自分はこんなに変われるんだって自分でもびっくりだったんです 「NEWS」加藤シゲアキインタビュー
公開日:2015/6/5
自分ができあがっていない“揺れ”を描きたかった
5編目の「インターセプト」は本人いわく「お口直し」の一作だ。編集者からは「○○○○○」というお題が出たのだが……ここで言ってしまうのは、ネタバレすぎる。本書収録作の中で最大のサプライズというくらいにとどめておこう。
「女性を落とすためだけに心理学を勉強してる男って、最低ですよね。好きっていう思いが先走ってればいいんですけど……。この話も、僕のピュアな部分が出ちゃってます(苦笑)」
4編目を書き上げたところで短編集にしようという提案が編集者からあった。そのタイミングで良かったと言う。
「最初から短編集にするつもりで書いていたら、連作にするとか、もっと全体のトーンを整えていたかもしれない。一本一本、“今までに書いたことのないものを”という攻めの姿勢でいたからこそ、ストーリーにしろ、文体にしろ、いい意味でバラけた作品集になったんだと思います」
初めての短編集の幕切れにふさわしい一編はどんなものであるべきか? 実験的で、挑戦的で……最後に収録された書き下ろし「にべもなく、よるべもなく」は、本人にとってもっとも思い入れのある一編だという。
「冒頭に載せている『妄想ライン』という掌編、あれは僕が高校のときに初めて書いたフィクションなんです。9年前の自分とのリレー小説みたいなことができたら面白いんじゃないかな、と。収録するにあたってかなり書き直したんですが、構成としては気に入っています。じゃあどんな話にしようかなと思ったときに、主人公の男の子のイメージがふっと浮かんできたんです」
関東の閉鎖的な漁村に暮らし、東京に憧れる中学2年生「僕」の物語だ。ある日、親友から、「男の人が好き」と告白される。
「他人のことを理解したいけど理解できないっていう感覚ってあるじゃないですか。たった一言で、同じ人が違う人のように見えてきたりする怖さって、誰しも経験があるのかなって。周りの変化するスピードに付いていけなくて、心細くなってしまう感じとか。でも、大人になると、そういう“揺れ”に気が付かなくなってしまう。良くも悪くも、“自分”ができあがってしまっているから。本作では主人公の人生を疑似体験してもらうことで、そこを揺るがしたいと思ったんです」
短編集のタイトルは、「行き詰まりながらも今いるところから抜け出そうとする主人公たちを、如何なるときも歩みを止めない蟻の姿になぞらえて」、『傘をもたない蟻たちは』と付けた。この一冊を完成させたことは、今後書き続けていくうえで、大きな大きな一歩になったと確信している。
「自分はこんなこともできるんだ、こんなに変われるんだって、自分でもびっくりだったんですよ。次は何を書くか、まったく決めていないんですが、きっとまた大きく変われるなっていう予感があります。次は長編をやりたいですね……とかいうと、編集者に締切を設定されちゃうかな(笑)。とりあえず、この一冊をよろしくお願いします」。
取材・文=吉田大助