これぞ小説! 篠田節子の文業25周年を記念するにふさわしい堂々たる大傑作

新刊著者インタビュー

2015/1/6

 四六判単行本で500ページ超の大作だ。しかも、最近とんと見かけなくなった2段組。
「かなりの文量なので、読者の方々がついてきてくださるかしらと、心配しているのですが……」と不安げに小首を傾げる篠田さんだったが、とんでもない。一旦読み始めるやいなや、読者を鷲掴みにして離さない力が、この小説にはある。

篠田節子

しのだ・せつこ●1955年、東京都生まれ。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『夏の災厄』『長女たち』など多数。
 

『インドクリスタル』。
 シンプルな題名からは、トリッキーなタイトルに頼らなくても中身だけで十分勝負できるという製作者側の自信が伝わってくるようだ。

 書店の店頭に並んだのは年の瀬も押し迫った12月中旬だったが、この小説が2014年度の最高傑作であることは間違いないし、5年後に振り返ってみても2010年代を代表する作品の一つに数えられているのではないかと思う。とにかく、素晴らしい小説が誕生したのだ。
 

壮大なインドの物語はプールサイドで始まった

 主人公の藤岡は、小規模ながらも業績のいい人工水晶デバイス製造会社の経営者だが、社運をかけた新製品の材料を探すため自ら訪印し、そこでインドという国の洗礼を受ける。

「もう10年ぐらい前になるのですが、いつも行っているプールでひと泳ぎした後、プールサイドのジャグジーに浸かっていたら、隣になんとなく見覚えのある男性がいたんです。よくよく見ると、もう何年も会っていない同級生でした。お互い奇遇に驚きつつも、近況を尋ねると『今はインド』って(笑)。金属を扱うある商社のインド駐在員だったらしいのだけど、一度話し始めるとインドでのビジネスがいかに難しいかという愚痴ばっかりで。でも、これがきっかけになってインドに興味がわき、個人的な伝手をたどってインドでビジネスをしているいろんな方にお話を聞いたのですが、やっぱり愚痴ばかり(笑)。とにかく、大変な国らしいということだけはわかりました」

 だが、日本人の言葉だけを参考にするのは不公平というもの。篠田さんは電話帳で見つけたインド人の貿易商にいきなり電話し、突撃取材を試みたという。

「小説にしたいから、もし日本人がインドから石英を輸入するならどうすればいいのか教えてほしいとお願いしたら、言下に『日本人には無理だ』と言われました。現地で買い付けしたところでサンプルと同じものが送られてくることはまずないし、ロットごとに全部検品しないととんでもないクズ商品を掴まされる、と。インド人がビジネスパートナーとしていかに信用ならないか、インド人貿易商が熱弁をふるうんですよ(笑)。つまり、日本人駐在員たちの言っていたことは、決して誇張ではなかったのですね」

 しかし、それだけでは小説にならぬと、ボンベイで総領事をしていた人物が主宰する研究会「インド・サロン」にも参加。現地での駐在経験のあるビジネスマンたちに混じって、数年間現代インドの政治経済や文化について勉強した。

「皆さん、第一線で活躍している方々ですから、議論を聞いているだけでも刺激的でした。でもね、その人がどういう仕事、どういう立場でインドに入ったかによって、視点も考え方もまったく違うの。それがとても印象的で。独立に貢献した指導的立場に立つインド人と交流のあった方々や、現地でNGOとして活動する方などにもお話を伺いましたけど、彼らの持つインドのイメージは、ビジネスマンとはまた異なる。聞けば聞くほど、インドという国の多面性に圧倒されていきましたね」