メンソレータムで有名な近江兄弟社創業者の成功させるためなら手段を選ばなかった商法とは?

新刊著者インタビュー

2017/1/6

2016年上半期の直木賞候補となった『家康、江戸を建てる』をはじめ、この1年間で伊藤博文の若き日を描いた『シュンスケ!』、坂本龍馬の妻を描いた『ゆけ、おりょう』など歴史小説を精力的に発表している門井慶喜さん。新刊『屋根をかける人』は、建築家、伝道者、事業家、教育者といくつもの顔を持ち、終戦直後に日米の架け橋となったウィリアム・メレル・ヴォーリズが主人公の物語だ。神戸女学院や大阪の大同生命ビルの設計を手がけ、メンソレータムで有名な近江兄弟社を創業した人物である。

門井慶喜

かどい・よしのぶ●1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。著書に『注文の多い美術館 美術探偵・神永美有』『ホテル・コンシェルジュ』『シュンスケ!』『ゆけ、おりょう!』『かまさん 榎本武揚と箱館共和国』など。直木賞候補になった作品に『東京帝大叡古教授』と『家康、江戸を建てる』がある。
 

「ヴォーリズはずっと気にはなっていたんですが、いざ書くとなると、厄介だな、大仕事になるなと、興味半分、恐怖半分でいたんですね。そしたら『シュンスケ!』の担当編集者から、次に書く本について話をしていたとき『ヴォーリズを書くという手もありますよね』と言われて『ああ、とうとう名前が出ちゃったよ』と(笑)。なぜ厄介かというと、彼が日本で手がけた建築物は1500ほどあるんです。それだけでも大変なことなのに、キリスト教の伝道者でありながら事業家として大成功して、日米戦争中にあえて日本に帰化して苦労したアメリカ人であり、天皇を守ったと言われる人でもあって、どれも書かないわけにいかないテーマなんです。多分、ヴォーリズの生涯という10巻の本を書くほうが簡単なんですね。ですから1行目を書いたときから相当な覚悟をしたのと同時に、あきらめてもいました」

 アメリカYMCAの仲介で、ヴォーリズがキリスト教伝道者として日本に派遣されたのは24歳のとき。横浜港から東京を経由して辿り着いた赴任先は近江八幡だった。琵琶湖の南に位置するこの街は、人口が少なく、これといった産業もなければ観光地でもない。しかしこの土地との出会いこそが、のちの彼の建築家としての活動に大きな影響を与える。

「近江八幡は、江戸時代に全国で商売をしていた近江商人が稼いだお金で家を建てたので、人口が少ないわりに豪華で立派な建物が結構あるんですね。そういう街にヴォーリズが最初に住んで、これが日本人の好みなんだと思い込んだ可能性は十分にあります。今でも近江八幡には入った瞬間に『あ、これヴォーリズの建築だ』と思わせる和風の建物が何軒かあります。木造で純和風なんですが、屋根が高くて廊下も間取りも広くて、デザインに癖がない。ヨーロッパと比べたら装飾も少なくただ大きいだけで、ある意味、アメリカの建物と似ているので、ヴォーリズには理解しやすかったんでしょう」
 

良い意味でも悪い意味でも“お金の申し子”だった

 ところが彼はアメリカのコロラド大学在学中に、建築家の夢を捨てて海外伝道者の道を選んだ。つまり図面もろくに引けない素人が建築事務所の看板を掲げ、できないことも「できる」と大嘘をついて設計の依頼を受けはじめたのだ。その強引さと相手を説得する力、好きなことに対する執着心で、ヴォーリズは人生を切り拓いていく。門井さんも、小説を書く前のヴォーリズに対するイメージと、資料を調べて知った彼の素顔にギャップを感じた点は少なくなかったと語る。

「特に意外だったのは、彼が良い意味でも悪い意味でも“お金の申し子”だったことです。良い意味の例をあげると、依頼された建築仕事の予算を決してオーバーしない。建築の世界では予算はオーバーするのが普通ですが、ヴォーリズは見積もりの金額をきっちり守っていました。しかもアマチュアの彼がそこを徹底したわけですからすごいことです。建築家として日本で人気が高まったのも、ひとつはその“お金にきれいな”部分が大きかったと思います。一方、悪い意味の例をあげると、彼は商売を成功させるためなら手段を選ばないところがある。アメリカ本社から仕入れたメンソレータムを日本で売るために選んだ方法は俗にいう“マルチ商法”です。小説のなかでは“連鎖販売”と書きましたが、本人はそのことを胸を張って書き残しているようなところもあるほどです。彼がそれほど商売に対する情熱と自信が強すぎる押し売りタイプであることは、この本を書くまでわからなかったことですし、恐らくほとんどの日本人が知らないでしょう。ただメンソレータム自体はとてもいい商品で、使えば効果があるので飛ぶように売れたんですね」

 それでもヴォーリズを憎めないのは、私利私欲のため商いに興じたわけでないからだ。それどころか利益は伝道活動につぎ込み、医療活動や教育活動を通して理想の社会づくりに尽力していく。

「自分を信じる力と正義感がものすごく強くて、正しいと思ったことを広めることに極めて強い意志を持っている。それが悪い方向に出ると押し売りになるし、良い方向に出ると伝道になるわけです。逆の見方をすれば、そうなったのは彼がすべてにおいて中途半端な人間だったからかもしれません。伝道者は聖職者ではないので洗礼はできない。建築も素人からスタート。結局、自分は何者でもないことを本人が一番自覚しているから、これを逃したら後がないという恐怖心もあったのかもしれません」

 しかしその“アマチュアリズム”こそが、彼の魅力ともいえるのだ。

「ヴォーリズの建築は“隙”が多いんです。それは決して悪い意味ではなくて、作家の押しつけがましさがないんですね。一方、帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトが典型的ですけど、自分がつくった建物に対して誠実であるほど隅から隅までコントロールする意思が働くのでどこを見てもライトだとわかる。どちらも一流の建築ですがとても対照的で、ヴォーリズは建物内部の空間を広く使っている部分で彼らしさはうかがえるものの、作家性といえるほどの厳密なデザインはしていませんし、本人にもそのつもりはなかった。その“隙”が彼の建物の居心地がいいといわれている理由なのでしょう」