菅田将暉&ヤン・イクチュンW主演! 寺山修司唯一の長編小説の映像化【『あゝ、荒野』監督インタビュー 前編】

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公開日:2017/10/7

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

 いわゆる「文豪」ではないけれど、亡くなってもなお多くの人に愛され、読み継がれる作家がいる。戯曲や詩などを数多く遺した寺山修司も、その一人だろう。

 彼の唯一の長編小説『あゝ、荒野』(KADOKAWA)には、新次と“バリカン”というプロボクサーを目指す青年が登場する。全く違った出自と個性を持ちながら、ボクシングに惹かれていく2人の物語は、1966年に誕生している。それから50年以上経った2017年10月に、前後篇で初めて映画化されることになった。半世紀以上前の作品をなぜ今、取り上げようと思ったのか。岸善幸監督にインタビューした。

日韓ダブルのバリカンは、言わば今の新宿の象徴

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

 岸さんはこれまでTVディレクターとして、バラエティ番組やドキュメンタリー、ドラマなどを手掛けてきた。映画監督初作品は2016年の『二重生活』だが、映像制作は約30年のキャリアを持つ。そんな岸さんであっても、寺山修司作品の監督をするのは「最初は気が引けた」そうだ。

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「配給会社の方からこの作品の映像化を持ちかけられた時、はっきり言ってどうしようかと思いました。学生時代に寺山さんの映画をずいぶん見ていたんですけど、僕が当時撮っていた自主制作映画とは天と地ほどの差がある作品ばかりで。難解で複雑な構成なのにひきつけられる。寺山作品を見るにつけ『すごい人だな』と思って圧倒されていました。それにとてもファンの多い作家だから、プレッシャーはありましたね」

 映画は少年院あがりの新次と、吃音と対人恐怖症を抱える理容師のバリカンが偶然出会い、ボクシングを始めることで進んでいく。ここまでは原作通りだが、バリカンは日韓ダブルという設定になっている。韓国人俳優のヤン・イクチュン氏が扮しているものの、なぜ原作にはない要素を加えたのだろうか。

「制作が決まった当初から、バリカンにはイクチュンさんがキャスティングされていました。発話に困難が伴う役だからセリフは多くないのですが、それでも日本語ネイティブではない彼が演じるのであれば、日韓ダブルにしてもいいのではないかと。もうひとつの理由は、映画も原作同様新宿が舞台ですが、1960年代ではなく2021年の話になっています。今の新宿のすぐ隣には、コリアンタウンの大久保がありますよね。バリカンの母親が大久保にいた韓国人だったとしても、違和感がないなと思ったからです」

 寺山修司はあとがきで、

実際、この小説には東京都新宿区歌舞伎町という共作者兼批評家がいるのであって、私は世界で一番その町が好きだし、安心できるし、信頼もしているのである。

 と書いている。映画にも歌舞伎町をはじめ新宿の景色が登場するが、原作に出てくるコマ劇場や新宿三越は、今はもうない。代わりに2000年頃から増え始めたのは、韓国をはじめとするアジア各国の料理や雑貨を扱う店だ。そういう意味ではバリカンは現在の新宿界隈が持つ、多様性の象徴とも言えるかもしれない。

 一方の新次は、『二重生活』にも出演した菅田将暉さんが演じている。小説ではあまり人物像が描かれていない新次に岸さんは、「自分を捨てた母を憎んでいる」という要素を加えた。

「原作に『憎むことだけが栄進の道につながる拳闘の世界では「一ばん多く憎んだもの」にチャンピオンという称号が与えられることになっているのだ』という言葉がありますが、新次はそれを体現するキャラクターにしたかったんです。持続するエネルギーの源が憎しみで、それは母親だけでなくかつての兄貴分だった劉輝や、敵対していた裕二にも向けられています。彼らへの復讐心を原動力にして強くなっていくことで、他人への憎しみを持てないバリカンとの対比も描けるのでないかなと考えました」

10キロ増やして、バリバリの武闘派ボクサーに

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

 2人ともボクシングはまったくの未経験だったが、日本と韓国でそれぞれ約半年間練習をした。俳優でもある松浦慎一郎氏がトレーナーにつき、バリバリの武闘派な肉体に仕上げている。成果のほどは映画でぜひ確認してほしいが、菅田さんは格闘家の身体を作るにあたり、10キロ増量したそうだ。

「ボクシング練習を始めたばかりの頃に『どうですか?』と松浦さんに聞いたら、『菅田さんは腰が高くて、重心がぶれてパンチを打つと身体全体が引きずられてしまう。10キロ以上増やして体幹を鍛えないと』と言われたんです。だから彼には体重を増やして、筋肉と体幹を鍛えるようにしてもらいました。で、撮影に入る直前に腕や背中を見たら、明らかに以前と違っていて。おかげでリアリティのある映像が撮れると確信しました。松浦さんにお礼を言ったら『まだまだです』と返ってきましたけど(笑)。ボクシングのシーンは2人の身体を仕上げてからまとめて撮ったのですが、スケジュールの都合で順撮りができなかったんです。プロになって上達した試合を撮影してから、まだ始めたばかりの下手くそなシーンを撮らなくてはならなくて。一度上達してしまうと下手な打ち方をするのは逆に大変なので、ここが撮っていてかなり苦労した点ですね」

 モダン・ジャズの手法によって書かれた(あとがきより)この話の後半は、兄弟のように睦まじかった2人が袂を分かち、対決する様子が描かれている。なぜ離れなくてはならなかったのか。対決する必要は本当にあったのか。そして2人は映画では、どのような結末を迎えるのか。続きは後編にて。

▲監督の岸善幸さん

取材・文=朴 順梨

『あゝ、荒野』
10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇
新宿ピカデリー他2部作連続公開
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、ユースケ・サンタマリア他
制作・配給:スターサンズ