日本vs.中国 ネット小説、お約束の微妙な違い

アニメ部

2016/1/30

 中国オタク事情を連載している百元です。第19回は日本と中国のネット小説の定番要素やお約束の違いなどに関して紹介させていただきます。

 前回のコラムを書く際に中国のネット小説事情を調べてみたところ、日本のネット小説との違いがイロイロと見えてきました。

 日本と中国ではいわゆるテンプレ的な展開やお約束要素、そしてネット小説を書く作家の戦略など、同じように見えて実は微妙な違いも少なくないようなので、そんなネット小説に関する日中の違いを幾つかまとめてみました。

 もっともネット小説界隈の動きは日中どちらも非常に速く、流行り廃りや新たな定番要素の出現が日々起こっていますし、ジャンルも広範にわたっています。今回の内容は最新の状況や絶対的なイメージに基づくものではないことを予めご了承ください。

共通展開におけるロジック、舞台装置の微妙な違い

 前回のコラムでも書いた通り中国では「穿越」とも言われている「トリップ、転生系の作品」は中国のネット小説でも主流のジャンルや要素の一つとなっています。

 このトリップや転生の流れに関して、日本では「トラックにはねられるなどして死んで、神様にチートな能力をもらう」というのも多いかと思われますが、中国ではこの最初の舞台装置に関する扱いが少々異なるようです。

 例えば特別なアイテムや場所、意外な行動といったカギとなる理由などに、読者がある程度納得できるロジックが求められているそうです。これは事故や自殺で死んで転生するパターンでも変わらないそうで、日本のように神様を出して処理するというパターンはそこまで多くはないのだとか。

 また主人公がチートな能力を使って大活躍する、或いはチートな能力や強さを獲得する流れに関してもやはりそれなりの理由、根拠となる要素が求められるようです。

 中国のネット小説の中にも日本のネット小説に多い神様転生系の、ありふれた一般人が神様にチートな能力をもらって……という流れの作品が無いわけではないそうですが、中国のネット小説における「強さ」は、主人公の特別な訓練方法、出会った師匠、その世界観においてたまたま入手した特別な(その作品の世界観では一応入手方法がある、或いは他人から譲られることも無いわけではない)アイテム、或いは血筋や秘められた才能の覚醒などによって獲得されたりするのが主流だそうです。

 もちろん中国のネット小説においても、転生の理由やチート能力の獲得、必殺技的なあれこれの多くはご都合主義的なものとなっているそうですが、それに関して「謎理論によるこじつけ」的な説明、ロジックの存在を求められる傾向もあり、「これはそういうものだから」「神様だから何でもアリ」という形にはなかなかならないのだとか。

便利な舞台装置、学校に加えて「門派」

 学校的な施設はネット小説に限らずよく使われている舞台ですが、中国のネット小説でも学校的な場所を舞台として使うことは多く「ネット小説は異世界でもキャラクターは武術や魔術の学院に入って生徒や教師をやるのがテンプレ」といった話もあるくらいです。

 ですが中国の学校は日本に比べて学年間の交流が薄くクラブ活動も一般的ではないことから、先輩後輩の関係を意識したり上下関係を強制されたりする場面が少なく、学校における交流や上下関係については主人公の成長や活躍における「障害」や「踏み台」的な面では日本ほど説明不要に使えるものではないようです。

 そういった部分に関して中国のネット小説で重要な存在となっているのが武芸や気功、仙術などの「門派」だそうです。

 門派は武侠や中華ファンタジーにおいても基本的な要素の一つで、その系統の題材が人気となっている中国のネット小説でも欠かすことのできない要素です。

 そしてこの門派内においては兄弟弟子や師範代といった上下関係があり、適度な障害とそれを打ち破るパターンも演出可能、更には主人公の技の凄さや強さを表現する上での基準としても使えるので、中国のネット小説では「門派」が極めて使い勝手の良い場所となっている模様です。

動機や武器になる身近な要素「料理と酒」

 主人公がトリップ先や転生先で現代社会の身近な知識を活用する、或いは現代社会的なものを求めて行動するというのはキャラを立てたり読者を感情移入させたりする上でも大きいですが、そんな動機や武器になる身近な要素の中でも「料理」は日本のネット小説において非常によく活用されている要素ではないかと思われます。

 現代日本の食べ物を食べたいという動機での暴走気味の活躍、料理や調味料関係の知識や技術を武器に身を立てる、異世界にカルチャーショックを与えるといった展開のあるネット小説も少なくありません。

 しかし中国のネット小説においては料理要素が前面に出る、読者の身近な共感を得る要素として活用されることはあまりないようです。その代わりに食べる方ではなく飲む方、「酒」に関しては日本と比べて随分と活発なようで、バトル系の作品においても「白酒」などの酒造りが頻繁に活用されているとのことです。

 中国のネット小説では強い主人公が、「強い酒を飲みたい!」という感情に突き動かされ、細かい所はすっとばして醸造に成功、それを周りにふるまったら「なんとうまい酒だ!」と感激され、評価されるというのが定番の展開になっているそうです。

 この酒に関する文化や感覚は中国の伝統的なものとなっていることもあってか、詳細な知識を持っていなくてもそれなりの描写ができたり、中国の読者には問答無用で伝わったりする所があるという話です。

「酒」以外ですと「茶」もこういった「飲みたい」「作った」「周囲に大好評!」的な流れのアイテムとして活用されるそうですが、中国のネット小説において面白いのは酒や茶が中華系の神話の世界観とつながることから、気功や練丹術などの要素も巻き込んで発展していくこともあるという所でしょうか。

作品の広がる方向、主人公の目指すもの

 そして作品の広がる方向、主人公が成功する方向に関しても日本と中国では違いが見受けられます。下からのし上がっていくのはどちらも変わらないようですが、ある程度上のレベルに到達して以降に目指すものに関してはちょっとした違いが出てくる模様です。

 日本のネット小説ではイロイロな意味で快適な環境を整える、周囲からの余計な干渉を排除できるような立ち位置を確保するといった傾向も見受けられますが、中国のネット小説は更に上の方、「覇王」を目指すことが多く、最終的には世界をコントロールできるような存在になったり、我が道を好き勝手に進める神や仙人などになったりしていく傾向があるとのことです。

 これに関して日本のネット小説は、ゴタゴタに巻き込まれることが無く、面倒な負担も無い気楽に過ごせる場所、ある種の箱庭的な居心地のいい世界を求める所があるのに対し、中国のネット小説は「全部」取りに行って支配する、神や仙人など人間よりも上位の、別格の存在になって世界を見下ろす方向に進んでいくといった見方もできるかもしれません。

 中国のネット小説の「とりあえず神や仙人を目指す」といった志向は、文化的な背景や読者の共感を得る方向性に関する日本との違いも感じられますが、今回のコラムを書くにあたって中国のネット小説事情を教えてくださった方からは、

「近代中国では強くなければ潰される、全てを上回らなければいけないという思想があり、ネット小説もそれに沿って、共感を得るために書かれているような所がある」

「その影響なのか、駆け足気味の成長を描写する作品は多いが、本当に強くなった後のことについて書ける作品は少ない」

「強くなった後のことについて書かずに、強くなって神になったら別の世界に移って再びテンプレ的なインフレ描写を繰り返すというパターンも少なくない」

 といった話も聞きました。

 細かい所を見ていくときりが無いのでこの辺で一区切りとさせていただきますが、ネット小説においても日本と中国それぞれの好みや社会背景、接してきたコンテンツの違いが出てくるのは興味深いですね。

文=百元籠羊