第22回日本ホラー小説大賞受賞『ぼぎわんが、来る』澤村伊智インタビュー
公開日:2015/11/6
さわむら・いち●1979年大阪府生まれ、東京都在住。現在自営業。2015年、澤村電磁名義で応募した『ぼぎわん』(単行本化に際し『ぼぎわんが、来る』と改題)が、第22回日本ホラー小説大賞・大賞を受賞して作家デビュー。怖さとエンターテインメント性を兼ね備えた本格ホラーの書き手として、今後の活躍が期待される作家。
会社員の田原秀樹は、第1子を妊娠中の妻・香奈と幸せな家庭生活を送っていた。ある日、秀樹の会社に「チサさんのこと」で用があるという客が訪ねてくる。チサとは秀樹と香奈が生まれてくる娘につけようと考えていた名前。どうして他人がその名を知っているのか? 秀樹はいやな予感を覚える。しかも、客と対応した秀樹の部下は、何かに噛まれた傷を負い、病院に運ばれてしまう。秀樹の脳裏には幼い頃、祖父母の家で体験したある恐ろしい出来事がよみがえってきた──。
第22回日本ホラー小説大賞で見事大賞に輝いた澤村伊智さんの『ぼぎわんが、来る』は、正体不明の妖怪「ぼぎわん」に魅入られてしまった一家の死闘を描いた、とてつもなく恐ろしい作品だ。
「とにかく読者を怖がらせたい、そんな思いから作った物語です。祖父母の家に何かが訪ねてくるという冒頭のシーンが以前から頭にあって、そこから展開させていきました。化け物がひたすら追ってくる、というシンプルな話になったのはそのせいなんです(笑)」
本作が初めて書いた長編だという澤村さん。日本ホラー小説大賞への投稿にはこんな経緯があった。
「数年前から友人数人と小説を書いて見せ合う、という遊びをしていました。別にプロになろうという考えはなく、完全に内輪向けの遊びです。そこで初めて長編を書いてみたら、割と評判がよかったんですよ。せっかくだから応募してみようかなと。受賞の知らせをいただいた時には、信じられない気持ちでしたね」
奇妙な電話。不可解なメール。びりびりに裂かれて散乱したお守り。得体の知れない化け物は怪現象とともに一歩、また一歩と田原家に近づき、秀樹たちを呑みこもうとする。恐怖シーンの連鎖によって、怪物の輪郭を少しずつ浮かびあがらせてゆく構成が絶妙だ。
「ひとつひとつの現象は、勘違いでも済ませられる程度のもの。それをある文脈に置くことで怖さが浮かんでくるという効果を狙いました。怖さを読者に伝えるには、登場人物のリアクションをしっかり描くことが大切。フィクションの怖さって、何が起こったかより、誰がどんな反応をしたかだと思うんです」
危険を感じた秀樹は、友人に紹介されたオカルトライター野崎昆に助けを求める。果たして秀樹は愛する家族を守り抜くことができるのか?
秀樹、香奈、野崎。3人の視点から描かれる侵入者との攻防は、やがて子を持つこと・親になることの意味を問う物語へ発展してゆく。「イクメン」である自分に満足している秀樹と、それに違和感を抱く香奈のすれ違いが明かされる第2章は、ホラーとはまた違った意味でゾッとさせられるものだ。
「読んだ知人から『身につまされる』という感想をもらいました(笑)。あくまで恐怖を描くことが一番で、テーマや意味は二の次だったのですが、結果的に男性にも女性にも関心を持ってもらえる物語になったかなと思っています」
影響を受けた作家に怪談の名手・岡本綺堂の名をあげるなど、筋金入りのホラーファンでもある澤村さん。恐怖のツボを知り尽くした実力派新人が、これからどんな活躍を見せてくれるのか楽しみだ。
「徹底してエンターテインメント志向。分かりやすい文章表現で、これからも怖い作品を書いていこうと思っています」
エンタメ好きの読者は騙されたと思って本作を読んでみてほしい。息つく暇もないようなストーリーテリングと底知れぬ恐怖に、ホラーの新しい波を実感できるはずだ。
取材・文=朝宮運河 写真=川口宗道 イラスト=綿貫芳子