変わりゆく書店のひとつの可能性。文教堂(アニメガ)の場合【コラム】

アニメ部

2014/8/10

去る6月14日、日本で最大の直営書店グループである「文教堂」が新業態として全国展開を進めている店舗、アニメガ松本店(文教堂JOY松本店)がオープンした。

その広さ、200坪。12万冊の在庫を持つ巨大ショップで、実際に現地に訪れても書店というよりは、玩具店といったほうがしっくりくるような品揃えだ。特にアニメガの主力商品であるライトノベル、コミックのような書籍だけでなく、その隣にはアニメグッズ、例えばキャラクターがプリントされたTシャツや携帯ストラップなどが並び、さらにはそのアニメの主題歌CDも並んでいる。簡単に言い換えると、棚の中がメディアミックスされているのだ。


▲人気アニメの書籍とグッズがひとつの棚に所狭しと並んでいる。

レジに並んでいる来客者の手元に注視すると、書籍だけでなく、関連グッズも同時に購入していることが多く、年齢層は比較的低めながら、客単価が高そうな印象を受けた。

昨今、オンライン書店だけでなく、電子書籍の普及により、ますます崖っぷちに立たされている書店業界。特に個人経営書店の廃業は後を絶たず、大学でも「書店の生き残りやオンライン書店との共生や共存」を専門にしているものもおり、以前その勉強をしている後輩に話を聞いた時も、テーマは「コミュニケ―ション&コミュニティ」だろうと話していた。

さて、先ほどのアニメガに話を戻すと、この松本店のオープンのちょうど2週間後である6月28日にひとつのイベントがあった。主催者と縁のあった筆者もこのイベントに同行したのだが、イベント時に見た光景、それは地方書店のレジに長蛇の列をなす若者という「不思議な現象」だった。

オープン間もないということで興味本位に訪れた冷やかし客ではなく、皆、同じ商品を持ち、同じように期待感に溢れる笑みを浮かべながら、待機しているのだ。

その不思議な現象の中心にいたのは、ひとりの声優・野水伊織さんの姿だった。


▲松本店の1日店長を務めた声優の野水伊織さん。アニメガのエプロン姿が様になっている。

年々高まる声優人気をいまさらここで語る必要はないが、この信州・長野の地方都市に人気声優が来ているという事実。そして、その声優に一目会うために長野県中から人が集まり、さらには県外からも人が集まる。

関係者に話を聞いたところ、6割が地元長野から、残りの4割は県外(主に首都圏)から来ていたそうだ。この日は彼女によるお渡し会が行われ、対象商品か、既定の金額以上の買い物をすると、彼女がリリースしたCDのポスターが直接手渡されるというイベントだった。中には何度も何度もレジに並び、ショッピングバッグの中に何本もポスターを抱える熱心なファンも見受けられた。

100人近く集まったファンの反応をTwitterで見てみると、
「はじめて生の声優に会った」
「まさか松本に声優がくるなんて…」
と、東京から3時間かかる地方都市に人気声優が来たという事実に、ファンだけでなく店舗に訪れた一般客も一様に驚いているようだった。

書店のイベントですぐに想像されるのが、作家や原作者のサイン会だろう。誰もが想像がつくので、たとえどんな大物作家が来店しても販促活動の一つと考えられ、特に驚きも特別感もないかもしれない。ましてや書店から足の遠ざかっている若者からすれば、どんな大物作家が来るよりも、憧れの存在である声優が来る方がバリューがあるのだ。

原作者と声優。立場は異なるが、あまり表に出ないという共通点がある。一方は物語を創造し、もう一方はキャラクターに命を吹き込む。

さらに筆者は、7月28日に行われたアニメガ新宿アルタ店で行われた別の声優イベントにも参加してきた。デビュー間もない新人声優にも関わらずイベントは大盛況で、店内は全国から集まったファンでごったがえしていた。

