伊集院静氏が語る、文芸系電子書籍の「新しい姿」

新刊著者インタビュー

更新日:2013/8/9

数々の文学賞を受賞し、精力的に執筆を続ける、作家・伊集院静さん。
新作『星月夜』など小説表現での凄みを増していますが、
歯に衣着せぬ本音炸裂のエッセイでも幅広い読者から熱い支持を得ています。
そんな伊集院さんは仙台の自宅で東日本大震災に被災。
その経験を丸ごとぶつけ、「大人の男」が振る舞うべき姿を指南したのが、
電子書籍『男の流儀入門【震災編】』です。
なぜ、紙の書籍でベストセラーを連発する作家が、電子書籍という表現を選んだのでしょうか。
 

電子書籍という「小舟」は今、漕ぎだしたばかり。
黎明期にシリーズとしてリリースすることに意味がある

伊集院 静

いじゅういん・しずか●作家。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部卒業。CMディレクターなどを経て、81年『皐月』でデビュー。91年『乳房』で吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で直木賞、94年『機関車先生』で柴田錬三郎賞、02年『ごろごろ』で吉川英治賞受賞。主な著書に『海峡』三部作、『美の旅人』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』『星月夜』など多数。『大人の流儀』シリーズなどのエッセイも幅広い読者から大好評でベストセラーに。電子書籍では『なぎさホテル』に続く第二作が『男の流儀入門』。シリーズとして、今後、「恋愛編」「遊び編」などを順次配信予定。

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――待望の電子書籍シリーズ『男の流儀入門』のリリースが始まりました。なぜ、紙の書籍ではなく、電子書籍という表現を選んだのでしょうか?

伊集院: 「What’s new?」 それが作家にとって一番大事なところ。作家はいつも一番新しいものを見なければならない。だから、紙の書籍だけでなく、電子書籍でも表現していくことは作家として外せないというのが私の考え。電子書籍というメディアのハードとソフト、その両方に対して、作家がどう想像できるかがとても重要です。

――伊集院さんは、今の電子書籍の状況をどうとらえているのでしょうか?

伊集院: いずれは電子書籍が主流になっていくでしょうが、しばらくは難しい。なぜなら、電子書籍を読むためのハードの普及がまだまだだから。しかし、電子書籍という「小舟」は今、漕ぎだしたばかりで、まだその船に載せる積荷(コンテンツ)が限られているし、倉庫に何を入れていいかもわからない時代。しかし、歴史を振り返ってみても、新しいことが始まるときはそんなもの。電子書籍という船の「大航海時代」が始まる前、その黎明期に刊行することこそが大事なんです。

――電子書籍に積極的な作家はあまり多くはありません。文芸作品を多く書かれていらっしゃるのに、次々に新作をリリースしている理由は何ですか?

伊集院: 自分のまわりをよく見まわしてほしい。新婚家庭や若い人の自宅で固定電話がある家がどれくらいあるでしょう? また、新聞の宅配も減っています。恐れずに言えば、書店にいかなくても本は読める時代になりつつある。スマホやタブレットなどの情報端末で手に入れることができるからです。いい作品を書いたとしても、それを読者に届ける方法が変わってきていることに、作家は気づくべきです。残酷ではあるけれど、ハードの革新によって、一瞬でこれまでの仕事が喪失してしまうことがある。そういうことが間近に迫っていることを理解したうえで行動する。これも「大人の男」のとるべき振る舞いのひとつでしょう。ただ、書店というのは文明と街を見る中で大切な、必要不可欠な存在です。

――『男の流儀入門』は今後シリーズ化していくとうかがっています。その狙いはどこにあるのでしょう?

伊集院: 30年後、あるいは50年後、電子書籍が主流になったとき、「初期に『男の流儀入門』というシリーズ作品があった。この著者、あるいは制作チームは先を見据えてつくっていた」という存在になるため。だから、シリーズの第1回のテーマを「震災」を選んだのです。将来、「近いうちに震災がやってくる」と人々が再び恐れたとき、「すでにそういう作品があった」と振り返られるからね。第1回は「震災」だが、「恋愛編」「遊び編」と続けていく。それは紙の書籍でも、電子書籍でも同じ。時代を超えても読まれるテーマ、内容というものがある。本というのは本来そういうものです。

 

 

力のある写真と動画が豊富に所収されているにもかかわらず、450円とお買い得。ここにも電子書籍の未来を見通す伊集院さんの考えが表れている。「試し読み」もできる

 

電子『男の流儀入門【震災編】』

伊集院静/M-UP/App Store/iPad、iPhone/無料(アプリ内課金450円)

伊集院静氏は2011年3月11日、妻と愛犬たちと住む仙台の自宅で東日本大震災に被災。未曾有の危機の前に、氏がとった判断と行動とは? 現場にいた人間、いや作家にしか語ることのできない「大人の男」がとるべき振る舞い方を、文章と動画による「肉声」で指指南する電子書籍。本書の内容は「いつ襲ってくるかわからない危機」への具体的かつ本質をとらえた示唆に富む。男性に向けて語られているが、老若男女、誰にでも心に留めておきたいことばかり。大友康平による主題歌「ハガネのように花のように」も所収。