「“カラダを売ると幸福になるのか”その答えを出すつもりはない」社会学者・鈴木涼美インタビュー(後編)

文芸・カルチャー

2014/12/27

鈴木涼美
鈴木涼美さん

話題となった処女作『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)に続き、幻冬舎plusの連載を加筆・修正した『身体を売ったらサヨウナラ~夜のオネエサンの愛と幸福論~』(幻冬舎)を出版した社会学者の鈴木涼美氏。前作とは文体をガラリと変え、夜の世界と昼の世界を行き来する等身大の自分や、自分の周囲の女性たちの価値観を、今風の語り口調で描いている。「答えなんていらない。答えを出しちゃったら、人生終わっちゃう」という彼女に、夜の世界と昼の世界のこと、刺激を求める現代女性たちの本心、ネットや文学を取り巻く世相などについて語ってもらった。

>>前編「“AV女優の何が悪い!”という声のほうが気持ち悪かった」

――前作と比べて、今作は、より夜の世界で生きる女性たちの視点に降りて、フラットに書かれた印象ですね。

鈴木涼美(以下、鈴木):もともとのきっかけは、幻冬舎plusのひとから「恋愛という枠の中で自由に連載を書いてくれませんか」と依頼があったんです。恋愛といっても広いから、ならば私は局地的に切り取ろうと思った。夜のお姉さんについてしか書きたくないというわけじゃないけど、そこに腰を据えて、見えるものを書いていくと、女の恋愛や幸福みたいな一部分が見えるかもしれないと思ったんです。

――現代女性の感情を、「それでも、十分に満たされている。でも、全然満たされていない」という言葉で表現していますが、どういうことでしょう。

鈴木:未婚であれ、既婚であれ、フリーターであれ、バリキャリであれ、「ここで終わりたくないな」と思っている女性がほとんどだと思うんですよ。日常というのは退屈なものだし、「もうちょっと、何かあるんじゃないか」と思いながら、生きている人だらけなんじゃないかな。常に退屈さを埋める何かを夢想しているものの、よく考えてみれば足りてないものはない。けど、足りてないものがないからといって、満たされているわけでもない、みたいな。そういう微妙なアンビバレンスみたいなものを、私はすごく感じる。例えば、あのまま新聞社で働いていて、AVの過去は、なんとなく自分の中の思い出として置いておくとする。それでも生活は成り立つだろうけど、でも、私の中には、やっぱり、ここで「あがった」って、思いたくない。「まだまだ、めくるめくものがあるんじゃないか」みたいな、中二病的な感覚があります。ある程度、自分の立ち位置をわきまえて、役に立つことを行うのが時代のトレンドなのは十分承知だけど、それだとあまり楽しくない。私の感覚は今時じゃないかもしれないけど、正直でいたい。

鈴木涼美

――夜の世界を「華やかだけど、ゴミみたい」、昼の世界を「クソつまらない世界」と表現しています。常に昼と夜の世界を行ったり来たりする生活を続けていますよね。なぜ、両方が必要なんだと思います?

鈴木:それはやっぱり、健康体でいると、自分に傷をつけたりすることに対して、憧れができるというか、昼間の生活では、かなりしっかりした努力をして、ジワジワくる幸せを幸福と感じなくちゃいけない。でも、本を読むとか、映画を見るとか、小さな楽しみで退屈さを埋めようとしたところで、結局のところ、日々の積み重ねって地味なもので、楽しくない。それに比べると、夜の世界はある程度資金があると、かなり簡単に退屈さを埋めてくれる。ただ、それは昼の世界を侵食するものだから、どこかでバランスを取ろうという抑制が働いて、侵食しきれずにいるから、結局両方を持つことになる。その状態って結構つらいし、つらいのもわかっているけど、どうしても捨てられない。ただ、ホステスをやったり、AV女優をやったりしてなくても、その引き裂かれ方って、誰にでもあると思います。ちょっとした逸脱みたいなものへの憧れを持ちつつも、昼の世界の、ふわふわクッションの檻の中から出られない、という感覚。クソつまらない世界で、どうやって女の子として、幸福であり、楽しくて、かわいらしく、魅力的であり続けられるか。それって多くの人の課題だと思う。

――テレビや新聞や週刊誌の世界にも、キャバ嬢との同伴で、個人の遊びであるにも関わらず、会社の名前で「日付入れないで」「2枚に分けて」と領収書を切っていく人って、ウヨウヨいるでしょう。でも、夜の世界で働く以上、そういう「男の粗相」を口外しようなんて、大半の子は思わない。そうやってお世話になっているのに、夜の世界で働く女性を見下す男性って少なくないでしょう。あれってなんでしょうね。

鈴木:夜の世界になると女の子は圧倒的に商品になる場合が多くて、だから、女の子たちは自分を商品化する。しかも、タレントさんや女優さんみたいに、しっかりとした戦略をもってするのではなくて、かなりてっとり早く自分の肉体なり心なりをお金に変える。それに対する「ズルをしている」とか、「汚い」とかいう嫌悪感は、世の中にずっとある。そういう嫌悪感が、実際に働いている女性たちに向けられやすいのではないかな。男性の場合は昼間の成功で夜の楽しみを買っているという感じ。男の人たちも、女の人に対してどうやって接すればいいのか、分かっていないと思うんですよね。男の人にとって、女の人って、飲みに行った先でちやほやしてくれる存在であり、家でごはんを作ってくれる存在であり、会社で自分を押しのけて出世しようとしていく存在。確かに女の子ってめまぐるしくて、いろいろな顔を持つから、そこに対する戸惑いはあると思います。

