『東京タラレバ娘』最終巻で倫子が見つけた「答え」は?―― “タラレバ現象”とは何だったのか、社会学者に聞いてみた【前編】

アニメ・マンガ

2017/7/28

 2014年5月から『Kiss』で連載がはじまった途端に大ブレイク。未婚のアラサー女子たちに共感と恐怖の渦を巻き起こし、テレビドラマ化もされた『東京タラレバ娘』(東村アキコ/講談社)が、このたび発売された9巻で幕を閉じた。ひとつの社会現象を生み出したこの作品から見えてくる時代背景と社会構造とは? 女性が幸せになれる生き方はあるのか? 社会学者の水無田気流さんに話を伺った。


――ついに最終巻となった『東京タラレバ娘 (9)』、読んだ感想はいかがでしたか。

水無田気流さん(以下、水無田) 倫子が現実を受け入れたこと。こうだっ“たら”とかこうす“れば”ではなく、最終巻では新たな答えを見つけ今の自分を肯定したのはすごく大きいですよね。結末としては、よくありがちなラブストーリーになったかなと思います。ただ、女性が自分を変えずに男性を変えようとする方向に行ったのは新しいですよね。倫子が、アラサー最後の34歳の誕生日で、私はこのままでいくし、女子会だっていくらでもやったるわ! と言っちゃうわけですから。

KEYは最近流行りの“トラウマ系ヒーロー”

――KEYと倫子の関係はどうとらえましたか。

水無田 KEYは、最近流行りの“トラウマ系ヒーロー”なんですよね。恋愛に対してすごく臆病になったりひねくれた見方をしたりしているのは、実はかつて愛した人が死んだからっていうパターンは、近年の少女漫画や女性向け漫画に多く見られます。この傾向は、今の日本の女性たちの満たされなさを象徴しているように思えて何ともいえない気持ちになります。

 このヒーロー像は、私は『ノルウェイの森』の直子が男になったパターンだと思っているんです。直子はキズキくんとどうしても性交渉できなくて、そのキズキくんが自殺してしまう。主人公のワタナベは、それがトラウマになっている直子に惹かれていきますよね。村上春樹の小説は、あまりにもバルネラブルな(傷つきやすい)男性が、女性が自分のほうを100%向いてくれない理由をトラウマに見出すという「解法」を示し、結果として恋愛の不条理から主人公を免責し、ある意味救済する物語の側面があります。村上春樹の小説のヒロインは、壊れていたり消えたりしますが、KEYと倫子に関して言えば、それが男女入れ替わったところが面白いと思いました。

どちらを選ぶかが倫子の恋愛精神年齢を示す

――早坂さんについてはどう思われましたか。

水無田 早坂さんは女性にとって都合が良すぎて、なんでも許容してくれる古女房みたいですよね。これも従来は女性のキャラでした。たとえば中島みゆきの「悪女」の世界。“あの娘のもとへあなたを早く渡してしまうまで”とか、ゴーバンズの「スペシャルボーイフレンド」の“あなたの夢が叶ったときにきっとどこかで見ているから”とか。その「相手を思って身を引く大人なヒロイン」を体現しているのが早坂さんで、ここでも男女が入れ替わっています。

 でも早坂さんって本当に倫子のことが好きで、昔振られたからこそ成長できたんだという感じで淡々としている、すごく強いキャラになりましたよね。つまり一回転して、女性らしいんだけど男らしいキャラになっているわけです。そういう意味で言うと、トラウマの最中にいるKEYは、子どもの頃に自分の病気を治してくれた年上の女医に恋をして結婚までする。元妻は、自分を健康な身体に生まれ変わらせてくれた人ですから、恩人であるとともに生命をくれた「第二の母」のような人ですね。その女性が死んだ後も、母性的なものを追い求めている、子どもで止まっている、根のとてもピュアな人です。ですから、ピュアな子どもにどうしようもなく惹かれて受容するのか、傷つきながらも等身大で成長してきた大人のパートナーを選ぶのかは、倫子の恋愛精神年齢を示しています。


『東京タラレバ娘』のヒットは時代の象徴!?

――『東京タラレバ娘』が大ヒットしたのは、今の時代を象徴するものが描かれているからだと思いますが、それは何だと思いますか。

水無田 以前、作者の東村アキコさんが、KEYのキャラクターは自分だとおっしゃっていました。自分が、いつまでも女子会しているアラサーにツッコみを入れたくなると。でも東村さんは、分裂したものをお持ちだと思うんです。創作者というのは得てしてそういう場合が多いのですが、自分のなかの矛盾をいくつかのキャラクターに反映させることによって、ダメな人間を愛おしく描くのがすごくお上手な方ですよね。タラレバ言っている3人娘も、KEYや涼や丸井といった男たちもそれぞれダメなんです。そのダメな部分をちょっと啓発して自分を磨いていけばいいという言説が2000年代までありましたが、2010年代はもはやそういうものでは解決できないという流れに変わってきました。むしろ人間の澱のようなものやトラウマがある意味で価値を持って、トラウマヒーローが流行りだしたのが2010年代に入ってからです。タラレバはそういった時代を象徴している作品なのかなとも思いますね。

原作とドラマの設定年齢の違いについて

――『東京タラレバ娘』はドラマ化もされましたが、そちらはどう見ていましたか。

水無田 日経新聞にも書いたんですが、ドラマではタラレバ3人娘の女優さんたちの実年齢が28歳、設定年齢は30歳でした。でも原作漫画では33歳なので、実年齢が若すぎたゆえにドラマは危機感を持って見られませんでした。20代後半というのは、国勢調査のデータを見てもまだ6割が未婚なんですよ。それが30代前半になるとぐっと下がって30%台になる。30歳を境に、マジョリティからマイノリティへと移行してしまうわけです。その違いは大きいですよ。

 原作もドラマも、東京を舞台にしたところは面白いですね。国勢調査の最新統計で、女性全体の生涯未婚率は14%ですが、東京は19%というデータが出ています。しかも先進諸国では、女性は給与所得が上がるほど婚姻率が上昇傾向にあるんですが、日本とイタリアだけは逆なんです。もっと正確に言うと、イタリアでは女性が稼げば稼ぐほど如実に結婚しなくなるんですが、日本の場合、年収410万までは婚姻に対してプラス効果があるんですが、410万円を超えるとブレーキがかかってしまうんですね。すごくリアルな数字だと思いませんか?

“タラレバ世代”はストレスと葛藤が大きすぎる

――400万円じゃなくて410万円? リアル過ぎます(笑)。

水無田 ちなみに女性の平均年収のピークがくるのが30代前半で、国税庁「民間給与実態調査」(2016年)では307万円なんです。そのあと出産、育児などでキャリアアップコースから降りていく女性が多いので、それ以降の平均年収は上がらないんですね。ですから30代前半のタラレバ世代というのは、仕事が面白くなってくると同時に出産のタイムリミットが近づく、非常にストレスと葛藤の多い時期なのです。

 そしてこの30代前半から、ライフコースが大きく分かれていくわけですよね。ですから、あのときこうしていれば、ああしていたらと、タラレバ言う女性が増えるわけです。でも、「東京タラレバ娘」シリーズは結果的に、あのときこうだったからこそ、今の自分がいるんだというメッセージを投げかけた。女性読者の多くがそこに共感できれば、この作品はひとつの大きな成果を上げたと言えるでしょうね。

後編はこちら】女の幸せに、結婚も夫婦関係もいらないレバ? ”タラレバ3人娘”のような女同士の関係こそ不可欠!?

取材・文=樺山美夏