幻の焼物「曜変天目」を再現した陶芸家が殺された!? 藝大出身・美人作家一色さゆり第2作

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/11

『嘘をつく器 死の曜変天目』(一色さゆり/宝島社)

 2016年に『神の値段』で宝島社『このミステリーがすごい!』大賞大賞を受賞してデビューした一色さゆりさん。東京藝術大学出身で受賞当時は香港中文大学大学院美術に学部在籍中だった彼女が、現代アート界を舞台に描いた同作は新機軸のアートミステリーとして注目を集めた。そんな一色さんの第二作『嘘をつく器 死の曜変天目』が刊行。本作で描かれるのは製法不明の“幻の焼物”「曜変天目」をめぐる謎と殺人、陶芸に人生をかける職人たちの世界だ。

――ミステリー作品のモチーフとして陶芸を選んだ理由はどういったところにあるのでしょうか。

一色さゆり(以下、一色):もともと工芸の世界に興味があったんです。実際に工芸家として活動している友人などに話を聞いてみると、そこには私が知っている現代アート界とはまったく異なる作法がありますし、芸術家と呼ぶべきなのか、職人と呼ぶべきなのか、その境界がはっきりしない工芸家という存在そのものにも惹かれました。どういう世界なんだろうと調べていくうち、これはミステリーの題材に使えるのではないか、と感じる要素がたくさんありました。そこで工芸の中でもとくにポピュラーで、多くの人にとって身近なものである“陶芸”の世界をミステリーで描いてみようと思ったんです。

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――タイトルにもあるように本作では、“幻の焼物”とされる「曜変天目」が重要な役割を果たしています。

一色:焼物の多くは産地ごとに○○焼という区別がされていますが、ミステリーにしようとしたときに産地が限定されると、どうしてもやりにくいことが出てきます。そこで地域に限定されない鉄釉陶器を調べていくうちに、その最高峰とされる曜変天目には面白い逸話がいくつもあって、ミステリーに向いていると感じたんです。

――作中でも詳しく紹介されていますが、現存する曜変天目は世界に3点しかなく、そのすべてが日本国内にあって国宝指定されているそうですね。

一色:そうです。曜変天目は中国の福建省建陽市で作られたものとされていますが、人工的な技術ではなく、稀な現象として偶然に焼き上がる曜変天目は不吉の兆しとして恐れられ、生まれた端から破棄されたとも伝えられています。そこから奇跡的に日本にわたったものが、非常に価値のあるものとして現在まで受け継がれてきました。曜変天目の再現に挑戦する作家は日本各地にいますし、その製法を解明しようとする執念のようなものはぜひ描いてみたいと思っていたところです。

――現実の世界でも昨年12月にテレビの鑑定バラエティ番組で4点目となる曜変天目が見つかったとし、その真偽をめぐって大きな話題になりました。

一色:まさに本作の執筆中だったので驚きました。あと鑑定額が意外に安いな、と(笑)。放映後もあれだけ話題になるということは、やっぱり曜変天目を特別な存在として見ている人が多いんだなと改めて思いました。この騒動は曜変天目の名がより知られるきっかけになったと思うので、結果的にラッキーでしたね(笑)。

――本作では人間国宝への認定間近と目されていた陶芸家・西村世外が他殺体で見つかり、彼が人知れず曜変天目の再現に成功していたことが物語の大きな鍵になっています。前作では現代アート界の舞台裏が非常に興味深く描かれていましたが、本作でも物語に自然に絡めながら陶芸の世界がディテール豊かに描かれているところも大きな魅力のひとつになっています。

一色:今回、母校の陶芸科を訪ねる他、学生時代の友人で高名な陶芸家の窯元で修行をしていたの伝手を頼って全国各地のいくつかの産地を取材し、陶芸家の方々から興味深いお話をいろいろと聞かせてもらいました。現代アート界で出会ってきた作家たちと違って、焼物を作っている方は芸術家というよりも科学者に近いのではないかと感じることもありました。絵画や彫刻は作家が自分の感性のままに作品を作っていくイメージを抱いていたのですが、陶芸の場合は手作業の細かい技術だけでなく、釉薬のバランスによって焼き上がりがまったく異なるものになるので、その研究や科学技術を駆使することも求められます。しかし、どれだけ最新のテクノロジーを駆使しても、焼き上がりを完璧にコントロールすることはできません。技術をどれだけ高めても最後は自然の力に任せているという相反する側面があることに魅力を感じました。それと実際に陶芸教室と茶道教室にも通ってみて、私自身の実感として得られた陶芸の世界ならではの面白さをそのまま盛り込むように書いたので、そこを楽しんでもらえると嬉しいです。


――新宗教と陶芸の特殊な関係、京都における茶道界のネットワーク、工芸家の世襲制にまつわる問題など、多くの要素が組み込まれていることが物語に厚みを加えていますね。

一色:実際、西村世外のモデルにした陶芸家は、ある新宗教に取り込まれてズブズブの関係になっているようなところがありました。そもそも明治時代に日本に入ってきた絵画や彫刻などの新しい“美術”とは違い、日本では古くから陶芸は神に捧げる宝物として扱われるなど宗教と密接な関わりを持っているものです。陶芸の世界を描くからにはそういった側面も書きたかったんです。

 それと世襲制も美術にはない工芸の世界ならではのものですよね。世襲という制度には保守的で排他的なイメージがありますが、実際に工芸家として親の跡を継いでいる友人から「生まれたときからずっと囲まれていたから、自然とその世界に戻ってしまう」と聞きました。打算や妥協、理屈と関係なく、そういうピュアな気持ちで世襲と向き合っている人もいるということを伝えたいという思いもありました。

 いろいろとリサーチしていく中で自分が面白いと感じたものはどうしても書きたくなってしまうので、いろいろ詰め込みすぎてしまって、ちゃんとまとまっているのかなとちょっと心配です(笑)。

――作中に出てくる西村世外の創作論に、個人の努力やコントロールを超えたところに新しい命が生まれるという言葉がありましたが、ご自身の創作に通じる部分もありますか。

一色:そうですね。小説を書いている中で自分で意図していたもの以上のものが出てくることは実際によくあって、そういった発見は小説を書く上での大きな楽しみのひとつですし、その部分が小説そのものの面白さにもつながっていくと思っています。ただ、当初のプロットからあまり離れてしまうとミステリーとして成立しなくなってしまうこともあるので、そこに引っ張られすぎてもいけないんですが(笑)。

――現在は美術館の学芸員をされているそうですが、仕事をしながらでも小説を書いていくモチベーションはどのように保っているのでしょうか。

一色:プロットを考えたり、実際に執筆したりすることは基本的に楽しいことなので苦にならないんです。むしろ、仕事でストレスが溜まって疲れているようなときは小説にあてている時間に癒やされているようなところもあるぐらいです。学芸員の仕事としてアーティストの話を聞いていると「これは小説にしたら面白そうだな」とインスピレーションを得るようなことも多くあります。

――今後、どのような作品を書いていきたいですか。

一色:現代アート界は一般の人から見れば、やっぱり閉ざされた業界です。そこで何か問題があっても、あまり一般的に知られることもありません。現代アート界を描いた作品でデビューした以上、そういった問題提起につながる作品を書く責任はあると感じています。それをエンターテインメントのフィクションとして世に出していきたいと思います。当面の目標はそういった自分が書くべきものをしっかりコンスタントに書いていくことです。いずれはミステリー以外のジャンルにも挑戦してみたいですね。

取材・文=橋富政彦