豚肉の部位になぞらえた『肉小説集』の次は、旨さあふれる「鶏」小説! 『和菓子のアン』でおなじみ、坂木司の最新刊

新刊著者インタビュー

2017/11/6

本書は、人気シリーズ『和菓子のアン』でもおなじみ、〝日常の謎〟の名手・坂木司さん、待望の最新刊。各世代が抱える悩みを豚肉の部位になぞらえた『肉小説集』(この9月に文庫化)に続いて、今回のテーマ(?)は、鶏=鶏料理。とはいえ、そこはひとすじなわではいかない坂木さん。はたしてその内容とは――?

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坂木 司
さかき・つかさ●1969年東京都生まれ。2002年『青空の卵』で覆面作家としてデビュー。続く『仔羊の巣』『動物園の鳥』が「ひきこもり探偵」シリーズとして人気に。13年『和菓子のアン』で第2回静岡書店大賞・映像化したい文庫部門大賞を受賞。『ホテルジューシー』『夜の光』『大きな音が聞こえるか』『肉小説集』など著書多数。日常の謎を素敵なミステリに仕立てる名手。

 

それにしても、そもそもなぜ〝鶏〟だったのか。なんとなく、そこにも坂木さんならではの隠し味=裏テーマがあるような?

「『肉小説集』で豚をやって、次、順当に行ったら次は牛か鶏(笑)。ただ、牛にすると、表紙もテイストも若干似てしまう。その点、鶏だと見た目も変わるし、また全然違うジャンルにできるかなあ、と。そして、おっしゃる通り、当初、『野性時代』での連載を始める前は、チキン=〝へたれ〟な話も考えていました。でも、それではあまりにストレートすぎるので、今回は入れなかったんですけれど」

というわけで、今回もやはり、小気味よいひねり技が随所に効いた鶏=鶏肉が彩る5つの短編・物語。さらに、もう一つ、今回は〝コンビニ〟という場所も、とても魅力的なモチーフになっている。

「きっかけは、やっぱり『肉小説集』のラストなんです。あの最後に、主人公がコンビニに逃げ込んでたり、塾通いの子がコンビニのチキンをめちゃ食べているのが出てくる。なので、なんとなく繋がっている。別に続編ではないけど、イメージとしては、今回も同じような都市が舞台なんじゃないかな、と。あと、今回も全体的に男性が主人公なんですけれど、男性ってコンビニが好きなので、作中でも気づくとコンビニに行ってしまうんですね。なんですかねえ、他にもいろいろ美味しいものがあるはずなのに帰りに寄りがち?(笑)」

第二話「地鶏のひよこ」は小泉八雲の随筆がヒント

そもそもは、流行りの肉食女子ではなくて、肉食男子。しかも一度、肉食男子ブームが廃れた後の、ちょっとへたれな、前向きではない肉食男子。そして主な舞台も、明らかに美味しいレストランではなくて、コンビニ。またも坂木さんらしいニッチな視点に唸らされる今回の本。そして、中に収められた5つの物語の主人公たちが抱えている迷いや悩みやうっくつも――、上手く言葉にできない、一言では言い表せないような微妙なもの。

〈特に不幸じゃなくて、でも最高に幸せでもなくて。一番に打ち込むようなものもなくて、一番逃げたいようなものもない。ただ、なんとなく、ちょっとムカつく〉

第一話「トリとチキン」の中の一節にあるような、なんだか分からないけど、もやもやしたもの。それをあたたかく掬い取り、ほっとするような救い=答えを用意してくれているのが、本書なのである。

「良かった(笑)。夢がある人とか、やりたいことがある人、あるいは、何もなくても最終的に何かを見つける人というのは物語になりやすいんですけれど、ないままの人のお話はあんまりないし、いても脇役だったりする。でも、今、普通に生きてる人ってどうなのかなと思うと、見つからないままのほうが、たぶんリアリティ。もちろん、そのなかで、きっと何回も、夢が持てない自分とか、夢が見つけられないオレとかということで、ちょいちょい悩む。でも、と言いながらも人生は進む――という感じがあるなあと思ったんですね」

