2026年、多数の死者を出した京都暴動…テロ攻撃の可能性もない。700万年の人類史をたどった超絶エンタメとは?

小説・エッセイ

2017/9/15

 ページをめくりながら、呼吸が浅くなるのを感じた。高遠にして卑近、知的にして挑発的。京都で起きた暴動を描きつつも、力強い筆勢で700万年に及ぶ人類史を一気にさかのぼっていく。

 昨年、『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞に輝いた佐藤究さんの受賞後第一作は、「人類は、なぜ人類たり得ているのか」という神秘に迫るエンターテインメント長編。ヒトと類人猿を隔てるものは何か。ヒトとチンパンジーの遺伝子の違いはごくわずかにもかかわらず、ヒトはなぜ言語を獲得できたのか。

著者・佐藤 究さん

佐藤 究
さとう・きわむ●1977年、福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義で書いた「サージウスの死神」が第47回群像新人文学賞優秀作に選ばれ、デビュー。16年、改名して応募した『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。

 

 無名の理学博士である鈴木望は、進化系統樹の分岐点を探るべく、ある仮説を打ち立てる。その鍵を握るのが「自己鏡像認識」、つまり「鏡に映っている像は自分だと認識できるか否か」だ。AI研究から退いた資産家ダニエル・キュイの出資を受け、鈴木望は霊長類研究施設「京都ムーンウォッチャーズ・プロジェクト」通称KMWPのセンター長に就任。そして、ある実験を開始する。……いやはや、なんとも壮大な話ではないか。

「当初は、マイケル・ジャクソンの『Man In The Mirror』をもじった『Thriller In The Mirror』というタイトルで、心理学に寄り添った鏡のスリラー小説を書こうと思っていました。『鏡映反転─紀元前からの難問を解く』という本によると、世の中には左右の反転を認知しない人が意外なほど多いらしいんですね。『QJKJQ』でも書いたラカンの鏡像段階も踏まえ、その延長線上で小説を書くつもりでした。それが、京都で取材をしていた時、たまたま立ち寄った『黄金のファラオと大ピラミッド展』で現存する最も古い鏡、アンクを見たんです。その瞬間、これをタイトルにしようと思い、ストーリーの枝葉が一気に広がっていきました」

 物語がここまで遠大になった理由は、他にもあった。それは、新潮社出版部部長・中瀬ゆかりさんからの〝挑戦状〟だ。

「『QJKJQ』を読んだ中瀬さんから、『久しぶりに天才が現れた!』と評していただきました。でも音楽にせよ格闘技にせよ、〝天才〟ってキャッチフレーズがついたヤツはそこで終わるんです(笑)。いわば、デスノートに名前を書かれたようなもの。生半可なものを書いては、僕もここで終わります。この小説は『2001年宇宙の旅』への挑戦でもあったので、スタンリー・キューブリックとアーサー・C・クラークという二人の天才にタイトルマッチを挑むような思いで書きました」

 いかにも、プロレスや格闘技を愛する佐藤さんらしい発言だが、ブラフではない。本書の執筆は、まさに死闘だった。

「乱歩賞を受賞した時、『賞は格闘技でいうとチャンピオンベルト。次作以降の防衛戦でも評価を受けたい』と言いました。チャンピオンになったあと、みんなが見たいのは秒殺か死闘のどちらかです。そこで今回は、死闘を選びました。1970年代、モハメド・アリとジョー・フレージャーが『スリラー・イン・マニラ』と呼ばれる試合を行ったんです。14ラウンドでジョー・フレージャーのセコンドがタオルを投げ入れるのですが、これがもう、見ているこっちがやめてくれと言いたくなるほどの死闘。執筆中は、この試合のポスターを部屋に貼っていました。それもあって死闘にはなったんじゃないでしょうか。勝ち負けは別として」

学者には不可能な仮説を立てるのが小説家の役割

 鈴木望を中心とするKMWPセンターでは、チンパンジーに対し、認知テストを実施していた。そんな中、南スーダンで保護されたチンパンジーを、センターで受け入れることに。研究棟に迎えられたそのチンパンジーは、何の訓練もなく高度なパズルを完成。これは鏡像行為、つまりミラリングではないかと考えた望は、彼を「アンク」(古代エジプト語で鏡の意味)と名付ける。

 その数日後、センターは予期せぬ事態に見舞われた。深夜、望がセンターに駆け付けると、研究者も実験用チンパンジーも血まみれで息絶えている。ウィルスや菌は検出されない。ただ、互いに殺し合った痕跡だけが遺されている。原因不明のまま被害は拡大し、やがて京都を揺るがす暴動へと発展する。嵐山で、金閣寺で、京都御苑で、力任せに殴り、つかみ、殺し合う人々。暴動を誘発する原因は何か。その手がかりは、センターから逃げ出したアンクにあった。

