理想の政治とはなにか? 国民の大命題を直球で描いた痛快物語―『総理にされた男』中山七里インタビュー

新刊著者インタビュー

公開日:2015/9/5

 安保法案、原発、沖縄基地など問題山積の安倍政権に、国民の関心が高まっている。しかし、各地でデモや集会が行われている一方で、投票率はどんどん下がっているのが現状だ。編集者から「社会的テーマのミステリーを」というお題をうけた中山七里さんは、この国民の意識と行動のズレに目をつけた。
 新刊『総理にされた男』は、首相と瓜二つの売れない役者がひょんなことから首相に成り代わり、政界を動かしていく痛快なエンターテインメント小説だ。

中山七里

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なかやま・しちり●1961年岐阜県生まれ。2009年、『さよならドビュッシー』で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。同作はシリーズ化されのちに映像化。『贖罪の奏鳴曲』『連続殺人鬼 カエル男』『切り裂きジャックの告白』『七色の毒』『追憶の夜想曲』『アポロンの嘲笑』『テミスの剣』『月光のスティグマ』など著書多数。
 

「最初にばらしてしまうと、チャップリンの『独裁者』が元ネタになっているんです。古今東西、入れ替わりネタの作品はたくさんありますが、その大元になっているのがあの映画ですよね。それで今回、何をしたかったかというと、日本の政治を面白くわかりやすく描きたかった。政治への関心は高まっているのに投票率が低くなっているのは、一般の生活から政治が乖離してわからなくなっているからだと思います。わからないからつまらない。つまらないから参加しない。だったらわかるように書けば面白くなるんじゃないの?と。そこで思いついたのは、主人公を政治の素人にして、池上彰さんのようにわかりやすく政治の世界を書くことでした」

 売れない舞台役者の加納慎策は、内閣総理大臣の真垣統一郎にそっくりの容姿と精緻なものまねで、芸人として密かな人気を集めている。一方、総理本人は静養先で感染症による奇病を患い意識不明の重体に……。その直後、慎策は内閣官房長官の元へ拉致され、なかば強制的に首相の“替え玉”としての任務を背負わされるのだ。政治の右も左もわからない慎策の動揺ぶりに最初は冷や冷やさせられるが、人前に出て話す“舞台”での演技はさすが俳優。失言、暴言を繰り返す実在の政治家たちとは比較にならないほど説得力がある。その“話芸”に、一国民である慎策の意思や感情が少しずつ投影されていくところがひとつの読みどころだ。後半になると思わず拍手喝采したくなるような名台詞も飛び出す。

「同じ政治家の言葉でも、胸にストンと落ちる言葉と上滑りする言葉がありますよね。違いは、その言葉を発している人間の根底に熱い思いがあるかないかだと思うんです。アメリカ大統領の演説やキング牧師の言葉が今でも残っているのは、そこに熱意が込められているから。今の日本の政治家の言葉が軽々しく聞こえるのは、最初からそれが感じられないからでしょう。慎策は役者ですが、根底に熱い思いがあれば本物の総理大臣じゃなくても通用するということを書きたかったので、演説のシーンが何回も出てきます。政治って基本的に言葉ですからね。言葉だけで人間こんなに変われるんだぞ! ということをやってみたかったんです」
 

政治とは言葉 言葉が人を動かしていく

 慎策が首相になってから直面する問題は、今まさに現実社会で起きていることとリンクすることばかりだ。暴言、失言を吐いた議員の対処、消費税増税と法人税引き下げに関する野党との経済政策討論、政治を裏で操る歪んだ官僚システム。さらに原発や集団的自衛権、復興予算の流用など問題山積のなか、課題解決や国民の幸せを置き去りにして自己保身に走り派閥抗争に明け暮れる政治家たち。その不条理な現実を目の当たりにして憤った慎策が、国民の声を代弁して政治家たちを動かしていく展開に、ページを繰る手が止まらなくなる。

「一般市民が政治に求めていることは安心と平和なので、そんなに難しいことじゃないんです。でもそうなっていないのはなぜ? と素人の目で見ていくと、政治のこことここが歪んでるんだなっていうのがよくわかる。そこをつついていけばエンターテインメントになると思いました。でも政治や経済の話ばかり書いても面白くないので、冒険の話にしようと思ったんです。人生というのは冒険になるんですよね。だからこれは闘うたびに大人になっていく子どもの話でもあります。政治のド素人が本当の日本の首相らしくなっていく過程を描いた物語。人間が進化したり進歩するためには、何かと闘っていかなきゃいけないわけですから。人生を冒険にするというテーマの元ネタも、最後まで読めばわかる人はわかると思います」

 その冒険の過程で慎策は、首相としての判断が人命にかかわる未曾有の事件に巻き込まれることになる。国民の注目を集める最悪の緊急事態をどう切り抜けるのか? おそらく賛否両論をよぶ慎策の決断の裏には、意表を突くトリックも仕掛けられている。

「この小説は1年とちょっとNHK出版の「WEBマガジン」で連載していたので、去年の11月には書き上げていました。その後、この小説で書いた悲劇が現実に起きてしまった。それはつまり、私のような素人でも普通に政治や経済のことを考えていると、そういう問題に突き当たることが予測できるということでしょうね。とはいっても多分、まぐれだと思いますが」