でも、それは決して、不幸ということでもダメだということでもない。塾で知り合った思春期の男の子二人が主人公の「トリとチキン」。決して情が薄いわけではないけれど、一人息子との距離をはかりかねているプチセレブの父親が主人公の「地鶏のひよこ」。何事も広く浅く、こだわりが薄い大学生の「丸ごとコンビニエント」。平凡な帰宅部・中学男子のはじめての瞬間を切り取った「羽のある肉」。病というところまではいかないけれど、なかなか社会になじめない漫画家青年の「とべ エンド」――。収められた5つの物語を読み進むうちに、それぞれの主人公、登場人物たちが、どんどん身近に、さらには愛すべき魅力あふれる人たちになってくる。そして、物語の中で鮮やかに提示される、それぞれの問題への答えは、自分の中にひそかに溜まっていたもやもやへの答えとも重なって、文字通りすっきり爽快、はっと目を開かされるのである。

「そうですね。たぶん、前作の〝豚〟よりも、こっちのほうがもっと救いがある話になったかな、とは思います。ただ、主人公たちは、やっぱり、いろいろ……(笑)。たとえば、一話目の「トリとチキン」のレンくんは、最初のイメージは、〝オール電化の男の子〟なんですけど、今思えば、彼がいちばん軽く病んでたかもしれない。ちょっと寂しいということもあり。だから「トリとチキン」は、ホラーに転ぶこともできたお話なんです。今回、そうはしなかったですけれど、よく読むと、ちょっとだけ怖いところも出てきます(笑)。そして、二話目の「地鶏のひよこ」についていえば、無条件に子供が好きだと言えなくてもできることはいっぱいある、その境界線を探ったつもりです。好きすぎて失敗するケースもあるし、むしろ、そっちのほうが暗い話になるだろうなあと。さららにいえば、「地鶏のひよこ」は、じつは高校生の頃に読んだ小泉八雲の随筆がヒントになっているんです。八雲さんはお母さんが大好きで、病気になるたびにはるばる英国に帰っていたんだけど、奥さんも大好きだから日本にいたい。そこで彼はすごく悩む。だから、お母さんが亡くなったとき、悲しいけれどほっとして喜ぶ気持ちも自分にあると。それがどこかにひっかかっていて、親の責任を違うかたちで描きたかったんですね」

夢は持っても持たなくてもいい 普通に生きてけばいいじゃん

そして、第三話「丸ごとコンビニエント」では、広く浅いということは別に悪いことじゃないということを。第四話「羽のある肉」では、ぜったいにストレートではないけれど、夏のあるできごとを切り取った学園ものを。さらに最終話の「とべ エンド」では、あまりにしびれるラストに思わず空を見上げたくなってくる。

「すごい戻っちゃうんですけれど、デビュー作が『青空の卵』だし、たぶん、羽ばたこうとしている人が好きなんですね。飛べるか飛べないかはともかく、羽ばたこうとあがいている感じがいい。飛ぼうと思って飛べましたという話は正しいし、飛ぼうとしたけれど飛べなかったという話も正しいし、たくさんある。でも、たいがいひねくれ者なので(笑)、それよりは、飛ぼうと思い続けて――という人の話のほうが、勇気が出る感じで好きなんです。そして、最初にもちらっとお話ししたように、今回は、〝夢持たなくてもいいですよ〟というのもありました。学生のときとか、よく将来の夢とか書かされるじゃないですか。あと、進路表とか。
もちろん夢があるのは素晴らしいし、あって全然いい。でも、ない人にとっては、じゃあ、ないと素晴らしくないのかという矢がはね返ってくる。だから、別にどっちだっていいじゃん、と。ない人もいっぱいいるし、持ってもいいし、持たなくてもいい。
普通に生きてけばいいじゃん。と、今回はそういう『鶏小説集』です(笑)」

取材・文:藤原理加 写真:首藤幹夫