出版社が栗を売る!? 長野県の小さな出版社・文屋、「重版率9割」のヒントは農業にあった!【超本人 第2回】

ビジネス

2015/11/13

 この春、出版業界の門をくぐったばかりの新人編集者2人は悩んでいた。「いったいどうすれば超一流の出版人になれるのだろうか……」誰もが知っているあの作品や、人々の心を揺さぶる一冊を世に送り出してきたのは、その張本人はいったい何者なのだろうか。本を作ることのエキスパートとして活躍し続ける超人たち、まさに張本人ならぬ「超本人(ちょうほんにん)」とはいったいどんな人物なのだろうか……。会ってみたい! その技を盗みたい! そして超本人への近道を見つけ出せ!

 

Pot with the Hole 穴のあいた桶』(プレム・ラワット/文屋)

 皆さん突然ですが、平和活動家、プレム・ラワット氏をご存じですか? 世界250都市で講演会を開催し、ネルソン・マンデラ氏、ヒラリー・クリントン氏と並んでアジア・パシフィック・ブランド財団より特別功労賞を受賞した、世界的な著名人の一人です。そんなラワット氏の世界初となる書籍『Pot with the Hole 穴のあいた桶』が、長野県の小さな出版社から出版されました。その出版社の名は、「文屋」。なぜ、世界的著名人の初となる書籍が日本の小さな出版社から出版できたのでしょうか? 「文屋」とは一体どんな会社なのでしょうか? 超本人2回目は、「文屋」・木下豊社長にお話を伺います。

「文屋」・木下豊社長

――御社のHPを拝見したところ、出版業と農業をされているんですよね。

木下豊氏(以下、木下) そうなんです。出版業をやりながら、栗や米なども作っていて、栗は農薬を使用せずに、“菌ちゃん農法”で作っています。

――…菌ちゃん農法とは?

木下 乳酸菌と麹菌、酵母菌、納豆菌、三温糖を混ぜて作った培養液を“菌ちゃん”と呼んでいて、それを農薬の代わりに散布するんです。無農薬は大変と思われがちですが、作業もTシャツでできますし、思ったほど大変ではないんですよ。「善玉菌」とか「有用微生物」と呼ばれる菌の液で、何よりも体に無害ですから。ちなみに私は毎晩“菌ちゃん”を飲んでいます。

善玉菌で育った栗は「文屋栗」と名づけられ、ラベルを入れて発送するそう

――ええっ! どんな味がするんですか…?

木下 甘酸っぱい味で、発酵しているので炭酸系です(笑)でもこれを飲むと胃腸が健康になるんですよ。

――なんだか不思議な味がしそうですが…。お話は戻りますが、出版業と農業ってかなり異業種ですよね?

木下 たしかにそうかもしれませんが、私にとっては結構バランスがいい組み合わせだと思っています。出版業は、パソコンや原稿に向かって集中したり、人と話をしたりしますが、農業では自然が相手で、ゆったりとした時間が流れているんですよね。そのゆったりとした感覚を出版業にも取り入れることで、自分らしく丁寧に書籍を作り上げることができているのではないかと。あまり取り入れすぎると、期限を守らないようになってしまいますけどね(笑)

広大な敷地に植えられている栗の木はなんと160本!

――出版の世界にはいつ頃から興味を持ち始めたんですか?

木下 小学生の頃に書いた詩が、担任の先生の推薦で地元の新聞に掲載されたのがきっかけですね。田舎なので新聞に載っただけでもすごい騒ぎになって、色んな人から褒められまして、その時に「自分は書くことに向いてるんじゃないかな」と思い込んで、そのまま現在に至っています(笑)

――出発点は小学生の経験だったんですね。

木下 大学では法律を学んでいたのですが、司法試験に失敗していまい、地元の長野県に戻って教育系の出版社に入社しました。本当は編集がやりたかったんですが、面接で元気が良かったので営業になりました。しかし25歳の時に祖父が亡くなったのをきっかけに辞めてしまったんです。

――そうだったんですか…。具体的な理由は何だったんですか?

木下 亡くなった時に私は大阪にいて、死に目に会うことができなかったんですよ。そしたらより里心がついちゃって、このまま出世して定年を迎えるよりも、長野県小布施町の実家に帰って、農業をしながら書く仕事がしたいなあと思うようになったんです。

――それで辞めて小布施町に戻ってきたんですね。戻ってからはどうしていたんですか?

木下 1知り合いの紹介で、地元の新聞社で記者として30歳まで働いていました。

――書く側になるという念願が叶ったんですね!

木下 社長に厳しく育てていただいたので、そこで企画力や取材力など基礎的なことは学びました。毎週企画を何本も出していましたしね。記者が3人しかいないくらい小さな新聞社だったので、記事も、政治のことから赤ちゃんが産まれた、犬が産まれたなど、本当に色々書きました。

――かなり幅広い! 30歳で辞めてからは…?

