「探偵・日暮旅人」シリーズ 山口幸三郎インタビュー
公開日:2015/11/6
文=立花もも 写真=冨永智子
ドラマ化決定!!
金曜ロードSHOW!特別ドラマ企画
『視覚探偵 日暮旅人』
日本テレビ系にて11月20日(金)よる9時放送
出演:松坂桃李、多部未華子、濱田 岳、住田萌乃/北大路欣也
演出:堤 幸彦(『20世紀少年』『SPEC』)
聴覚・嗅覚・味覚・触覚……五感のうち四つの感覚を失った男、日暮旅人。そんな旅人が、唯一残った研ぎ澄まされた視覚を駆使し、物を、人を、そして愛を探す新感覚ヒューマンミステリー!
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ひとりでは生きていけない 弱さを肯定する強さを知る物語
やまぐち・こうざぶろう●1983年生まれ。2008年、第15回電撃小説大賞〈選考委員奨励賞〉を受賞しデビュー。
中性的で優しい面立ちに、痛みすら覚える哀しい目。視覚以外の感覚を失ったかわりに、音も匂いも人の心も、何もかもを可視化する目を持った青年探偵・日暮旅人が事件を解決していく物語は、今年1月、第8巻『探偵・日暮旅人の望む物』をもってグランドフィナーレを迎えた。
「目に異能の宿る主人公にしようと決めたときに、だったら他の感覚をなくしてプラスマイナスゼロ、むしろマイナスの状態にしておいたほうが味が出るかなと思ったんです。障碍があるからこそ他人にも優しくなれるだろう、でも誰かを羨む気持ちは捨てきれず、冷めた心も持っているだろう、と想像していくうちに旅人が生まれました。悲劇性があるせいか、読者の方にはかっこいいと言っていただけますが、ぼくはどちらかというと、かっこ悪い主人公のつもりで書いていたんですよね。“自分”を演じてクールに装ってはいるけれど、根っこには負の感情が渦巻いている男。実は、嫌いなタイプです(笑)」
見えないものを視るたび、旅人の唯一の感覚である視力も衰えていく。それでも他人のために迷わず力を注ぐ優しさを持つ一方で、旅人の心は、四感と両親を奪った相手への復讐に満ちていた。そんな彼のストッパーであり続けたのが、旅人の娘・灯衣の通う保育園に勤める、善意の塊・陽子先生だ。
「探偵というのは得てしてそういうものですが、旅人のまわりにはおかしな人が集まってくるので、あたりまえな日常の象徴として彼女を書きました。善意って、押しつけがましいじゃないですか。“誰かのために”という愛情は度が過ぎると攻撃的になる。最終巻に近づくにつれ、旅人はその歪んだ善意に対峙していきますが、それと対比して陽子には、いるだけであたたかさを感じられる、太陽のような存在でいてほしかったんです。守らなくてはならない幼子という点では灯衣もストッパーのひとつですが、彼女は旅人の過去に直結する存在でもあるので、旅人の凶行を食い止める決定打にはなれない。その役目は、普通すぎる陽子だからこそ負うことができたのだと思います。そのぶん思わぬブレーキをかけられることも多く、事が起きるたびに陽子を説得するのがめんどくさかったです(笑)」
それは、旅人をアニキと慕い、裏世界と通じながら彼を支えていた雪路の心情に似ているかもしれない。旅人をふりまわす陽子を疎ましく思いながらも、育まれていくふたりの関係を阻むこともできず、雪路は最後まで見守り続けた。
「ぼく自身を投影させた台詞も多いですしね。雪路が一番、善悪のラインに寛容なんですよ。破滅する手前で引き返しはするけれど、多少の喧嘩や悪事を行うことで発散し保たれるものもあると知っている。3巻で雪路が、挫折と後悔にまみれながらも『生きているだけで喜んでくれる人がいる。そのことに気づけたのなら、それだけで生きる理由だ』と思うシーンがありますが、誰かに支えられないと生きられない自分を肯定できている彼は、誰より強いのかもしれないなと思います。ひとりでは生きられないくせに突っ張っている旅人のほうがよほど脆いのだと」
旅人の異能と優しさに助けられているようで、実は誰もが旅人を支えている。読者もまたその一員となり旅人を見守り続けたからこそ、最終巻で彼が見つけた“愛”に皆、心を揺さぶられたのだ。
“旅人ロス”にはまだ早い 短編集発売と実写ドラマ化
全8巻で締めくくられた本シリーズだが、この秋は“旅人ロス”読者に朗報がふたつ。ひとつは、10月に発売された番外短編集『探偵・日暮旅人の遺し物』。収録作「愛の夢」は本編のパラレルワールドを描いたIFストーリーで、読みたかったけど読みたくなかった、涙腺崩壊必至の一作だ。
「ちょっと、いじわるしちゃいましたね。読者の方には存分に罵っていただきたい(笑)。実はこの話の構想は1巻の時点からあったんですよ。伏線をいくつか張っているので、ぜひもう一度本編を読み返しながら楽しんでみてください」
本編で描かれなかった空白を埋めてくれるのが、本作の読みどころ。もう一つのエピローグとして書かれた「君の音」もそのひとつ。自分に想いを寄せていた友人の妹の遺品から溢れ出ていたものに、視えていたのに何も気づけなかった自分と向き合うことで、旅人は未来への一歩を踏み出す。
「失っていた感覚を取り戻した旅人が何を感じているかを直接的に表現したかったんですよ。そうしなければきっと彼は生きる実感を得られないだろうと思ったから。陽子に出会う前、復讐心だけで生きていた高校時代と今をひとつの思い出で結ぶことによって、彼の“これから”を描きました。これでようやく終わり……かと思いきや、実はもう一冊、来年に短編集が出る予定です。はやく別れたいのにまだ付き合っている、厄介な恋人のようですね(笑)」
そしてふたつめの朗報は、11月20日に放送を予定している、堤幸彦監督による実写ドラマ化だ。
「なんだか現実感がなくて、撮影現場も見学にいったものの、いまだにふわふわしています。濱田岳さんの大ファンなので、雪路役と聞いてすごくテンションはあがりましたけど、あんまり“ぼくの作品”という気がしないんですよね。多少の世界観はちがって当然だし、松坂桃李さんの演じる旅人は松坂さんがつくりあげるものでしかないと思うので。いまはただ、純粋に視聴者のひとりとして、放送を楽しみにしています」
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登場人物紹介
日暮旅人(ひぐらし・たびと)
視覚以外の感覚を失ったかわりに、見えないものを視る探し物探偵。
百代灯衣(ももしろ・てい)
血の繋がらない旅人の娘。人形のように美しい、ませた保育園児。
山川陽子(やまかわ・ようこ)
旅人に惹かれる保育士。旅人と灯衣の生活を心配し事務所に通う。
雪路雅彦(ゆきじ・まさひこ)
旅人の仕事上のパートナー。彼の心と身体を誰より心配している。
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