初めて「読者のため」に書いた これぞ道尾秀介流エンタメ小説の極致

新刊著者インタビュー

更新日:2015/2/8

展開、題名、そして文体 すべてが備わった完全作

『透明カメレオン』という題名にまつわるエピソードは物語の中途で出てくる。書いた瞬間、題名はそれしかないと迷わずに決めたという。執筆の間ずっと道尾の卓上には、スワロフスキーの透明なカメレオンの置物がお守りとして鎮座していた。

 今回の作品のもう一つの特徴は、物語にふさわしい文体を選択できた点にもあるという。

「ラストを書くまで決めかねていました。それこそ修正の段階で全部文体を直してもいいかな、と思っていたくらいで。でも、いざ書き終えてみたら、それまで使っていた文体が、恭太郎の気持ちに最も合ったものだということに確信が持てたんです。それで変える必要がないことが判り、最後の最後にはそれに意味を持たせる形で彼の言葉を加えることもできました。全体を読み通すと文体全体に意味があることが判る、という書き方ができたのはこれが初めてです」

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 そういう意味でも完成度の高い作品なのである。構成を見ても、全5章がそれぞれ単独で読んでも短編として楽しめるように完結している点や、章ごとにコミカルだったり、スリリングだったりとテイストが違う点など、読んでいて決して退屈しないように工夫が凝らされている。しかも笑いと涙の2つの間で物語が揺れ動き、その往復運動が読者を巻き込む波を作り出すという憎い展開なのである。

「笑ったり泣いたり、ずっと高いレベルで読んでいけて、最後にそれまでの面白さを遙かに越えるものが待っている、という風にできればいいな、と。また、読んでくださった方が、持って帰って実人生に役に立つというものがどこかに見つかる、というのが僕の考える良いエンタメの理想だと思いますので、そうなることを目指しました」

 厳しい水準で小説を生み出し続ける書き手が、エンタメの基本に立ち戻り、最高を目指して書いた作品だ。10年間の創作の成果がすべて入った珠玉の作品をぜひ味わってほしい。

取材・文=杉江松恋 写真=山口宏之

 

紙『透明カメレオン』

道尾秀介 KADOKAWA 角川書店 1700円(税別)

ラジオ番組のパーソナリティを務める桐畑恭太郎には、美声の割には風貌が地味過ぎるというコンプレックスがあった。ある日恭太郎は、常連となっているバー「if」にふらりと入ってきた女性客・三梶恵に一目惚れしてしまう。自分の気持ちを伝えられない恭太郎は、常連客たちに頼んで一芝居を打つが……。直木賞作家の会心作。