向井秀徳「決してドラマティックではない、リアルな人間の素顔にグッとくるんです」

あの人と本の話 and more

更新日:2017/9/6

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、これまでCDやポスターを手掛けたデザイナー&友人の三栖一明のアートワークから、自らの人生をインタビュー形式で振り返った自伝『三栖一明』を発表した向井秀徳さん。お薦め本としてあげてくれたさまざまな男たちの無名の人生を描いた『東京湾岸畸人伝』を端緒に向井さんが憧れる生き方まで語ってくれた。

向井秀徳さん
向井秀徳
むかい・しゅうとく●1973年佐賀県出身。95年よりナンバーガールとして本格的なバンド活動をスタート。2002年に『MATSURI STUDIO』を開設。03年よりZAZEN BOYSを本格始動。10年からは、LEO今井とともにKIMONOSのメンバーとして、また、ソロとして向井秀徳アコースティック&エレクトリックといった活動も精力的に行っている。

 向井氏いわく、「居酒屋で偶然会ったおじさんの話を聞いているような感覚だという『東京湾岸畸人伝』。今作には、東京湾岸で生きる無名の男性の生き様が赤裸々に描かれている。

advertisement

「居酒屋で飲んでるおじさんの話っておもしろいですよね。『俺は年に3000万は稼いでた』とか『独立して会社を起こしたんだ』など、威勢よく強気に話してたかと思えば、『今日、20年一緒にいた猫が死んじゃってねぇ』と机に突っ伏して泣き出したり……。そんな姿に人としてのリアリティを感じて、グッとくるんですよ。ドラマティックに盛って書かれたサクセスストーリーにはそういうリアル感がない。面白い、面白くない関係なく、人間にはそれぞれの歴史がある。この本は、それをのぞき見したかのような感覚で楽しめました」

 そんな向井さんが心底カッコいいと思うのは、勝新太郎さんのような生き方だという。

「お会いしたことはないですが、勝新太郎さんに関する伝説は、聞けば聞くほど圧倒される。すべてが非日常ですよね。あとは、マイルス・デイビスも、音楽も含め、その人自体がアートになっている。そこまでになりたいとはいえませんが、将来的にはひとつの考え方に捉われない、心のキャパが広い人になりたいんです。日々、暮らしに追われていると考えが狭くなり、他人に厳しくなってしまうんですよ。僕の近所にも、杖を持ちながら、歩行人に「歩いていると危ない!」って注意しているおじいさんがいて(笑)。せめて、そうはならないように、包容力のある人になりたいですね」

 アーティスト活動をしている彼は、どうしても近寄りがたいオーラを持つ。しかし、一度話してみると、とても朗らかで話しやすい存在だ。そんな彼の音楽を過去作から順番に聴いていると、今の姿が形成されるまで、実にさまざまなことがあったのだと想像される。そんな向井さんの“生き様”が描かれた自叙伝が『三栖一明』だ。

「高校生の時に、“俺を見ろ!”という表現欲求が生まれたのはいいけど、窓を開けたら見えるのは一面の田んぼ。その時の僕がクラスメイトだった三栖一明と一緒に出す予定もないCDのジャケットを作った頃の話から、ナンバーガールの結成、解散、ZAZEN BOYSを結成してから今までを、三栖一明が作り上げたアートワークを説明する形で振り返っているんです。僕の人生はまあ面白くはない(笑)。でも、失恋がきっかけで衝動的に曲を作ったり、誰もが経験したけれど隠したいようなことを、この本では正直に語っています。言ってみれば“恥さらし”。人間は生きている限り、恥を積み重ねていくんです。そんなつもりで作ったわけではないんですが、それが実感ですね。この本が誰かの勇気になったらすごいことですよね。そんな人、いないと思いますけど(笑)」

(取材・文=吉田可奈 写真=江森康之)

 

『三栖一明』

『三栖一明』書影

向井秀徳/ギャンビット/2800円(税別)
高校の同級生である三栖一明と向井秀徳。そこから始まったアーティストとデザイナーという関係、さらに生まれた作品を軸に、向井の人生をインタビュー形式で振り返っていく。彼がずっと三栖のデザインとともに音楽を発表するのは「表面的なやり方が変わっても、僕の中身はかわることがない」という信念があるからだという。