「おっぱいの揺れとブラのずれ」…サンキュータツオのヘンすぎる研究に爆笑、感動! 学問の奥深さにふれられる名著

新刊著者インタビュー

公開日:2017/6/6

 ご存じだろうか? 世の中には「斜面に座るカップルと他者の距離」や、「おっぱいの揺れとブラのずれ」について、ごく真剣に研究している大人たちがいることを。2015年3月に刊行されたサンキュータツオさんの著書『ヘンな論文』は、そんな一風変わったテーマをもつ実在の学術論文を紹介し、本好きの間で話題を呼んだ。読者からはどんな反響があったのか。著者のタツオさんがふり返る。

サンキュータツオ

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さんきゅーたつお●1976年東京生まれ。お笑いコンビ・米粒写経のツッコミとして活躍するかたわら、一橋大学、早稲田大学、成城大学で教鞭をとる日本初の「学者芸人」。著書に『ヘンな論文』、『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』、『俺たちのBL論』(春日太一との共著)がある。
 

「中高生がビブリオバトルでよく紹介してくれたという話を聞きました。嬉しかったのは、研究に携わっている現場の人たちも大喜びしてくれたこと。『ヘンな論文扱いするとは!』と叱られるかとヒヤヒヤしていたんですが、蓋を開けてみると『ちゃんと読み込んでくれてありがとう』という反応ばかりでした。卒業論文を控えた大学生からも、研究テーマを決めるのが楽しみになったという感想をもらいました。研究に携わる人とそうでない人、両方の層に届いたのはよかったなと思います」

 サンキュータツオさんはお笑い芸人と学者の二足のわらじを履く、日本で初めての「学者芸人」だ。研究者としての専門は日本語学。そんなタツオさんとヘンな論文との出会いは、調べもののために通っていた早稲田大学の図書館だった。

「学術雑誌を読んでいると時々、思わず目を疑うようなタイトルの論文が載っているんです。たとえば『姫君の育て方』とか。タイトルから内容がまったく想像できない(笑)。こういう論文は他にもあるんじゃないかと気になりだしたのが、論文ハントの始まりですね。今でも暇があれば母校の図書館にこもって、全国から届いた雑誌に目を通しています。掲載基準の厳しいメジャー雑誌より、地方でひっそり刊行されているようなマイナー誌に尖った研究論文が多い。慣れというのはすごいもので、最近では図書館にいると『この棚にありそうだな』と勘が働くようになってきました」
 

大バカ野郎と言われても調べずにいられない人たち

 さて、このたび刊行された『もっとヘンな論文』はその名のとおり待望のシリーズ第2弾だ。今回も女子大生の驚くべき卒業論文から、日本文学史の定説をニッチな分野で覆した労作まで、「ヘン」としか言いようのない論文がずらりと並んでいる。

「基本的なコンセプトとしては1冊目と同じです。ヘンな論文を楽しみながら、学問をもっと身近に感じてもらいたい。書きながら気がついたのは、今回は学問本来の『アマチュアリズム』がひとつのテーマになっているなと。研究は本人がやりたいからやるもの。周囲から大バカ野郎と言われても、調べずにはいられない。営利目的とは対極にあるんですよね。今回は在野の研究者の論文を多数掲載したことで、研究が持っている本来のピュアさみたいなものを強く感じてもらえる本になったと思います」

 では、さっそく気になる中身をチェックしてみよう。巻頭を飾るのはタイトルからしてインパクト満点。「プロ野球選手と結婚するための方法論に関する研究」は、憧れのプロ野球選手とゴールインするにはどんな条件が必要か、当時女子大生だった著者が統計データをもとに真剣に考察した卒業論文だ。

「これは本当に傑作ですよね。有名人と結婚したいというのは誰もが一度は思うことでしょうが、それを研究対象にした人はいなかった。これを卒論のテーマに選んだ時点でもう勝ちですよ。みんながなんとなくで片づけていた問題に、ロジックとデータを頼りに挑んで、見事な結論にたどり着いた。もちろん出発点はこの方がプロ野球選手と結婚したい、という煩悩だと思うんですよ(笑)。その思いに論文という形で落とし前をつけている。偉大だと思います」

 ユニークさということでは、「縄文時代におけるクリ果実の大きさの変化」も負けてはいない。縄文時代に食べられていたクリの大きさを割り出すため、現代のクリを燃やして炭化させたり、「クリの大きさ指数」なる基準値を提唱したり……という真面目な論文なのだが、その熱意の向かう先がクリ、というミスマッチ具合に可笑しさが漂う。

「縄文時代のクリにここまでこだわっている人がいると知った時は、正直負けた!と思いましたね。しかも考古学の世界ではクリは段々大きくなっていったという定説があって、この方はそこに果敢に反論している。端から見るとほんとにどうでもいい論争なんです。大の大人がここまでクリにこだわる理由が分からない(笑)。でもそれだけに考えたこともないような、遠い世界に連れていってくれる論文でもありました」

 思わずツッコミを入れたくなるのは「竹取の翁の年齢について」も同じだ。あのかぐや姫のおじいさんをさまざまな角度からプロファイリングし、実年齢を明らかにしてゆく。そこで明らかになるのは、おじいさんの意外すぎる素顔だった!

