「ノーゲーム・ノーライフ ゼロ」 TVシリーズとふたつでひとつ【アニメ映画が面白い!第11回】

アニメ部

2017/7/18

  テレビで人気のアニメが劇場映画になる時、避けらない問題がある。作品のターゲットをこれまでのファンを中心にするのか? それともテレビシリーズや原作を知らないファンにも理解しやくするか? だ。
 ファンに目を向けるなら、世界観の説明は最小限にして、ストーリーを多く語り、たくさんのキャラクターを出すことが喜ばれるだろう。ただ、初めて作品を観た人には、やや分かり難くなる。
新たな観客を意識すると、世界観やキャラクターの説明が多くなり、ダイジェエストぽい印象を与える。アニメのスタッフは、映画をこのふたつの間のどこに置くかに悩まされる。

 しかし、7月15日(土)に全国公開した劇場映画『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』は、これに絶妙な落としどころを与えている。本作のテレビシリーズは、この世の全てがゲームで決まる異世界に召喚された義兄妹・空(そら)と白(しろ)の冒険を描く。
 映画では、空と白がその世界にやってくる遥か昔にあった伝説を語る。いかに世界は築かれたのか、そこには歴史に語られない者の存在がした。
外伝の位置づけで、本編に直接つながらないが、ファンにはうれしい世界観の広がりを与える。一方で、新たなキャラクターたちを主人公にすることで、シリーズを知らない観客もスムーズに理解できる。
 ファンにとってはテレビシリーズを補完する物語、初めての観客には映画のストーリーの後にある物語への関心を掻き立てる。映画はシリーズの魅力を広げる窓であると同時に、入口でもある。

ただ、『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』の楽しみはそれで終わらない。本作は様々な点でテレビシリーズと表と裏の関係にある。これがファンにはうれしい。
映画の主要キャクターは、本編のキャラクターのデザインをなぞらえて、声優にも同じキャストを起用する。それぞれが対になっていることが分かる。
絶滅寸前に追い込まれた人間のリーダー・リクを演じるのは、本編の主人公・空役の松岡禎丞。リクが空であるように、機凱種(エクスマキナ)の少女・シュヴィは白に、リクの姉コローネ・ドーラはステファニー・ドーラと重なる。

しかし、キャラクターの生き様はテレビシリーズとだいぶ違う。軽やかに生きる空や白に対して、リクとシュヴィの運命は過酷だ。ゲームが死と切り離されている『ノーゲーム・ノーライフ』に対して、『ゼロ』の世界のゲームは常に生と死の狭間を意識する。
それはキャラクターのイメージにも影を落とす。自らの運命を切り拓くリク、その強い愛に支えられるシュヴィ。観る者の心を揺さぶるふたりの絆が、本作の見どころだ。それはテレビシリーズと異なる独立した物語であることを強く感じさせる。
それでも『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』は、間違いなく『ノーゲーム・ノーライフ』の同じ中から生まれた。『ノーゲーム・ノーライフ』の魅力は、軽快な物語の一方で、入念に構築された重厚な世界観の二面から成り立っている。テレビシリーズはこのなかの「陽」の部分にスポットが当てているが、今回の劇場版では、重厚な部分=「陰」の部分をフォーカスした。
 『ゼロ』の主人公「リク」=「陸」が、「空」と対であることを考えれば、制作者の意図も明らかだ。リクと空は表と裏、ひとつのキャラクターなのだ。それはふたつの作品も同様だ。『ノーゲーム・ノーライフ』と『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』は、ふたつでひとつなのである。

映画『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』

映画『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』 オフィシャルサイト

<文・数土直志>
ジャーナリスト。アニメーション関する取材・執筆、アニメーションビジネスの調査・研究をする。「デジタルコンテンツ白書」、「アニメ産業レポート」執筆など。2002年に情報サイト「アニメ!アニメ!」、その後「アニメ!アニメ!ビズ」を立ち上げ編集長を務める。2012年に運営サイトを(株)イードに譲渡。


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