家族の愛が負の連鎖を生むこともあれば、他人に差し伸べられた手に救われることもある『真夜中のパン屋さん』完結! 大沼紀子さんインタビュー【後編】

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

――恋愛体質ですぐ男のもとへ走り、そして捨てられる。そんな母を目の当たりにしてきた希美が、果たして自分が恋することを受け入れられるのか、心配だったので少しホッとしました。

大沼紀子さん(以下、大沼) 普通の恋人同士にくらべると淡白ですし、どちらかというと“親友”とか“兄妹”とか“家族”に近い関係かもしれません……(笑)。それでも彼女なりに恋愛感情にふりまわされて、戸惑っているところが書けたらいいなと……。

――その様子がかわいいなと思いました(笑)。“家族”というと、本シリーズでは希美をはじめ、血縁がもたらす業や呪縛に苦しむ人たちが多く登場しますね。テーマとして、何か強い思い入れがあるんですか。

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大沼 というよりも、私自身が家族というものがなんなのかよくわかっていないから、書きたがるんじゃないかと思います。愛情が諸悪の根源……って信じているわけではないんですが(笑)。ただ、デフォルトで執着するから歪むものもあるような気がしていて。親も子も、きょうだいも、みんな別の人間なのに自分と同一化して考えてしまいがちだったり、「どうしてわかってくれないの」という期待値が他人に対して抱くそれよりも高くなってしまったり。もちろん、もともとの性格や育ってきた環境で、そのバランスをうまくとることができる人もいますが、どうしてもできないという人もまた、一定数はいるんじゃないかなっていう……。

――その結果、心がすれ違って壊れてしまうこともある、と。

大沼 そうですね。親のほうは「自分の子なのにどうして」と思うし、その親の失望を見て子供は期待に応えられなかった、もっと愛されたかったと傷ついてしまう。その逆もあるでしょうし。そんな負の感情の連鎖から、どうすれば抜け出せるだろうと思いながら物語を書いていました。

――どうすれば抜け出せる、とシリーズを書き終えた今、思いますか?

大沼 本当に、とても難しいんですけど……けっきょくは他者なのかなって。自分一人で完結した世界の中では、どこにも行けないし、救われるのはむずかしいんじゃないでしょうか。一方で、手を差し伸べればいいということでもないと思うんですけど……。その手に救われる人もいれば、拒否感を抱く人もいるでしょうし……。ただ、他人からの刺激を受けることは、必要なのかなって。

――それはご自身の実感としてあるものですか。

大沼 そうですね……。赤ん坊のころ、泣いている私をもてあました父が、母の夜勤先だった病院に私を連れていったらしくて。忙しい母のかわりに、入院していたおばあさんが泣いていた私をあやして、ベッドで一緒に寝かせてくれたことが何度かあったと。まあ、今だったらいろいろ問題のある状況だとは思いますが(笑)、想像するととてもあたたかい光景だなあと聞いたときに思ったんですよね。別におばあさんは私に思い入れがあったわけではなく、ただ、赤ん坊が泣いていたから世話をしてくれた。些細かもしれないけれど、そんなふうにあたりまえに手を差し伸べられながら、私は生きてこられたんだなと実感したことがあるので、誰かに関わってもらうことはありがたいことなんだよなと、どこかで思っているのかもしれません。

■誰かと生きるということは、幸せと不幸の可能性を半分ずつ抱えること

――最終巻を読み終えたとき、「誰かと一緒に生きていきたい」と思えたのは、そんな大沼さんの体験あるかもしれませんね。

大沼 そう思ってもらえたのは、すごく嬉しいです。ただ、私はわりと一人で生きていくほうが気楽な人間なんですが……(笑)。

――そうなんですか?(笑)

大沼 人と人とが出会って生まれるのは、いいことばかりとは限りませんし。どちらかというと、誰かと一緒に生きなきゃいけないという思い込みがあるほうが、生きていてつらいんじゃないかと思うんですよね。だから、社交的でなきゃいけないとか、誰かとともに生きていかなきゃとか、そういうことはあまり思わないんですが……でもこういう物語を書いたってことは、人と人とが繋ることの必要性みたいなものは感じているのかもしれませんね。

――『5時』で、「幸せになるって、多分、不幸になる可能性も、引き受けていくことなのよねぇ」とソフィアが言う場面があります。このセリフに大沼さんが感じる「人と生きること」の本質があるような気がするのですが。

大沼 たいていみんな、ポジティブな未来を夢見て行動するわけで、最初から不幸になろうとする人はそういないと思うんです。だけどどんな行動も失敗する可能性を孕んでいて、そうならないために何もしないという選択肢もありますよね。私はどちらかというと何もしない選択肢をとるタイプで、だから特別不幸にもならない。どちらかというと幸せになるための選択をした人たちのほうが、大変そうな想いをしているように見える時すらある。だけどじゃあ、何も起こっていない私の今は、果たして幸せなんだろうか……と。そんな、ちょっとした自戒もこめてソフィアさんに言ってもらいました。行動できる人は、やっぱりえらいよなぁ、と。

――希美もまた、これから先傷つくことはあるかもしれないけれど、大切な人と生きる未来をみずから選びました。

大沼 希美に対しては純粋に、よかったなあ、と思います。彼女は、人なんて、自分が生きてきた世界の基準でしか、なかなか物事を測れない、という言葉を信じていたような子で。でもそんな彼女が最後に、見ず知らずの他人が再会を喜び合う姿を見て、彼らが幸せであるとわかるようになった。だからこそ、美和子がどうして真夜中のパン屋さんを開店したか、その理由に思い至ることができたし、そのことを暮林に告げられたんだと思います。時間がかかったけど、ここまでたどりつけてよかったね、という思いですね。

――今後、希美たちの物語を書くご予定はありますか?

大沼 ひとまずはおしまいです。講談社で「ほたる食堂」シリーズというのを始めたので、とり急ぎそちらを書いております。でも、『5時』にはボリューム的に入れられなかった1編を、購入してくださった方を対象に応募者全員プレゼントを行うそうなので、ぜひそちらもチェックしてみてください。懐かしの涼香ちゃんが登場する予定です。

前編はこちらから ⇒ //ddnavi.com/news/383561/a/

取材・文=立花もも 撮影=山本哲也