才能を見出され就職の道を捨ててみた…けど!? 羽賀翔一×佐渡島庸平『君たちはどう生きるか。』発売記念対談レポート【前編】

マンガ・アニメ

2017/10/28

 編集者・児童文学者にして雑誌『世界』初代編集長、吉野源三郎が1937年に発表した『君たちはどう生きるか』。この歴史的名著が新鋭マンガ家の手によってマンガ化され、話題を呼んでいる。マンガ版を手がけた羽賀翔一と、デビュー直後にその才能を見い出し、鍛えてきた編集者・佐渡島庸平によるトークイベントが10月某日、BOOK LAB TOKYOにて開催された。

マンガ家になるため就職の道を捨ててはみたけれど

佐渡島:原作は80年前に刊行された本なんです。「これは今を生きる人たちにこそ刺さるんじゃないか?」とマガジンハウスの編集者テツオさんから企画を提案していただいたんですね。で、「よし、羽賀くんに描いてもらおう」と。

羽賀:テツオさんからしたら「誰!?」って感じですよね(笑)。佐渡島さんには講談社のマンガ賞(MANGA OPEN)に投稿したときからお世話になっていて……。

佐渡島:僕は講談社でマンガ編集の仕事を10年してきたのですが、その10年間で読んだ新人マンガ家の中で、羽賀君に最も才能を感じたんです。

羽賀:そうなんですね!

佐渡島:これは佐藤雅彦さんの言葉なのですが、「〈作り方〉を作ろうとしている作品にふれると、魅力と脅威を感じる」。羽賀君のマンガには、投稿作の時点ですでにその気配があったんですね。これは〈作り方〉を作ろうとした結果、生まれた作品だと。

羽賀:「君には才能がある、一緒にマンガを作っていこう」と佐渡島さんに声をかけていただいて……、当時大学4年だったのですが、就職をやめちゃったんです。学校の先生という就職先も決まっていたのに。

佐渡島:そこから迷走が始まったね!

羽賀:でもなかなか思うようにはいかなくて。はじめて佐渡島さんと一緒に作った『ケシゴムライフ』ってマンガは「これが出ることで世界が変わるぞ!」って思ってたのにあんまり売れなくて。

佐渡島:在庫はコルクに置いておくしかないから、会社に大量のダンボール箱が置かれる事態に(笑)

羽賀:でも、佐渡島さんがいろいろな方に『ケシゴムライフ』を紹介してくださって、その縁で『君たちはどう生きるか』を描けることにもなったので、ちゃんとつながっているなって。

圧倒的な原作を、いかにマンガとして面白くしていくか

羽賀:当初は1年で完成させる予定だったんですよ。でも2年もかかってしまいました……。倍ですね。

佐渡島:どこが難しかったの?

羽賀:この圧倒的な原作をどうやってマンガとして面白くしてしていけばいいのか――とにかく試行錯誤しました。主人公のコペル君に様々な示唆を与える「おじさん」が出てきますが、その設定もかなり二転三転して。まったく見知らぬ人にしよう、とか。実はタイムスリップしてきた人にするかとか(笑)。

佐渡島:なるほど。そういえば、マンガの合間におじさんからの手紙がまるごと載ってるページが何度か挟まれるよね。あれを読むコペル君の手が毎回、微妙に変わっていたりするけど。

羽賀:あれは自分の名刺から閃いたんです。僕の名刺は両端に、あたかも名刺を差し出しているかのように手の指を描き入れているんです。名づけて「失礼な渡し方をしても大丈夫な名刺」(笑)。これを担当編集さんが面白がってくれて「それ使ってみようよ」と。

佐渡島:手紙を持っている手から、感情が伝わってくるよね。

羽賀:普通に読んでいるところでは普通に持っている感じで、読みながら心が動いているんだろうなあ……というところでは、指をぎゅっとさせました。

佐渡島:活字の本をマンガ1冊でまとめるとなると、どうしても全部の要素は盛り込めないわけだけど、「ここは絶対に盛り込まなければいけない」と思ったエピソードは?

羽賀:同級生の浦川くんのエピソードですね。原作で書かれていることに加えて、自分の体験を反映させた場面もあるんです。たとえば2人が一緒に勉強しているシーン。コペル君のノートは字と字の間がすっきりしていて読みやすいんだけど、浦川くんのノートはもうぎっしり書き込まれている。

佐渡島:読者はそこで、ああ、この子の家はノートを買う余裕もないくらい貧しいんだ、と気がつくという。

羽賀:僕が中学生の頃、実際にそういうノートの書き方をしている子がいたんです。それが強烈に残っていて。

佐渡島:ほかに、原作で特に印象に残った言葉とかはある?

羽賀:やっぱり最後の部分ですね。「みなさんにおたずねしたいと思います。君たちは、どう生きるか。」という締めくくりの文章。この言葉は、語り手、つまり作者が読者に差し出しているんだろうけど……。

佐渡島:マンガの最後で、いきなり語り手が登場するのも違和感があるしね。

羽賀:そうなんです。でも、この言葉があってこその『君たちはどう生きるか』なので。結局、駆け出そうとしているコペル君の絵の横に、この一文を入れて、さらにそこに吉野源三郎さんの名前を添える……という見せ方にしました。

佐渡島:いいよね。美しい着地点だなと思った。

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)

●1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。現在、漫画作品では『オチビサン』『鼻下長紳士回顧録』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『テンプリズム』(曽田正人)、『インベスターZ』(三田紀房)、『昼間のパパは光ってる』(羽賀翔一)、小説作品では『マチネの終わりに』(平野啓一郎)の編集に携わっている。

◎ツイッター @sadycork https://twitter.com/sadycork
公式ブログ

羽賀翔一(はが・しょういち)

●2010年大学ノートに描いた『インチキ君』で第27回MANGA OPEN奨励賞受賞。また、面白法人カヤックの社内エピソード「ならべカヤック」「追いぬきルーキー」やクリエイターのエージェント会社・コルクを舞台にした1ページマンガ「今日のコルク」を執筆。他の著書に『ケシゴムライフ』がある。

◎ツイッター @hagashoichi https://twitter.com/hagashoichi
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