芥川賞、本屋大賞受賞作家! 『博士の愛した数式』で知られる小川洋子さんの新刊の内容は?【インタビュー】

新刊著者インタビュー

更新日:2017/2/6

一生かかっても現実は書ききれない

 現実をベースにしながら、幻想的なイメージが広がっていくさまは、この短編集で小川洋子ワールドの魅力の新たな局面を見せたと言えるのではないだろうか。

「本当のことが持っている力というのは確かにあって、現実で起こっていることの方が、たいてい作家の想像を超えているんです。現実には太刀打ちできないという気持ちはありますね。たとえば「手違い」という短編で取り上げたヴィヴィアン・マイヤーという写真家のことは、『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』というドキュメンタリー映画で知ったんですけど、こんな人が本当にいたんだってびっくりしてしまって。作家が小さな頭でする想像を超えた世界に現実の人間が生きているっていうことを証明しているような人です。結局、人は自分の生きている世界から逃れられないわけです。私の小説だって、特に私小説とかリアリズム的なものではないんですけど、でも現実を書いているということです。小説を読むという行為は、自分が生きている世界とは一体何なんだろうということに触れる体験なんだと思います。どんなに空想的な小説であろうとも、作りごとの世界をふわふわ漂っていたように思えても、実は現実の地平と繋がっていることに気づいてもらえたらと思います」

 だが、現実と小説の間にちょっとした仕掛けを仕込むこともある。作家から現実へのちょっとした挑戦である。

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「短編の末尾にある人物や出来事を解説した短い文章も私が書いていますが、割と恣意的にかいつまんでいます。最後に現実を登場させるというのは、いわば種明かしをしているようなもの。ただ、たとえば「若草クラブ」という短編を通して読んでくださったとして、そこに書かれたエリザベス・テイラーの経歴が本当に正しいかどうかは誰も保証していないわけです(笑)。何が本当のことなのかわからなくなるような、その境界線をぼやかしたいという気持ちはありました。現実と空想の境界線というのは一本の線ではなく、一つの地帯のようになっていると思うので、そこに迷い込んで錯覚を起こすような感じにしたかったんです」

 作家のエッセンスや遊び心の詰まった結晶のような短編集の先に見えた新たな一手とは?

「実は短編で取り上げる人物や出来事には、まだ他にもいろいろ候補があったんです。やろうと思えば第2弾もできるというくらい。現実には何これ? 何この人!? というような魅惑的なものがいくらでもあって、だから人間は誕生以来小説を書き続けてもキリがないんでしょう。一生かかっても書ききれないほどです。現実という土の中にたくさんの宝石が埋まっている感じです。どの宝石に価値を見出すかは、作家によって違うでしょう。だから私は土を掘り起こして自分の博物館に展示する宝石を探すように小説を書き続けていくのだと思います」

取材・文=神田法子 写真=高橋しのの

 

紙『不時着する流星たち』

小川洋子 KADOKAWA 1500円(税別)

誘拐されたエピソードを滔々と語る姉、わざと手紙を落とす仕事をする二人組、歩数であらゆる場所を測量する祖父、『若草物語』を演じつつエリザベス・テイラーに想いを馳せる少女……どこか不思議で無意味な行動を繰り返す人物たちと、現実の世界の交わりを絶妙なバランスで描く10の短編。歴史的事実(?)を記したプロフィール、解説つき。