柳下 大「“自分はひとりじゃない”という気づきを、持ち帰っていただけるような舞台にできたら」

あの人と本の話 and more

公開日:2016/2/15

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、この2月、繊細な心情が会話のなかにちりばめられた名作『オーファンズ』の舞台に立つ柳下大さん。みずからが企画して、演出家・宮田慶子とコラボ、脚本選びに参加した本作に込めた思いとは――。

「心を奪われたのは、思いもよらないそのラストでした」

 直接お願いし、演出を手掛けてもらうことになった宮田慶子さんから「大(とも)の新たな面を出したい」と提示された100作近い脚本。そのなかから選んだ『オーファンズ』について、柳下さんはそう語る。

advertisement

「時代も国も違うし、最初は違和感があったんです。孤児である登場人物たちが抱える孤独や淋しさはイメージできるけれど共感はできないな、と。でも脚本を読みこんでいくうちにわかりました。この物語が指し示すのは、そういうことではないと」

 舞台はアメリカ・フィラデルフィアにある老朽化した長屋。社会の片隅にいる3人の登場人物は、閉ざされた空間のなかで互いの距離をはかっている。ことに柳下さん演じる“トリート”は凶暴性のなかに、本当の自分を見られたくないという痛みにも似た気持ちを抱えている。

「ここまで孤独になることを体現しなければならないなんて……と、脚本を読んでいるだけで苦しくなったり、涙が出てきたりしました」

 何気ないやりとりの続く会話劇。それは互いの気持ちの微妙な変化も映していく。

「最初は同じ方向を向いていたトリートとフィリップの兄弟ですが、片方の気持ちが変化することで、それによってかみ合っていた矢印の向きは定まらなくなってくる。そして、それを全部受け止めてくれる人がいて、悔しかったり、淋しかったり……。言葉に表せない感情がこの作品からは滲み出てくるんです。どんな時代にいようとも観た人が自身を重ねられる普遍的な感情が。だから長きにわたり、いろんな国で繰り返し演じられてきているのでしょうね」

 周りを見渡した時、自分がひとりではないと気付いてもらえるような作品にしたいという。

「人に対する感謝やぬくもりを持ち帰っていただけるような舞台にしたい。今年は僕が芝居を始めてから、ちょうど10年目。そんな記念すべき年の一番はじめに幕が開く『オーファンズ』を自分の肝にし、代表作にしたいと思っています」

(取材・文=河村道子 写真=下林彩子)

柳下 大

やなぎした・とも●1988年、神奈川県生まれ。2006年、俳優デビュー。出演作に、ドラマ『結婚式の前日に』『果し合い』、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』、舞台『熱海殺人事件NEXT』『真田十勇士』(13、15)『熱海殺人事件Battle Royle』、ブロードウェイミュージカル『アダムス・ファミリー』『いつも心に太陽を』など多数。
ヘアメイク=小林純子 スタイリング=手塚陽介

 

『小説 熱海殺人事件』書影

紙『小説 熱海殺人事件』

つかこうへい
角川文庫(品切再版未定) 電子書籍版 460円(税別)

敏腕名物刑事・木村伝兵衛は、新任刑事の熊田と婦人警官のハナ子とともに、“ブス殺し”の容疑者・大山金太郎の取調べを始める。取るに足らない事件は、哲学と風刺に満ちた大犯罪に──。罪から逃れようとするのが犯罪者、という視点を転換することで滲み出てくる滑稽さ。著者初期の代表戯曲の小説版。

※柳下大さんの本にまつわる詳しいエピソードはダ・ヴィンチ3月号の巻頭記事『あの人と本の話』を要チェック!

 

舞台『オーファンズ』

『オーファンズ』ビジュアル

脚本/ライル・ケスラー 翻訳/谷 賢一 演出/宮田慶子 出演/柳下 大、平埜生成、高橋和也 東京公演2月10日(水)~21日(日)東京芸術劇場シアターウエスト 兵庫公演 2月27日(土)、28日(日)新神戸オリエンタル劇場
●荒んだ暮らしをする兄弟のもとに突然あらわれたハロルド。奇妙な共同生活の中で、分かち合うのは大きな孤独と小さな温もり。3人の孤児たち(オーファンズ)に訪れる、思いもよらない結末とは──?