今の僕が書いたからこそああいうラストシーンになりました

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 高校生活にあふれる青春のキラキラ感を、残酷さ込みでみずみずしく綴ったデビュー作『桐島、部活やめるってよ』。男子大学生のチアリーディングチーム結成&快進撃を、スポーツものの王道の快感を詰め込んで描いた第2作『チア男子!!』。

 大学2年生、20歳で新人賞を受賞しデビューを果たした朝井リョウが、待望の第3作『星やどりの声』を発表した。文芸誌『小説 野性時代』で連載した、著者初挑戦となる家族小説だ。

advertisement

「編集者の方から“家族ものをやりませんか?”と声をかけてもらったんです。昔から大家族もののテレビ番組が好きだったので、やるなら大家族ものがいいなあと。僕自身は両親がいて姉がいる、平均的な4人家族なので、大家族というものへの憧れがありました」

 物語は、早坂家の三男三女=6人きょうだいの視点が章ごとに変わる、連作短編形式で進んでいく。

 母が営む、海辺の喫茶店「星やどり」。そこは4年前に癌で亡くなった建築家の父が、リフォームを手掛けた物件だった。星が見える天窓。ブランコになっている座席。特製のビーフシチュー。大黒柱を失った早坂家の面々は、この店を訪れるたびに、笑顔を絶やさなかった父の記憶を鮮明に思い出す。

 子供たちそれぞれに、さざ波のように訪れる小さな事件。家族に対する、個々の想い。ひと夏の経験が積み重なり、やがて大きな“謎”が明かされる──。この小説は、伏線の快感に満ちたミステリーとしても魅力的だ。もうひとつ、この構成を採用したのには大きな理由があった。

「6人きょうだいを別々の視点から書くことによって、外から見られている自分と本当の自分という、ギャップを描いてみたかったんです。僕自身、そういうギャップを実際に作っていたと思いますし。実家に住んでいたとき、家での僕と学校での僕はきっとキャラクターが違ったと思います。だけどそれはすごく自然なことだし、きっと誰でもそうなんです。けれど、それが両親や姉にも当てはまると気がついたとき、不思議な気持ちがしたんです。実家に住んでいたころ、ある日、家族のうちの一人が、こっそり泣いているのを見てしまったことがあって。僕の中で、家族は家族で、それ以外の何者でもない。だけどそんな家族だって、僕の知らない場所では、“僕の家族”ではない存在としての顔がある。そんな気づきから、この物語を書こうと思いました。第1章は自分に近い大学生を主人公にして、最終章で長女の姉ちゃんを書こう、最後に姉ちゃんの告白で終わらせようというのは、最初に決めていましたね」

 

父の呪縛から解放される話かもしれない

 6人きょうだいの心の内を知るからこそ、ラストのサプライズが輝く。全体の構成を固めた小説家は、そこから一章一章ていねいに、6人のドラマを描き出していった。

 第1章「長男 光彦」は、就職活動連敗中の大学4年生。
 第2章「三男 真歩」は、カメラを持ち歩く大人びた小学6年生。
 第3章「二女 小春」は、派手なグループに属する、彼氏持ちの高校3年生。
 第4章「二男 凌馬」は、「父は正義だった」とつぶやく青臭い高校1年生。
 第5章「三女 るり」は、小春の双子の妹で優等生の、高校3年生。
 そして第6章「長女 琴美」は、その洞察力が家族から“エスパー”と称されている、警察官の夫を持つ26歳販売員。

 性別も年齢もバラバラな登場人物たちに寄り添い、彼らの内なる“声”を作者は書き分けた。「“全員になりきれる!”と思って書いたんですけど、小学生になりきれなくて悲しかったです」と、本人はちょっと苦笑い。

「僕は結構、多重人格タイプなのかもしれないです。“じゃあ次、この子出すよ〜” “は〜い!”みたいな……分かりますか?(笑) 自分に軸がないのかもしれない。もともと、自分自身に対してそんなに興味がなくって。正直、周りの人の人生が楽しそうでしょうがないんですよ。僕が今こうやって本が出せることって、すごく幸せなことだっていうのは分かってるんです。分かってるんですけど、“でも!”って。自分以外のみんなの人生に、本気で憧れちゃうんですよ」

 他者の人生を尊重し憧れる、その気持ちが強烈だからこそ、この人は自然と〝多重人格〟になれるのだ。しかも『星やどりの声』に描かれるのは、6人きょうだいだけではない。亡くなった父と、明るいけれど寡黙な母。親の視点も入り込んでいる。

「親に対する気持ちは、大学に入って家を出て、一人暮らしを続けるうちに考えが変わってきた部分もあって。そういうことを考え始めた時に連載の話がきたので、子供の目線だけじゃなくて、親の目線からも書いてみたいと思いました。僕はまだ親になったことはないので、親の気持ちは分からない。分からないから、想像するしかない。“親になるってどういうことなんだろう?” “親になると何が変わるんだろう?”と……。変わらない部分も大きいんじゃないかな、と思ったんですよ。そう思ったことを、そのまま、ここで書いてみたんです」

 子供から大人になること。学生から社会人になること。親になること。人生にはさまざまな境界線が存在する。ある登場人物は言う、「大人になる瞬間なんて、ないんだよ」。人はいつの間にか、境界線を踏み越えていく。そのことをこの小説は視点を変えて何度も伝えてくれる。

 書き進むにつれて、ラストシーンのイメージは大きく変わったそうだ。
「読者の方に、“星やどりという喫茶店はお父さんが作ったお店だよ”ということを覚えておいてほしくて、お父さんが天井に窓を作ったこと、お店の名前を突然変えたといったエピソードは、各章で必ず言及するようにしました。そうやって子供たちがお父さんのことを思い出すっていう場面を何度も書いていくうちに、この関係性って実は結構、残酷だなって。だんだんと、これは父の呪縛から解放される話かもしれないと思うようになりました。だからああいうラストシーンになったんです。当時の僕自身にとって、大学を卒業して社会に出ると同時に“家族から出る”ということがテーマだったのも大きかったです。あの時期に書いたからこそ、こういうラストになった。いろんな意味で、“あの時”にしか書けない小説だったと思います」