真俯瞰やハーモニーなど、愛用する技法はあるものの、個々の作品ごとに新しいことを試みてきた進取(しんしゅ)の気性に富んだ監督、ということになります。それは原作ものを中心に様々なタイプの作品を手掛けてきた職人タイプだったからという部分もあったのでしょうが、オリジナル作品を手掛け作家性を求められるようになっても変わっていないのです。

『グラスリップ』でもどんな新しいことを仕掛けてくるのか、これからが楽しみです。

文=夏葉薫