SNSの裏アカ、メールの履歴…あなたの死後に残されたデータの処理どうする?

新刊著者インタビュー

公開日:2017/7/11

記録と共に生きるからこそ心震わす記憶を大切に

 本多さんは、過去にも“生と死”を扱った小説を執筆している。しかし、当時とは死に対する向き合い方も変わったようだ。

「約15年前、病院で掃除のアルバイトをしている大学生が、死にゆく人の願いをひとつずつ叶えていく『MOMENT』という物語を書きました。当時の私は、明らかに“残される者”の立場で書いていました。でも月日を経た今、思い入れがあるのは“死にゆく側”でした。単純に年齢を重ねたからというのもありますが、私を看取ってくれるであろう家族ができたからという理由もあります。つまり、極めて近しい立場に、自分の死後の世界を生きていく人たちがいるんです。『死んでしまえば、その後の世界がどうなろうとかまわない』と、割り切ることができなくなったのだろうと思います」

 その一方で、年を重ねるにつれて肉親や友人など、大切な人を失うことも増えていく。“残された側”としては、月日の経過とともに故人の記憶が薄れていくことに、焦燥や寂寥を感じるものだ。かつて大事な存在を亡くした祐太郎が、まさにそう。記憶が色あせていくからこそ、記録にすがらずにいられない。

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「残された者には、『亡くなった人を覚えておきたい』という強い欲求があります。その反面、死にゆく側は『覚えていてほしい』と願うと同時に、『自分のことを忘れてほしい』とも思うのではないでしょうか。自分がいなくなった時間の中では、自分という存在が薄れていくのが自然です。そこに生きている人を無理に付き合わせたくないという思いも、確かにあるはずです。最終話『ロスト・メモリーズ』での祐太郎と圭司の会話から、そういった人間の在り方を示したかったんです」

 日々増えていく膨大な記録。記憶が記録に浸食される日常の中で、私たちはどのようにデータと向き合うべきだろうか。

「子どもの運動会に行くと、お父さんお母さんが一生懸命ビデオを回したり、写真を撮ったりしています。『撮ってばかりいないでちゃんと見ようよ』と思う反面、撮りたくなる気持ちもわかります。記憶したいがために記録する。でも、『写真も映像も残っているけれど、こんな場面あったっけ?』と記録が記憶を置きざりにするようでは意味がありません。これから先、膨大な記録に囲まれて生きていくうえで、心を震わすもの、胸の中に残ったものの記憶と今まで以上に大事に付き合うべきだろうと思います。しかも、若い頃は心の震えを敏感に察知できますが、30歳を過ぎると鈍感になっていきます。なおさら、心が震える一瞬を自分の中に大切に記憶しようと意識することが、重要ではないでしょうか」
 

取材・文=野本由起 写真=tsukao

 

紙『dele ディーリー』

本多孝好 KADOKAWA 1600円(税別)

死後、誰にも見られたくないデータをスマートフォンやパソコンから削除します――。坂上圭司と真柴祐太郎、ふたりの事務所「dele.LIFE」で請け負うのは、死後のデータ削除。遺された記録をたどるうち、依頼人が隠し通した秘密、最期に抱いた思いがひもとかれていく。生と死、記憶と記録をめぐる連作ミステリー。