木下 海外に“逃亡”して暮らした時期もあったり、フリーライターをしたり、仲間と第三セクターを立ち上げて小布施町の観光事業を行っていたりと、さまざまなことをしていましたね。そして、1999年1月、39歳の時に、「文屋」を設立しました。

――ついに産声が上がったんですね! 御社の理念の一つである、「百年本」という考えについて詳しくお聞きしたいのですが…。

木下 これは、その名の通り“百年後も読み継がれる本を生み出すことを目指す”ということなんですが、そもそもこの考えは農業をやっているからこそ生まれたものなんです。野菜は種をまいてすぐには出来ないですし、私が作っている栗なんか、「桃栗三年柿八年」ということわざがあるように、かなりの時間がかかります。自然を相手にするということは、それだけ長い目で見なきゃいけないんです。だからこそ出版業でも目先のことばかり考えずに、長年愛され続ける書籍を作りたいと思うようになりましたね。


――なるほど、考えは農業からきていたんですね。

木下 そうなんです。だから、一冊一冊を丁寧に最高の品質に仕上げるようにするため、あまり本の点数は作らないようにしているんです。今年はもう三冊ほど出しましたが、本音を言えば3年に一冊でもいいと思っているんです。

――3年に一冊ですか!?

木下 弊社の書籍は重版率が9割で、売り上げの約65%が直売なんです。この数字から分かるように、最高の品質に仕上げられれば、しっかりと親孝行をしてくれる子に育ってくれているんですよ。どんどん本の点数を出す出版社がある一方で、弊社みたいな出版社のあり方もあってもいいと思うんです。

――そのほかに御社ならではだと思うことは何ですか?

木下 書籍のほとんどがご縁から生まれているということですかね。12年前に出版した、伊那食品工業株式会社・塚越寛会長の著書『いい会社をつくりましょう』が多くの方から評価されて、それから「じゃあこの人を紹介するよ」と、どんどんつながりが生まれていく中で、本が出版されていっているんです。

――では、ラワット氏の書籍もご縁から生まれたんですか?

木下 そうなんですよ。『いい会社をつくりましょう』のご縁で知り合った、福島市の経営コンサルタントの渡辺雅文さんからラワットさんの話を聞いていて、それで渡辺さんの京都の知り合いの方に紹介していただいて、(ラワットさんと)去年の10月に初めてお会いしたんです。最初はお話できる時間は20分の予定だったんですが、開始5分で私のことを気に入ってくださって、最終的に1時間近くお話することができました。

――まさにご縁ですね!

木下 おかげさまで来春までに、『Pot with the Hole 穴のあいた桶』の翻訳版が次々と出版されますし、ラワットさんご本人が3冊の絵本を出したいとおっしゃってくださったので、これも出版する予定ですので、来年はラワットさんの年になりそうです。

『Pot with the Hole 穴のあいた桶』の英語版

――ラワット氏の絵本も楽しみです!

木下 つながりを大切にしていることに通じるのですが、「文屋座」という取り組みも弊社ならではだと思いますね。

――「文屋座」とは…?

木下 書き手と読み手と作り手の、出会いと学びと語り合いの文化サロンです。本が出版されたら、著者と読者、そして版元のスタッフが集う会を催していて、それを「文屋座」と呼んでいます。普通は講演などを行って終了ですが、「文屋座」の場合はその後に著者を囲んでパーティーを行います。読者にとってみれば半日ほど著者と一緒に過ごせる機会ですし、著者にとっても読者のみなさんと接することができる良い機会となり、好評をいただいております。文屋にとって本を出すことは目的ではなく、こうしたすてきなコミュニティを育むための入り口、手段なんです。

2013年10月、東京・御茶ノ水で開催された文屋座

――出版して終わりではなく、そこからさらに交流の場を提供しているんですね! では最後にお聞きしたいのですが、御社にキャッチコピーを付けるとしたら何ですか?

木下 「小布施から世界へ」ですかね。

――それはどのような理由で?

木下 小布施町は、葛飾北斎が晩年何度も訪れ、そのたびに長期滞在していた町なんです。世界の北斎をおもてなししたことを、小布施に住む人たちはとても誇りに思っていて、小布施町が観光地として有名になったのも北斎や先人たちのおかげだと思っています。だからこそ、私たちも小布施町から世界へ発信していこうとそれぞれが行動していて、私の場合は出版業で発信していこうと。

――小布施人としての誇りがベースにあるのですね。

木下 もちろん日本のマーケットをおろそかにしているわけではありませんし、まだまだ知名度も存在感もあるとは思っていません。しかし、せっかくラワットさんという世界的に有名な方とつながりを持つことができたので、これをきっかけにどんどん世界に進出していければと思ってます!

―――本日はありがとうございました!

文屋公式サイト
プレム・ラワット日本事務局公式サイト
同国際版サイト