自分の父親を殺したい少年と、“殺人計画”にのめり込む少女が出会う――予想を裏切る結末とは?

新刊著者インタビュー

公開日:2017/8/5

青春ミステリーとは、不安定な主人公を書く小説である

 10代の心情を描いたミステリー作品は多い。そうした青春ミステリーの系譜に本作も連なっているのである。逸木自身、青春ミステリーは好きで、書きたい気持ちはずっとあったという。

「たとえば、誉田哲也先生の『武士道シックスティーン』は好きな作品です。あれはスポーツ小説なんですけど、主人公が不安定であるところに特色がある。揺れ続けている主人公2人がいて、彼女たちが自分の問題に直面して答えを掴んでいくところがおもしろいんだと思うんです。大人と比べると10代は、どうしても安定していないところがある。青春小説は、そこを描けるのが魅力ですね。『武士道シックスティーン』は爽やかな小説ですけど、自分はもうちょっと暗い感情というか、人には言えないし、世間では邪悪なものとされている感情で結びついていく、そこでしかつながりを持つことができない女の子と男の子の話を書きたいと思いました。私は、米澤穂信先生の〈小市民〉シリーズも好きなんですが、あそこに出てくる秘密の盟約関係というのはちょっとこの作品に近いかもしれませんね」

 理子は親友に誘われて学校のボードゲーム研究会に参加している。クラブの仲間との交流が、彼女自身も気づかない救いの糸になっているのだ。中学生の視野の狭さ、人間関係の未熟さといった特徴が、この部活動の場面などを通じて描かれていく。理子に中学生としての生活を自然な形で送らせるために、作者は意を尽くしているのである。

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「ボードゲームは、自分でも好きでよくやります。作中にも書いたんですけど、ゲームをやっているうちに他のプレイヤーの意外な顔が見えてくることがあるんですよ。『え、本当はそんな人だったの?』って(笑)。そこで親睦が深まるということもあります。囲碁や将棋は完全な実力勝負だと思うんですけど、ボードゲームはもう少し緩くて、誰が来てもその場でパッと楽しめるという良さがあります。人間関係を豊かにしていくという意味ではすごくいいツールだと思います。私自身の部活動は、野球と吹奏楽でした。野球は実力勝負の世界です。ブラスバンドもコンクールに出れば競技なんですけど、そうではなくて演奏会を一緒にやっていこう、みたいのは、勝負ではなくてみんなで協力して作っていくものなので、私はその方が楽しかった。コンクール優先みたいなのはちょっと辛かったんです(笑)。自分の経験を元に、『じゃあ、楽しい部活ってなんだろう』と考えた結果、ボードゲーム研究会が出てきました」

 キャラクターの徹底した心理分析や、改稿を経て作品を磨いていくやり方などを見ればわかるとおり、新人ではあるが逸木は高いプロ意識をすでに備えた作家だ。前作と本作との違いについても、冷静に自己分析している。

「前作は、最初に呈示された謎を解き明かしていく話でした。今回は、主人公が状況の中に投げ込まれて、ひたすら揺れ動いていきます。第2作のお話をいただいたときから『前作とは切り口を変えて』という提案はありました。ただそれは、IT業界を舞台にしない、といった小説の“部品”に関するもので、書き方自体を変えることを要求されたわけではありませんでした。理子というキャラクターに寄り添っていくやり方が、物語の形に現れたのだと思います」

 次回作についての課題も、見え始めている。

「次は、もうちょっと最初からプロットも決めて書きたいですね。直し直しやっていくのはやっぱり時間がかかりすぎます(笑)。もう一つ、これまでの二作がけっこう盛りだくさんなストーリーになってしまったという印象があります。そんなにプロットを盛り込まなくても読者を楽しませられるのがプロだというイメージがあるので、次はもう少し抑制の効いた書き方をしてみたいと思います」

 どこまでも意欲的な作者は、読者の期待にも確実に応えてくれるはずだ。その歩みには、これからも注目していきたい。
 

取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道

 

紙『少女は夜を綴らない』

逸木 裕 KADOKAWA 1400円(税別)

小学生の時のある出来事をきっかけに、「人を傷つけてしまうかもしれない」という強迫観念に囚われている中学3年生の理子は、身近な人間の殺害計画をノートに綴ることで心を落ち着けていた。ある日、自分の秘密を知る少年が彼女の前に現れて、彼の父を殺す計画を手伝うように求める。二人は殺害計画に向けて動き出すが──。