あのベストセラー感動作がマンガに!『虹の岬の喫茶店』

マンガ

公開日:2017/10/11

海を見下ろす岬にぽつんとたたずむ、小さな喫茶店「岬カフェ」。

この店でお客を待ち受けるのは、おいしいコーヒーと心に寄り添う音楽、そして初老の店主・柏木悦子さんの優しい言葉――。森沢明夫さんのベストセラー小説『虹の岬の喫茶店』がマンガ化され、現在「潮WEB」で連載されているのをご存知だろうか。心を震わす感動的な物語を、抜群の画力と構成力で再構築したのは天沼琴未さん。コミックス1巻の発売を記念し、舞台となった房総半島の喫茶店でおふたりの対談を行った。

森沢明夫さん,天沼琴未さん

森沢明夫(右)もりさわ・あきお●1969年、千葉県生まれ。2007年、『海を抱いたビー玉』でデビュー。『津軽百年食堂』『虹の岬の喫茶店』『ライアの祈り』『夏美のホタル』など映画化された作品多数。『あおぞらビール』『東京湾ぷかぷか探検隊』などエッセイも人気。近著に『エミリの小さな包丁』『たまちゃんのおつかい便』『失恋バスは謎だらけ』など。
天沼琴未(左)あまぬま・ことみ●1984年、栃木県生まれ。2007年より別名義でマンガ家として活動後、長期休業に入る。出産、育児を経て14年よりイラストレーターとして活動。この作品がマンガ家としての復帰作となる。

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森沢 天沼さんは、もともと僕の小説の読者だったんですよね。『虹の岬の喫茶店』を読んで、Twitterに悦子さんのイラストをアップしてくれて。

天沼 絵と感想をツイートしたら、森沢さんが見つけてくださったんですよね。

森沢 小説のイメージにぴったりの絵だったので、「すごく素敵な絵ですね。この絵でマンガになったらいいのにな」とコメントをつけたんです。そうしたら、本当にマンガ家さんだった(笑)。

天沼 その後、小説の担当編集者の連絡先を教えていただいて。ネームを描いて、アドバイスをいただいているうちにマンガのWeb連載が決まりました。

――そもそも森沢さんがこの小説を書いたきっかけは?

森沢 10年ぐらい前、日本の海岸線を一本の線でつなぐ旅をする、『渚の旅人』というエッセイを連載していたんです。旅の途中、面白いところを探していたら、南房総の観光案内所のおばちゃんから「地元の人でも意外と知らない喫茶店があるよ」と手描きの地図を渡していただいて。そうして訪ねたのが、このお店でした。ロケーションがあまりにも素晴らしくて、節子さん(喫茶店「岬」店主・玉木節子さん)に「この喫茶店を舞台にした小説を書いてもいいですか?」とお願いしました。

天沼 素敵なお店ですけど、入口がわかりにくくて初めて入る時にはためらいそうな場所ですよね。

森沢 今は賑わっているけれど、昔は何度来ても自分以外のお客さんに会ったことがありませんでした(笑)。お気に入りの店だったので、応援する意味でも小説を書こうと思ったんです。でも、脱稿する少し前に火事になって……。お店も節子さんの住居も全部燃えてしまいました。そこで、完成しかけていた原稿を大幅に手直しすることに。火事になる前のお店の様子をそのまま書けば、小説の中で半永久的に残るじゃないですか。取材用に撮ったお店の写真があったので、それを見ながら外観や内装を以前のお店どおりに書き換えました。

――天沼さんが『虹の岬の喫茶店』に出合った時の感想は?

天沼 森沢さんの小説はすべてそうですが、すごく温かくて優しくて、悪い人が出てこなくて。読後にすごく満たされた気持ちになれるんです。マンガやドラマ、映画に触れた時に、何か物足りないなと思うことがありますが、森沢さんの作品には足りないものがありません。「私が欲しかったの、これこれ!」って、心にぴったりフィットするんです。

森沢 僕の小説、一冊残らず読んでくれているんですよね。

天沼 以前は活字が苦手で、小説を読めなかったんですよ。小説を一冊読み切ったことって数えるほどしかなくて。初めて読んだのは『ライアの祈り』でしたが、「なんて読みやすくて、感動的で、私の欲しいものが全部詰まっているんだろう」と感激しました。そこで森沢さんの作品をすべて買い集めたんです。三十数年生きてきてまともに小説を読んだことがなかったのに、数カ月で読破しました。

森沢 すごいよね。

天沼 『虹の岬の喫茶店』も、とにかく素晴らしくて。いちばん涙が出たのは最終章。そこまでの章では悦子さんの内面が描かれることはありませんでしたが、最後にようやく「悦子さん、こういう気持ちで喫茶店をやっていたんだ」とわかるんですよね。たったひとりで岬のお店を経営しながら、実は寂しさを感じていたことも書かれていて。

森沢 悦子さんはかっこいい大人の女性ですよね。だけど、人間らしい弱さもある。そういう人を描きたいと思ったんです。

ひとりで岬の喫茶店を切り盛りする悦子さん。訪れる人々を温かく包みこむ慈愛に満ちた女性だが、章を重ねるごとに内に秘めた思いが明かされていく。

天沼 寂しいことがあっても、お客さんに笑顔を振りまいて、みんなのために音楽や優しい言葉を与えてきた人ですよね。ずっと寂しさや悲しみを堪えて生きてきましたが、最後に耐え切れなくなって涙をこぼしてしまう。その時の崩れていくような感覚が私にもわかったんです。最後に悦子さんが涙を流すシーンでは、私も一緒に号泣しました。

森沢 苦しい時に心を支えていた一本の柱が抜けてしまうと、人はガラガラガラッと崩れてしまいますよね。人間にはああいう感覚、あると思うんです。

天沼 わかります!

森沢 悦子さんは、生きる楽しさをわかっていて、ユーモアもあるチャーミングな人です。でも、失ったものもいろいろあって、子供も産まずにひとりで生きてきた。寂しさ、つらさを知るからこそ、他人に寄り添えるんですよね。

1章 アメイジング・グレイス
妻を病気で失った克彦と4歳の希美は、慣れないふたり暮らしに寂しさを隠し切れない。そんなある日、希美のふとしたひと言から、ふたりは虹を探す旅へ。行く先を決めぬままドライブを始め、たどりついたのは岬の小さな喫茶店。ドアノブを押すと、そこには虹の絵が飾られ、店主の悦子さんが微笑みながら出迎えてくれた。何気ない語らいを通じてふたりの事情を知った悦子さんは、優しい言葉と音楽で克彦にひと筋の希望を与えるのだった。

2章 ガールズ・オン・ザ・ビーチ
作家になる夢を諦めきれないまま、就職活動に明け暮れるイマケンこと今泉健。ツーリングの途中、偶然岬の喫茶店に立ち寄った彼は、美大生のみどりと出会い、ひと目で恋に落ちる。絵を描くことが大好きで、本気で画家を目指すみどり、悦子さんの甥っ子で、店の隣にライブハウスを建てようとDIYに励む浩司、ある想いを胸に秘め、岬でひとり喫茶店を開いた悦子さん。彼らに触発され、イマケンはやがてある決断を下す。

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