少女は女王を倒して新世界で居場所を手に入れる 『GOSICK BLUE』桜庭一樹インタビュー

新刊著者インタビュー

公開日:2014/12/6

 昨年クリスマスの華麗な復活劇から1年。天才的頭脳を持ちながらもどこか歪な闇を抱えた美少女ヴィクトリカと、彼女を支える素直で心優しき相棒・一弥の名探偵コンビが再び帰ってきた。
 当初はライトノベルレーベルから刊行されていたが途中で角川文庫に移籍、幅広い読者層を獲得し、足掛け9年にわたり愛された「GOSICK」シリーズ。2011年に完結の旧シリーズではヨーロッパを舞台にしたゴシック・ホラー色濃厚な世界観が魅力だったが、昨冬刊行された『GOSICK RED』では舞台を1930年代のニューヨークへ移し、探偵社の看板を掲げるヴィクトリカと新聞記者見習いとなった一弥がマフィア連続殺人事件の謎に挑んだ。

桜庭一樹

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さくらば・かずき●鳥取県出身。2000年デビュー。04年『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』がジャンルを超えて注目を集める。07年に『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞を、08年に『私の男』で直木賞をそれぞれ受賞。「GOSICK」シリーズほか『無花果とムーン』『伏 贋作・里見八犬伝』など著書多数。

「『RED』はすでにニューヨークに移り住んで数カ月後のヴィクトリカと一弥がどういう生活をしているかを書いたのですが、旧シリーズをずっと読んでくださっている方なら二人がどんな風にニューヨークに移り住んで、住む所や仕事、友達といった新しく生きる場所を見つけていったのか、その大変さも一緒に体験できると楽しいかもしれないね、という話を編集者としていて。もともと新シリーズに関しては時系列順に書くとも決めていなかったし、『RED』を書き終えた後に、少し時間を遡らせてアメリカ到着直後の二人の姿を書いてから次に進みたいな、という気持ちが湧いてきました」

 新旧シリーズをより強く繋ぐピースとして。新シリーズ2作目となる本書『GOSICK BLUE』はこうして誕生した。ウェルカム・トゥ・アメリカ、ブルーの大海原を渡って新世界へようこそ。ヴィクトリカも一弥も、そしてもちろん読者も。
 

王を倒す王子は悪になる では少女が倒すべき相手は?

 家族と決別し、生まれ育った土地を捨てて移民船に乗り込んだヴィクトリカと一弥。『BLUE』は地と血の繋がりを断ち切った二人が、新大陸に上陸した最初の一日の物語だ。

「古典やシェイクスピアの劇でも“父殺し”の話ってたくさんありますよね。王子が王様である父を倒して王、すなわち大人になるっていう。それは子どもが大人になる過程での象徴でもあるんですが、ヴィクトリカと一弥が新大陸で新しい生活を始めるためには、やっぱり大きな危険を乗り越えるようなミッションをクリアしないと、本当の意味で新大陸に入ることができないんじゃないかと思って。今までは一弥が男の子として一生懸命戦ってきたけど、今回は古典劇でいうところの王子の役目をヴィクトリカに担わせたかった。じゃあ息子が父を倒すのなら、女の子であるヴィクトリカは誰を倒せばいいのだろう。そう考えていくうちに、新大陸の女王的存在を倒すことで居場所を得る、という今回のひとつの軸がじわじわ見えてきました」

 到着早々、マンハッタンの路上で二人が出会ったのは、ぽっちゃりボディに星条旗模様のスーツを着込んだ放蕩者のボンヴィアン。ニューヨーク一の富豪、ブルーキャンディ家の御曹司であるボンに泣きつかれた二人は、そのまま新世界を象徴する高層タワーの完成披露式典に紛れ込むことに。だが豪華絢爛たるパーティーの最中、突然エレベーターが爆発。一弥と離れ離れのまま最上階に閉じ込められたヴィクトリカの運命は? 爆破犯の目的は? そしてボンの祖母にしてアメリカン・ドリームを成し遂げた“女王”ラーガディアが過去に犯した罪とは? ニューヨークの街を精力的に飛び回った前作とは対照的に、今回は高層タワーという限定された場所で物語が進んでいく。

「今回は『RED』のように横移動ではないな、でも地下でもないな、という気がして。高いところに登って一番上にいる女王を倒して外に出る、という構造の話にしたかった。旧シリーズの、豪華客船やある村など、毎回いろんなクローズドな場所に行って事件を解決していつもの学園に戻っていく、というもともとのパターンも意識しています」

 だがもちろん単純な密室劇では終わらない。爆破事件に巻き込まれたヴィクトリカの現在、貧しい移民一世から新世界の成功者となったラーガディアの過去、そして彼女をモデルにボンが描いたコミック『ワンダーガール』の物語。同時進行する3つのパートそれぞれに詰め込まれた冒険と謎解きのスリルが、物語にエンターテイメントとしての奥行きを与えている。

「最初に絵を描いてみたんです。銀に輝く髪の女の子を3人。その中で異星人として地球にやってきて正義の味方になったワンダーガールは完全な善で、ラーガディアは悪になったもの、じゃあヴィクトリカはどっちなんだろう、と。古典だと王子が王を倒して新しい王になるときって、もう善だけではいられませんよね。王子時代は責任がないから〝いい子〟でいられる。でも悪や怪物を倒すときって、その悪を吸ってしまうというか、一部を取り込んでしまう。そして自らの一部を悪にして王になった彼自身も、いつか別の誰かに倒される。そういう親殺しの話に沿って考えると、ヴィクトリカは善と悪の両方を含んだ真ん中の存在。善と悪、その両方あるもの、というイメージで書き始めました」

 ブロンズボディに百万馬力の勇猛果敢な女の子。遠い惑星から地球というブルースターにやってきたワンダーガールの物語は、アメリカン・コミックス初のスーパーヒーロー「スーパーマン」になぞらえた。

「ワンダーガールの章は書いてみたら思いのほか楽しかったですね。資料を色々調べていくうちに、この時代に誕生したスーパーマンをはじめアメコミヒーローの作者は多くが新大陸に渡ってきた移民だったということに気付いて。そう考えると遠くの星からやってきた、という設定自体が移民と同じ。旧世界から新大陸に来たヴィクトリカとラーガディア、別の惑星から地球に来たワンダーガール、全員が“新しい国”にやってきたときの話なんだ、ということに気付いたときに自分の中でカチッとはまるものがありました」