劇場版制作が決定した『境界の彼方』×『なら燈花会』イベントレポート

アニメ

公開日:2014/8/18

2013年10月から12月までTOKYO MXほかで放送されたTVアニメ『境界の彼方』は、鳥居なごむの同名小説を原作とする青春アクションファンタジーだ。今年7月に2015年春公開に向けて劇場版の制作が進行していることが発表され、再び注目を集めている。
 

▲「なら燈花会」×「境界の彼方」イベントのために描き下ろされたキービジュアル

物語の舞台となる「長月市」は奈良県をモデルにしており、学園生活をメインとした牧歌的な日常風景と異形の存在「妖夢」のいるファンタジックな世界が同居する街で物語が展開する。写実的な背景美術によって描かれる奈良の街並みは、物語の息吹を視聴者に伝えている。さらに、街の造形だけでなく文化風習の面でも街の姿が描かれるのが、本作の第5話「萌黄の灯」だ。この話数で描かれる夏祭り「長月灯籠祭」は、実在する地域行事「なら燈花会」をモデルにしている。「なら燈花会」とは、毎年8月上旬に奈良公園一帯で開催される、灯火によるキャンドルライトイベントで、世界遺産の地で行われる夏の風物詩として地域の人々に親しまれている。
 

▲昼間は約1,200頭の鹿が生息しており、豊かな自然の中で群れ遊ぶ愛らしい鹿たちを見ることができる


▲「燈花」とは灯心の先にできる花の形のかたまりを指す。これが出来ると縁起が良いといわれている


▲奈良公園は、貴重な文化遺産を包蔵する春日大社、東大寺、興福寺の3つの境内に位置している

昨年のTVアニメの放送時は、すでに祭りが終了していたため今年こそは「なら燈花会」を訪れようと考えていたファンも多いだろう。そこへ、立ち上げられたのが「なら燈花会」と『境界の彼方』のタイアップイベント「燈花会の彼方」だ。今年の「なら燈花会」は、『境界の彼方』をきかっけに訪れる新たなファン層を取り込みながら例年にも増して賑わいを見せていた。

■歴史遺産とアニメコンテンツが融け合うように

まず、この企画がどのようにして立ち上げられたのかについてふれておきたい。イベントのプロデュースを手がけた「なら燈花会の会イベント部会」担当で「奈良ものがたり観光実行委員会」代表の古田明宏さんに話をうかがった。古田さんは、昨年吉野山で行われた『咲-Saki-阿知賀編』のメモリアルイベントのプロデュースも行うなど、地域の文化発信とアニメコンテンツのタイアッププログラムを意欲的に展開している。今回もアニメの制作元である京都アニメーションへ自ら企画を持ちかけ、「なら燈花会」を始めとする地域の組織団体の理解と協力を確実に得ながらイベントを開催へと導いた。古田さんは、「イベントの趣旨を理解して協力して下さった地域の皆様や、素晴らしいアニメを作って下さった方々に喜んでもらえるようなイベントにしたい」と語る。夏に向けて開催の準備を進めていたところへ舞い込んできた劇場版制作決定の朗報。「燈花会の彼方」は作品を振り返るだけでなく、結果的に劇場版制作決定を祝う祭りにもなった。

「燈花会の彼方」はアニメ作品のためだけに開催される多くのファンイベントとは異なり、既存の祭りにアニメコンテンツを融合させている点でも注目だ。土台となる伝統的な祭りの中で、さらにコアなファン向けのインナーイベントとして開催されている。

「燈花会の彼方」用に追加されたプログラムは、タイアップ記念限定グッズの販売と、描き下ろしキャラクターパネルの展示だ。日中にグッズの販売が行われ、夜19時以降に春日野園地会場の一角に4人のキャラクターパネルが設置される。それらは、実にささやかに執り行われた。人気作品にあやかって祭りを盛り上げるのではなく、作品と地域の文化行事の両方の魅力が融け合うよう絶妙なバランスが保たれている。「燈花会の彼方」を目的に訪れた人たちが、ひそかにコラボを楽しめるよう工夫されているのだ。

とはいえ、一般客もキャラクターパネルの前にできた人だかりに足を止める。周囲の人々からは「何のアニメかは知らないけれど、絵柄がかわいい」や「眼鏡の女の子がタイプ」という声を耳にした。コラボを楽しむために集うファンと一般客が、同じ祭りを共有しながらもそれぞれの視点で楽しんでいる様子が印象的だった。



▲秋人が持っている団扇と未来の持っている提灯は、「なら燈花会」のオリジナルグッズ


▲竹製のうちわや金箔打紙製法のあぶらとり紙は地元メーカーとのタイアップ商品


▲美月(左)が持っているりんご飴は、作中のラストで博臣(右)におねだりしたもの。博臣は喜んで買い与えたに違いない


▲妖夢化して気を落としていた秋人(左)も博臣に誘い出され祭りに参加。未来(右)は朝顔の浴衣でさわやかに。チャームポイントの赤い眼鏡が淡い色の浴衣によく映えている

「なら燈花会」をモデルとした「長月灯籠祭」のエピソードでは、いつもどこか寂しさを抱えた美月と文芸部に新しく入部した未来が祭りを通じて親しくなる様子が描かれる。美月は容姿端麗で名家出身のお嬢様だが、そのことが原因でクラスメートからは敬遠され孤立しているコンプレックスを抱えた少女だ。秋人のほかに同年代の友達はほとんどおらず、ヤキイモと名づけた妖夢を友達にしている。そんな美月にとって、友達づれやカップルであふれる「長月灯籠祭」は、自分が一人でいることを思い知らされてしまうため避けてきた場所だった。だが、後輩の未来の誘いがきっかけで初めて祭りに足を運び、少しずつ素直になり心を開いてゆく。

「なら燈花会」の灯りには、祭りに訪れた人々が幸せになるようにという願いが込められている。その願いの通り、作中でもやさしい灯籠の灯りが、それぞれ孤独を抱えた4人の心に小さな灯りを灯した。現場で同じ光景を目にしたことで、第5話で描かれた美月たちの心の揺れ動きをより理解できたように思う。

ファンがアニメの舞台モデルとなった場所を訪れる「聖地巡礼」は、アニメの楽しみ方のひとつとして定着している。架空の世界と現実をリンクする「聖地」を訪れるという体験によって、限られた期間に放送された作品が一過性のものではなく、固有の思い出として心に刻み込まれてゆく。アニメがきっかけで「なら燈花会」を初めて訪れたという人が、今まで目を向けることのなかった文化と出会い、新たな発見を生むこともあるだろう。「聖地」とそれらを取り巻く各組織が、互いのアイデアや持ち味を引き出し合いながら生み出す新たなアニメの楽しみ方に今後も注目したい。

<取材協力>
・なら燈花会
http://www.toukae.jp/

・奈良アニメディア祭(主催:奈良ものがたり観光実行委員会)
http://www.nara-storytourism.com/

(撮影・取材・文=松田はる菜)