現実はあちこちで断線して別の世界と繋がっている

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 今朝見た夢を思い出せますか?

 そう訊ねられて「はい」と答えた人でも、3日前、1週間前の夢となるとちょっと難しいだろう。まして1年前の夢ともなると、どう頑張っても思い出すのは不可能に近い。

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 恩田陸さん2年ぶりの新刊となる『夢違』には、夢を映像データとして記録するという先端技術が登場する。「夢札」と呼ばれる記録ディスクに保存しておけば、何年前の夢であろうと見返すことが可能になるのだ。「夢が可視化された社会」という特異な設定を思いついた経緯についてまずはうかがった。

「四六時中小説のアイデアを考えているせいか、ものすごく鮮明な夢をよく見るんです。今の夢をもう一回見たいな、と思ってもなかなか思い出せないことが多くて、夢を記録できる機械があればいいと考えたんです。ほかの人がどんな夢を見ているかも気になりますよね。カラーなのかモノクロなのか、具体的なのか抽象的なのか。人によって千差万別だろうと思います。個人的に覗いてみたいのは、ホーキング博士の夢かな」

 もちろん夢札は恩田さんが生みだした架空の技術。それがリアルに感じられるのは、デジタル技術の発達によって、近年さまざまなものが可視化されつつあるからだろう。航空写真やリアルタイム配信の動画のように、夢をモニター越しに見られる日も、そう遠いことではないのかもしれない。

「技術の進歩が、わたしたちの意識を変えてゆくということはあると思います。わたしが子どもの頃は『カラーの夢を見るのは病気だ』と言われていた。白黒テレビの影響なのか、どうやらみんな白黒の夢を見ていたんですね。もし『夢札』が実現化したら、みんなの夢がもっと鮮明になるのでは。他人の夢に影響されて、どんどん絵のクオリティがあがっていくんじゃないかと思います」

 

夢は外からやってくる ずっとそう思っていた

 夢札の技術は、日本ではおもに精神医療の分野で利用されている。「夢判断」と呼ばれる専門のカウンセラーが、クライアントの夢札を分析し、適切なアドバイスを与えるのだ。物語の主人公・浩章もそんな夢判断の一人だった。

 ある年の暮れ、浩章のもとに新たな仕事が舞いこんだ。G県の山沿いの小学校で、突如生徒たちが泣き喚きながら、教室から校庭に出てくるという事件が発生。生徒たちは口々に「逃げなくちゃと思った」「何かが教室に入ってきた」などと証言するが、何が起こったのかは誰も覚えていない。

 しかも十数人の生徒たちは、事件の数日後から悪夢にうなされているという。同僚の鎌田によれば、似たような事件は全国で相次いで発生している。真相を探るべく、生徒たちの夢札をチェックすることになった浩章と鎌田。そこで彼らは、想像を絶するイメージに遭遇する。

「インスピレーションが『降ってくる』という言い方をするように、思いも寄らない考えやイメージがふっと頭に宿ることってありますよね。夢にしてもそう。なんでこんな夢を見たんだろう?と首を捻ることがある。そのくせ会いたい人に限って、なかなか出てきてくれないでしょう。ひょっとして夢は脳が見せているんじゃなくて、どこか外からやってくるものなんじゃないか。そんな思いがこの作品には反映されています」

 モニターに淡々と映し出される子どもたちの夢。野球やサッカーといったありふれた日常が、わずかに歪められて再現される夢の世界は、奇妙な懐かしさと怖さを感じさせるだろう。夏目漱石の『夢十夜』を思わせるような、リアリティある夢の描写にはきっと感嘆させられるはずだ。

「ここは結構苦心したところですね。夢は脈絡のなさが怖いので、あまり即物的にならないように気をつけました。ある鳥のイメージが出てくるんですが、各地の神話でも鳥は重要な役割を果たしている。人間の無意識にとって、鳥って何か大きな意味があるのかもしれません」