菅田将暉&ヤン・イクチュンW主演! 男たちの物語の結末とは…【『あゝ、荒野』監督インタビュー 後編】

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2017/10/20

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

 少年院あがりの新次と、吃音と対人恐怖症を抱える理容師のバリカン。2人が偶然出会い、ともにプロボクサーを目指す『あゝ、荒野』(KADOKAWA)は、寺山修司初の長編小説だ。

 舞台を1960年代から2021年の新宿に移した映画版が公開中だが、どんな世界が描かれているのだろう? 「大学生の頃、つかこうへいとともに寺山修司の作品を読み続けてきた」と語る岸善幸監督にインタビューした、後編をお送りする。

今と地続きの、不安な未来も大事な要素に

 オリンピック後の2021年は、2017年とほぼ変わらないように見える。しかし経済的徴兵制とも言える、学生が介護の現場か自衛隊かで働く社会奉仕プログラムが存在している。また原作では「養老院に入りたくないがために、『話のネタになる本』を持ち歩き話し相手を探してさすらう孤独な老人」だったバリカンの父・建夫は、元自衛官になっている。

 彼は派遣先で部下を破綻に追い込み、自身も破綻してしまった。モロ師岡さん演じる建夫は、孤独だけではなく狂気もまとう亡霊のような老人だ。彼のキャラクターには、今まさに現実世界で起こっていることを反映させたと岸さんは語る。

「防衛省が自衛隊員に向けたアンケート結果に、イラクやインド洋に派遣された自衛隊員が在職中に自殺していたというのがありました。海外任務がストレスになり、重いPTSDを発症するケースがあることもわかっているので、建夫のような老人がいてもおかしくないなと。このように少し先に起こるであろう社会不安を描くことで、自分たちが存在している現在がどういう状況なのかが、物語であったとしても伝わると思ったからです。先の大戦時も多くの人が『戦争なんて対岸の火事』と楽観していたら、あっという間に巻き込まれていきましたよね。だから今の現実社会で起こっている“対岸の火事”が、この先どんなことを引き起こすのかが、想像できる設定にしたかったんです」

 孤独を抱えているのは建夫だけではない。芳子という恋人を得た新次も、彼女と身体は濃密に繋がっても心は孤独なままだ。

「芳子とのシーンは新宿に吸い寄せられた男女の、とてもわかりやすいラブストーリーになっています。傷を抱えた男女が出会い、お互いの傷をなめあいながらも距離を埋められずにいる。こういうカップルって、いかにも新宿にいそうですよね?(笑)

 2人を幸せにすることもできたのかもしれませんが、そもそも寺山さんって演劇にしても映画にしても、自分が生み出した人物を幸せにするどころか、試練を与えているんです。どの作品からも『人間は悲しい生き物だ』という思いが感じ取れるので、その要素を活かすために、芳子と新次は距離があるままにしました」

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

ボクシングは単なるスポーツではなく、肉体のコミュニケーション

 そしてバリカンも新次のもとから黙って姿を消し、別のジムに移籍してしまう。バリカンはずっと、新次と繋がりたいと思っていた。そのためには新次と殴り合うしか、方法を知らなかったからだ。原作に

「あの、殴りながら相手を理解してゆくという悲しい暴力行為は、何者も介在できない二人だけの社会がある。あれは正しく、政治ではゆきとどかぬ部分(人生のもっとも片隅のすきま風だらけの部分)を埋めるにたる充足感だ。相手を傷つけずに相手を愛することなどできる訳がない。勿論、愛さずに傷つけることだってできる訳がないのである」

 という言葉があるが、2人は「相手を傷つけることで孤独が慰撫され、愛することができる」と言わんばかりに、クライマックスで壮絶な試合を繰り広げる。その映像は世界に、新次とバリカン以外いないかのような描かれ方だ。

「この本で何が一番面白かったかというと、バリカンが新次からありえない数のパンチを受けるシーンだったんです。バリカン役のヤン・イクチュンさんも、そこが一番面白かったと言っていて。ボクシングの試合って、普通だったら5発ぐらい殴られたらタオルが投げられたりするものなんですけど、本当にありえない数のパンチが入っていた。それを見せるには現実を想起させる要素をなくして、ファンタジーにするしかないなと思ったんです。そして2人が殴り合いで言葉を交わしているということを描きたくて、無観客試合のような撮り方をしました。そもそもバリカンは吃音症を抱えているので、会話で自分の気持ちを流暢に伝えることができない。寺山さんはなぜこんな設定にしたのかと最初は疑問だったけれど、読み進めるうちに『ボクシングの中にバリカンの感情と言葉が詰まっている』と気づいたことも影響しましたね」

 ボクシングは単なるスポーツではなく、感情や言葉が詰まった肉体によるコミュニケーションだと岸さんは言う。だから「ボクシングシーンには力を入れたし、マルチな視点からの撮影にこだわり、多めのカット数にした」ことで、臨場感のある試合場面が演出できたと胸を張る。

「僕はずっとワンカットに空気感や距離感を込める映像にこだわってきたので、今回は『岸さんらしくないね』と、色々な人に言われましたが(笑)。この映画はR15だから15歳未満は見られないけれど、寺山さんを知らない若い世代にぜひ見てもらいたいんです。なぜなら寺山さんが存命だった頃、若者の多くが彼の本をポケットに入れて、大事に持ち歩いていたから。なぜ僕たちが寺山さんに惹かれたのか。あの頃の僕と同年代の今を生きる人に、映画を通して読み取ってもらえたらと思います」

取材・文=朴 順梨

▲監督の岸善幸さん

『あゝ、荒野』
前篇公開中、10月21日(土)後篇  新宿ピカデリー他公開
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、ユースケ・サンタマリア他
制作・配給:スターサンズ