真犯人の内面を描き出す“手記”「僕の“妄想”による“二次小説”です」

新刊著者インタビュー

更新日:2016/4/6

“正義”の意味を探す道程の物語

 ところで、一さんの経歴は一風変わっている。先に触れたように、ニトロプラスに所属。最初は、同じ建物にあり人事交流も頻繁なデジターボに入社した。それは相当な誤解からだという。

「美少女ゲームのシナリオライターの求人を出していたようなのですが、僕は映画や舞台の脚本と勘違いしまして……。僕は大学の映画研究会に所属しながら、撮影現場で照明技師として働いていて、低予算の芝居や映画の脚本も書くようになっていました。お話を聞いて〈ゲームシナリオはやったことないな〉と諦めかけたのですが、社長が〈君は何か面白いものを書きそうな気がする〉と言ってくれて。もう社長の趣味枠での入社です」

 社長の言葉どおり、自身の経験とも重なる映画青年を主人公にした『少女キネマ』で話題を集め、ニトロプラス移籍後も青春ホラー「フェノメノ」シリーズなどが人気となった。

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「ニトロプラスは、ライターのほかゲームのメカやキャラクターのデザイナー、いろんな仕事の人たちがいます。全然考え方が違って、バラバラの方向を向いている感じなのですが、でも、それが噛み合ったときのパワーが面白いです。いつも刺激を受けています」

 一さんの作品に共通するのは、登場人物の内面をどこまでも真摯に、かつ優しく見つめる姿勢だ。それは、今回の『Another Record』にも存分に発揮されている。

 とくに際立つのは、物語のラスト。犯人と賢也が臨む、最高裁判所大法廷での最終弁論だ。犯人自らの言葉で語られる殺人を犯してきた理由と悟への意外な思い。それは単純な謎解きではない。一人の人間の心の内を照らし出し、そこに未来への希望や果てしない可能性すらも感じさせる。紛れもない感動がそこにはある。

「ありがとうございます。僕は第1章からストーリーをきちんと書けば、最後は必ずキャラクターが生きた人間として勝手に喋ってくれるような気がしています。今回はそういう意味で、なんとか犯人が自分から語り出してくれました。ただそれは僕の主観ですから、三部先生の考えておられる『僕街』の世界を邪魔していなければいいのですが……」

 邪魔どころか、この『Another Record』は『僕街』の世界をより深層まで掘り下げ、その魅力をどこまでも拡大している。その大切なキーとなっているのが“正義”だろう。本当の“正義”とは何か? 悟も賢也もそして犯人も、その答えを探し続けている。『僕街』も『Another Record』も多様な読み方ができるのが楽しいが、“正義を探す道程”は両作品を貫く重要なテーマだ。

「マンガの中で、“ワンダーガイ”はとても象徴的だと思いました。悟が好きなヒーローなのですが、僕はそれを犯人も好きだという設定にさせていただきました。“正義”のあり方や“正義”の意味は、『僕街』を読んで最も心に強く響いたことです。それは僕自身も普段から考えていたことですし、周りにも“正義”といえる哲学みたいなものに自分を照らして生きている人が多い。おこがましいかもしれませんが、三部先生と僕は、物語はこうあるべきと求めているものが、比較的似ているんじゃないかと感じてしまいました」

 一さんは、改めて三部さんへの感謝を述べる。

「この作品が書けたのは、本当に三部先生のおかげです。先生が素晴らしい作品を創ってくださって、その世界に読者として気持ちよく入り込むことができました。『Another Record』は、僕の“妄想”による“二次小説”です」

『僕街』は、『ヤングエース』7月号(6月4日発売)から外伝の連載も決まっている。コミックスとスピンオフ小説で、“僕街”現象を楽しみ尽くしたい。そして、一さんのこれからの作品を心より楽しみにしたい。
 

取材・文=松井美緒 写真=首藤幹夫

 

紙『僕だけがいない街 Another Record』

三部けい/原作 一 肇/著 KADOKAWA 1000円(税別)

話題のサスペンスコミック『僕だけがいない街』から初のスピンオフ小説が登場! 藤沼悟による追跡の果てに逮捕された連続児童誘拐殺人事件の真犯人。だが“手記”の発見により、責任能力がないとして無罪になってしまう。検察は即時上告し、悟の親友・賢也が国選弁護人に。賢也は手記を通じ犯人の不可解な内面を探る。