彼女、高野麻里佳さんが出演したドラマCD「ちゃんおぷ」の第二弾制作記念ということで、初の単独イベントだったが、中には新潟や愛知から夜行バスで訪れたファンだけでなく、別のイベントから雷雨の中、必死に駆け付けたファンもおり、いかに声優と会えることが「特別」であることが証明された格好だ。


▲会場前に集まるファンと声優の高野麻里佳さん。左は仕掛け人の吉村氏

通常、アイドルのファンイベントでは、関係者がファンの後ろに待機して、時間がくるとアイドルの前から引きはがす、通称「はがし」と呼ばれる人たちが待機しているのだが、このイベントでは一切見当たらない。しかし、ファンは誰一人として自分勝手な行動をとることなく、数分ほど対面で話をしたのち、CDを受け取ると自ら退席し、その時間がよほど有意義だったのか、何度も対象商品を購入しては列に並ぶを繰り返していた。決して主催側が複数購入を促した訳でもなく、本人たちもその購入が目に見える形の応援になっていると理解しているようだ。さらに、お渡し会の後は声優を囲んでのミニトークショーも開かれ、こちらでも笑いが絶えない楽しいやり取りに興じていた。

このように、アニメガの二つの店舗を取材し、実際に書店に若者が集まる現象を目のあたりにしたことで、改めて書店そのものの存在意義を考えさせられた。

そもそも、日本の多くの書店が人の集まる駅前や商店街にあるのも、新しい知識や世界を求める、いわゆる「知との出会い」を提供するためではないだろうか。時には学校や会社帰りに、時には休日の暇つぶしに。そこにいかなければ決して出会えないような新たな発見があるからこそ、人は書店に足を運ぶ。しかし、いまの書店の多くは、品揃えがほぼ変わらず、興味が惹かれる棚を見かけることが少なくなった。

新鮮で意外で、さらには特別な「知的体験」が得られなければ、やはり便利なオンライン書店にニーズが集まるのは当然かもしれない。しかし、このアニメガ松本店や新宿アルタ店の取り組みのように、そこでしか得られない体験(コミュニケーション)が出来る場所(コミュニティ)があれば、人は集まる。

イベント終わりにアニメガの担当者である廣瀬氏に話を聞くと、「今後もこのような形で若者に人気の声優をお呼びして、書店、特に地方の店舗を盛り上げたい」と意欲的に語っていた。さらにこのイベントを仕掛けたプロデューサーの吉村氏は、「いまの若い世代の方が憧れる職業にもなった声優を使って、書店だけでなく、地方活性に繋げたい」とイベントの手応えを感じているようだった。


▲お渡し会の告知。手前に映っているように女性ファンも多数集まっていた。

当コラムの主題に話を戻すと、書店が淘汰されているのは、時代のニーズや環境の変化に対応できていないだけでなく、知的体験を供与するという本来の役割が失われているからではないだろうか?

直営書店グループとしては日本最大にして、アニメショップでは後発という文教堂(アニメガ)が取り組んでいるこのイベントをフックにした取り組みは、現在の若者のニーズを的確にとらえ、遠ざかっていた書店に足を向けさせるという点において、今後の可能性を感じた。

特に人口の一極集中化が進む中、地方だからこそ、憧れの人が訪れた時のインパクトは大きい。今回、知的体験のコンタクトポイントを供与する場所として、文教堂の新しい取り組みを紹介したが、このコラムがリアル書店や地方書店の活性化のヒントのひとつになれば幸いである。

撮影・取材・文=橋本商店

<取材協力>
文教堂
http://www.bunkyodo.co.jp/

・参考リンク
野水いおり 公式サイト
http://www.jvcmusic.co.jp/nomizu/

ドラマCD「ちゃんおぷ的な!ドラマ」※第二弾プレリリース版
http://www.oss-ch.jp/c86/

ドラマCD「ちゃんおぷ的ドラマ」※第一弾
http://object-co.jp/goods/chanopu.html