「暴動シーンは、『ウォーキング・デッド』『ワールド・ウォーZ』の水準を下回らないように意識しました。さらに、暴動を起こした人々が我に返るところまで書きたかったんです。つい数分前まで生きていた人間が死に、中には狂乱状態で家族を手にかけた人もいます。人の死をゲームのように扱わないためにも、トリアージ(患者の容体から治療の優先度を決め、選別すること)のシーンを入れました」

 過去、現在と時を行き来し、物語はやがて思いもよらぬ展開を見せる。予測不可能な着地点は、緻密な考証に基づく新学説か、周到に準備された嘘か。虚実の皮膜を縫うような、刺激的な論考が繰り広げられ、読者の目を開かせる。

「学者は仮説を出すにも論文を作らなければいけませんが、小説家はその必要がありません。学者ができない分、できるだけ大きい仮説を打ち出すのが、小説家の社会的役割かなと思っています。この小説の核となる説も、僕の創作。とはいえ、最初は『そんな話、あるわけないだろう』と自分自身でも信じていません。それを『あるかもしれない』『確かにあった』というところまで持っていくために、資料をスクラップした自作の〝ゲシュタルト・ブック〟を使っています。よく海外ドラマで、停職中の刑事が事件の写真を部屋中にベタベタと貼っていますが、あんなイメージです(笑)」

 類人猿、ヒト、AI、DNA、暴動に対する法令など、集めた資料は多岐に渡り、分厚い〝ゲシュタルト・ブック〟は2冊にも及んだという。

「鈴木望は霊長類学者のトップですから、彼が見ている景色が見えないと小説を書けません。ですから、とにかく勉強しました。そのせいか、ダニエル・キュイと鈴木望の会話は、僕自身も二人が何を話しているのかわからなくなってきたほど。片や霊長類研究、片やAI研究のトップですからね。二人の会話を自動書記のような感覚で書き留めるという、珍しい経験でした」

 鈴木望、彼を取材するジャーナリストのケイティ、暴動の中で出会った少年シャガ。物語が進むにつれて、彼らの生い立ちも明かされていく。

「変な話ですが、この小説はマイケル・ジャクソンの物語でもあるんです。あの人ほど、鏡のイメージに近い人はいないでしょう。登場人物は、バラバラになったマイケルの分身です。鈴木望は父からDVを受けているという点で、幼少期のマイケルと同じ。シャガはダンサーとしてのマイケル、ケイティはマイケルの女性性を表しています。3人とも虐待、障害、挫折に悩んだ過去を持っていますし、あの中の誰かにシンパシーを抱く人は多いでしょう。個人的に好きなのは、ダニエル・キュイとケイティが対面するシーン。ケイティは彼の眼光の鋭さに威圧されますが、それまでの場面で鈴木望は彼と普通に会話しています。言ってみれば、スティーブ・ジョブズと平気な顔で話しているようなもの。ケイティのシーンによって、鈴木望も実は相当イカレたヤツだと伝わるのではないでしょうか」

感情ではなく感覚が変わる稀有な物語

 人類史をめぐる新説を打ち立て、死闘の末に誕生した本書。「とにかく面白くなければダメだと思った」と佐藤さんが語るとおり、ジャンル分け不能だが面白さにかけては図抜けている。

「僕は外国人レスラーみたいなもの。純文学の世界から放逐され、乱歩賞を獲っても推理作家の仲間に入れたわけでもありません。でも、夢野久作先生の『ドグラ・マグラ』だってジャンル分け不能。夢野先生が乱歩先生に認められたように、お二人がご存命なら僕も可愛がっていただけたかもしれません(笑)」

 人類史に真正面から向き合ったことで、佐藤さんの内側にも変化が起きた。

「以前はどこか遠くに行きたいという思いがありましたが、それがなくなりましたね。類人猿から見れば、僕らはもう十分遠いところに来ていると思ったからでしょう。きっとこの本を読んだ方も、鏡を見る時の感覚が変わるはず。感情ではなく、感覚が変わる小説は珍しいと思います。今年は類人猿ラッシュですから、コーネリアス、『猿の惑星』、ベイシングエイプのファンにも読んでほしい。『ウォーキング・デッド』『ワールド・ウォーZ』『暴走地区–ZOO–』が好きな方にもおすすめです。『2001年宇宙の旅』に出演したダニエル・リクターから名前を取り、ダニエル・キュイという人物やリクターというチンパンジーを登場させるなど、小ネタもちりばめています。何はともあれ、みなさんに楽しんでいただければそれが一番です」

取材・文=野本由起 写真=川口宗道