水道・ガスにお金がかかることも知らなかったプロ引退後…『高卒元プロ野球選手が公認会計士になった!』インタビュー【前編】

ビジネス

公開日:2017/10/25

『高卒元プロ野球選手が公認会計士になった!』(奥村武博/洋泉社)

 華々しいプロ野球という世界――プロ野球選手は日本球界全体で900人ほど。小学校のリトルリーグから社会人の草野球まで、日本の野球人口から考えれば、そのステージに立てるのはほんの一握り。まさに憧れの舞台だ。

 光り輝くプロ野球界から一転、引退後の“セカンドキャリア”が問題となっている。ほとんどのプロ野球選手は、それまで高校・大学まで野球だけに打ち込んできた。いざ引退の時期がやってくると、どのように生きていけばよいのかわからない。監督やコーチの枠もほんのわずか。社会の荒波に揉まれ、戸惑う人が多いそうだ。

『高卒元プロ野球選手が公認会計士になった!』(奥村武博/洋泉社)の著者でかつて阪神タイガースに所属していた奥村武博氏もその一人だ。引退後、悩み苦しみながら9年かけて、球界初となる公認会計士の資格を取得。現在は資格を生かしてスポーツ選手のセカンドキャリアのサポートなどを行っているという。

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 インタビュー前編では、プロ野球選手引退後から公認会計士の試験に合格するまでについて語ってもらった。

◎水道・ガスにお金がかかることも知らなかったプロ引退後

――プロ野球を引退されてからはどのような生活を送っていたんですか?

奥村:引退してからは球団の打撃投手を経た後、飲食店で働きながら、調理師学校に通ってました。調理師免許を取って独立しようと考えてたんです。初めて一般社会というものを経験して、自分の世間知らずさ、無力さを痛感しましたね。

――高校卒業後、すぐにプロ入りを果たしたから、アルバイトの経験もなかったんですよね?

奥村:そうです。実家にいたので、マンションの借り方がわからなかったし、水道・ガスにお金がかかることも知りませんでした。今ではもう当たり前の知識ですが、飲食店で働いていた当時は売上・利益・人件費・単価などを教えてもらってもピンとこなかった。お客さんとして行く分には馴染みがあったんですけど、カウンターの向こうに行くと別世界。自分が何も知らないことに気づかされて苦しかったですね。

――そんな中、公認会計士を目指すことになったきっかけは?

奥村:ふと「このままでいいのかな…」と将来のことを考えたんです。そんな時に、たまたま資格ガイドを目にして、公認会計士という仕事を知りました。調べてみると、試験制度が変わって、誰でも受験が可能。しかも高校が商業高校だったこともあり、簿記の知識が生かせるなと思ったんです。他の資格を見てもピンとこなかったんですけど、公認会計士だけは、なぜかすごく印象に残って。迷いなく、受けてみようと決心しました。

――これまで、野球一筋でいきなり勉強というのは大変だったのでは?

奥村:本当にツラかった(笑)。机に向かう癖をつけることが一番苦労したかもしれないです。最初はなんだかんだ理由をつけて飲みに行く、ゲームする、とすぐ逃げてました。現役の時は机に向かうってことがない。本を読んで活字を読む癖をつけとくんだったと後悔しましたね。

◎なくてはならない時間だった9年間の試験勉強

――公認会計士を目指して合格するまで9年。この9年間で得たものとはなんでしょう。

奥村:トライ&エラーを繰り返して、工夫していくことで道を拓くことができる。それを実証できたこと。これって野球と一緒なんですよね。勉強も野球も、そしてビジネスも根本の部分で同じなんだ、と公認会計士の勉強を通して気づきました。

――「野球と勉強は一緒」と気づいたのはいつ頃ですか?

奥村:合格直前の2年間くらいですね。それまでは、自分がこれまで経験したことのない世界でもがいてた。けれど、実は野球で経験したことを生かすことができるとわかってから、一気に効率化できるようになって、どんどんプラスに変わっていったんです。

――本の中で「唯一越えられない壁は自分で作った壁」という言葉がありますが、こういう考え方も公認会計士の勉強を通じて得たものですか?

奥村:もともと持っていたものだと思います。例えば、このバッターには敵わない。だから投げません。とはならないじゃないですか。強い相手をどうやって倒していこうか、って考える。それが公認会計士を目指した9年間で熟成されて、自信を持って言えるようになったと思います。

――なるほど。野球の中でしか出てこなかったマインドが、9年間で勉強やビジネスにも出てくるようになったんですね。

奥村:そうですね! そういった意味でも9年間はなくてはならない時間だったと思います。サクッと2、3年で受かってたら多分気づかなかったし、調子に乗って変なことになっていたかもしれません。時間をかけた分、この考え方を大事にしていきたいです。

前編はここまで。後編では公認会計士の魅力や仕事内容について、奥村さんが取り組んでいきたい夢について語ってもらいます。

(続きは後編で!)

文=冴島友貴

元プロ野球選手から公認会計士となった著者・奥村武博さん

<著者プロフィール>
2001年にプロ野球選手引退。その後、飲食業などを経て、日本初の元プロ野球選手の公認会計士となる。現在は、一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構 代表理事、税理士法人オフィス921・株式会社オフィス921スーパーバイザー、優成監査法人非常勤職員として活躍。