――著書に書かれていましたが、人生に余白ができると何かを埋めたくなる衝動って、誰しも大なり小なりありますよね。「刺激」や「楽しい」という言葉が、現代の女性の感情を切り取るのに、ピタリとはまっている。これだけモノに溢れている時代、なぜ、分かっていてもどつぼにはまる方法で余白を埋めようとしてしまう女性が絶えないんでしょうね。

鈴木:埋めずにはいられない圧倒的な退屈と、つまらなさ。こんなんで日常まわっちゃうんだというけだるさは、テレビや本など、たやすいもので埋めようとしても埋めることはできない。ホステスやAVをやっていると、本当の愛を知るチャンスを逃したり、幸福になるきっかけを逃したりするとよくいうけれど、その一方で埋めてくれるものって、大概マイナス面を持っているでしょう。すごく強い飢餓感があって、そこは結局、ヒリヒリしたものでしか埋められないものがあるじゃないですか。で、ヒリヒリしたもので埋めると、愛や幸福を侵食するものだと言われるわけで。例えば、AV出たら結婚できなくなるよ、とかね。でも、そのヒリヒリしたもので失うとされている愛や幸福って、本当に必要なものなのかってよく分からないじゃないですか。「それでも、必要なものなんだ」というところに10年後、20年後、もしかしたら私もたどり着いているのかもしれないけど、それを問うところから今は始めたい。

鈴木涼美

――夜の世界にいると、人間のどうしようもなさも、汚さも、あったかさも雑多に混在していることに気づくから、どこか達観するようになりませんか。日本の戦後教育だと、何かしら答えを出すことがよしとされてきたけど、答えって無理やり出さなくてもいいんじゃないの、という空気感が、今回の作品にはありますね。

鈴木:それはもう、出しちゃったら人生終わっちゃうし、そんな答えが出たら、文学も音楽もアートも何もいらないじゃないですか。だから、それは必要ないと思いますし、でも、もしかしたら答えがあるんじゃないかっていう、微妙な期待のもとに生きていくこと自体が、やっぱり楽しいんじゃないかな。私は結局、身体を売ると幸福になるのか、不幸になるのか、それをすることが良いのか悪いのか、本当の愛が存在するのか、しないのか。そういう答えは出すつもりもなかったし、結局出さないまま終えています。もちろん、書いているうちに分かってくることも、書いたあとに分かってくることもあるけれど、かといって、それが答えだなんて、思っていない。30年間、分からなかったことが、これを書いていた半年間で分かるわけがない。答えがない本も私は好きだし、私は私が書けるものを書いていきたい。

――今は簡単に結論づけてしまう媒体や本ばかりだから、空気を読んでよ、という作風は、逆に新鮮でした。

鈴木:幻冬舎plusで連載されていた時、ヤフーニュースに転載されていたんですけど、その時はめちゃくちゃdisられていたんですよ。「だから、何?」「結論は?」といったコメントだらけ。結局、瞬間的に役に立つか、「ワハッ」て笑えるかの、どちらかじゃないと今の人たちには手に取ってもらえないんだと思いました。行間や文体を楽しんだり、「これは何を言わんとしているのだろうか」と想像したりする楽しみ方は、少なくともヤフーニュースを読んでいる人たちにはないのかなって。でも、本を手に取る人って、ネットを読んでいる人と属性が違っていて、人それぞれの解釈をしてくれる。だから、本にしてよかったなと思いますね。一見すると意味のないようなものの集積のなかに、何かが浮かび上がってくる。私なんかは文学少女の端くれだから、そういう本の楽しみ方も分かってほしいと思います。

――1冊目は学術書で、2冊目はエッセイでしたが、次はどんな作品に挑戦したいですか?

鈴木:論文、エッセイ、小説で書けることはそれぞれ違うので、武器を増やしていきたいです。このジャンルのこの文体だとこぼれてしまうけど、こっちの文体なら拾える、みたいなことがあるので、さまざまな文体を模索していきたい。フィクションも書きたいし、『「AV女優」の社会学』のような学術書も、たまには書こうと思っています。博士論文にするかどうかは別として、あれは頭の体操になるというか、国会図書館に通わなくてはならないようなものを書いていると、それなりに見えてくるものがあるので。すごくかたいのと、すごくやわらかいのと、両方書いていきたい。書くことを楽しむというよりは、私にとってはわりと日常的にできる発散です。私、何でもそうなんですけど、どちらかひとつって選べないんで。

『「AV女優」の社会学』
『「AV女優」の社会学』(青土社)
>>前編「“AV女優の何が悪い!”という声のほうが気持ち悪かった」

取材・文=山葵夕子
撮影=ヒダキトモコ

鈴木涼美

鈴木涼美(すずき すずみ)

社会学者。1983年、東京生まれ。
2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ』(幻冬舎)。