「これまた晴れやかな顔で『だからなんなんだよ』と言いたくなる力作ですよね。こんな労力をかけて明らかになったのは、おじいさんが実は話を盛りがちな人だった、という事実なんですけど(笑)。そんなこと世間的にはかなりどうでもいい。研究というのはつくづくロックで素敵な行為だと思います」

 コンビではツッコミを担当しているタツオさんだけに、本書で披露されるツッコミもシャープかつ絶妙だ。とはいえそこには学者という業の深い人びとに対する、リスペクトと共感もたっぷり溢れている。

「そう読んでもらえると嬉しいですね。専門的な研究を面白おかしく伝えるのが芸人としての役目だと思っているので、とっかかりとして『どうでもいいよ!』と突っ込ませてもらっています。でも馬鹿にする感じにはしたくない。こちら側に身を置いて、向こう側にいる人を笑い者にするのではなく、読者と一緒に向こう側を覗いてみよう、そこには思いもよらない景色があるかもしれないよ、というのが本書のスタンスです」

 一見、ドライでとっつきにくいように思われる学術論文だが、そこには書き手の人柄や趣味嗜好がにじむことも。たとえば競艇場を実地調査した「曖昧さが残る場所 競艇場のエスノグラフィー」や、マンガにおける鍼灸の登場シーンを調べるため1万冊もの作品を読破した「マンガの社会学:鍼灸・柔道整復の社会認知」がそうだ。タツオさんの観察眼は、行間からほのかに漂う人間ドラマを見逃さない。

「無機質に見えるものから、人間くささが覗く瞬間が一番萌えるんですよ。いつもは淡々としたおじいちゃんが、何かに熱くなっている姿ってグッときませんか? 論文もそういう目で読んでみると新しい面白さがあると思います。しかしこの先生方は競艇場やマンガが好きでたまらないんでしょうね」

 ほかにもカブトムシをひっくり返してひたすら起き上がる姿を観察した論文や、前世はイギリス人だったという記憶をもつ少年の調査など、タツオさんの眼鏡にかなったヘンな論文がたくさん紹介されている。前作同様、笑える知識が満載のコラムも見逃せない。
 

研究という表現手段がもっと身近になればいい

 そして巻末に置かれたのが「「坊っちゃん」と瀬戸内航路」。夏目漱石の「坊っちゃん」の主人公はどうやって東京から赴任先の松山まで行ったのかを、船舶史の専門家が突き止めた圧倒的な労作だ。帰り道と異なり、広島経由のルートだったのではないか、という国文学界の常識を、当時の時刻表などを駆使して突き崩してゆく過程は、まさに手に汗握るミステリー!

「これを見つけた時は本当に興奮しました。『海事史研究』という雑誌にたまたま夏目漱石という文字を見かけて、一応コピーして帰ったんですよ。電車で読みだしたらあまりの面白さに止まらなくなった。埋もれさせておくのはもったいないと思いました。学問は問いに学ぶと書くように、どれだけ優れた問いを立てたかが大切なんです。この論文はまさにそのお手本。この本が出るタイミングで著者の山田先生にお会いできて嬉しかったですね」

 タツオさんは書いている。「論文は残り続ける。いまは必要がないかもしれないけれど、数年後、数十年後には役に立つものもたくさんある」のだと。一見、ツッコミどころ満載のこれらのヘンな論文は、人類の共有財産としてきっとこれから誰かの役に立ってゆくのだろう。ヘンな論文は、決して無駄でも無意味でもない。本書はそう教えてくれる。

「綺麗な景色を見て、絵を描く人もいれば、その色彩を分析してみようと思う人もいる。論文というのは開かれたひとつの表現手段なんですよ。大学にいなくても研究はどこででもできる。僕の祖父がまさにそうでしたし、『瀬戸内航路』の山田先生もそうです。この本を読んで、自分も何か調べてみようかな、と思ってもらえると本望です」
 

取材・文=朝宮運河 写真=鈴木慶子

 

電子書籍『もっとヘンな論文』

サンキュータツオ KADOKAWA 1200円(税別)

プロ野球選手と結婚する方法を探り、かぐや姫のおじいさんをプロファイリング。縄文時代のクリの大きさを推測し、国民的名作『坊っちゃん』に隠された事実を浮かび上がらせる。一見、何の役に立つのかわからない、でも大まじめな論文を学者芸人・サンキュータツオが紹介。好奇心の大切さを味わえる知的エンターテインメント本。