身の丈にあってない勉強を不必要にやり過ぎると、結局大学で詰まる!? ロザンが教える、究極の勉強法【インタビュー】

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更新日:2017/11/22

『身の丈にあった勉強法』
(菅広文/幻冬舎)

「『偏差値30アップの勉強法』は、ほとんどの人にとって意味がない。」「『宿題やった?』と親に聞かれた瞬間、子供にとって宿題が罰になる。」など勉強法に関する先入観や常識がことごとく覆される刺激的な内容が並び、しかも読んで面白いと話題の『身の丈にあった勉強法』(幻冬舎)が現在ベストセラーとなっている。そこで著者のロザン・菅広文さんと、相方である“高性能勉強ロボ”こと宇治原史規さんに「身の丈にあう」とは一体どういうことなのか、お話を伺った。


ロザン
高校の同級生だった菅広文(1976年生まれ、大阪府立大学経済学部中退。ボケ担当)と宇治原史規(1976年生まれ、京都大学法学部卒。ツッコミ担当)によるコンビ。96年に結成して心斎橋2丁目劇場でのオーディションに挑戦を続け、98年に合格してデビュー。現在もピン出演のギャラやクイズ番組などで得た賞金、印税などはすべて折半しているという稀有なコンビ。著書に『京大芸人(幻冬舎よしもと文庫)』(菅広文/幻冬舎)、『京大少年』(菅広文/講談社)、『京大芸人式日本史』(菅広文/幻冬舎)、『菅ちゃん英語で道案内しよッ!』(菅広文/ぴあ)など。

■「身の丈にあう」はプラスの感覚

――「無理に習い事をさせると、その習い事が嫌いになる。」「苦手科目は『いつから苦手か』を思い出す。」など、目からウロコが落ちまくるような『身の丈にあった勉強法』ですが、『身の丈にあった勉強法』はどうやって生まれたんですか?

菅広文(以下菅) ロザンで講演会をやらせてもらってるんですけど、最近は学生だけじゃなくて、主婦やお孫さんのいる人、社会人にも来ていただけるようになったんです。そこで質疑応答をすると、勉強や仕事をしていく上での同じような悩みや、子供に勉強させるにはどうしたらいいかといったよく聞かれることがあって、それを一冊にまとめたら読んでもらえるんじゃないか、というのがきっかけです。あとは……印税ですね(笑)。

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宇治原史規(以下 宇) 印税かい!(笑)

 実は質疑応答で一番多いのは「なんで勉強せなあかんの?」という、いまだに答えが出てない質問なんですよ。それをこの本を書くことで、僕なりに「こうじゃないですか?」と言えるかな、と思ったのもありますね。

 菅さんがこの本を書いているときから内容について相談されていたんで、最初の頃から読んでたんですけど、これは思白いなと思ってましたね……って僕が言うのもなんですけど、これまでで一番面白いですよ。普通に笑ろてまう、という。

――「受験直前は、神頼みよりやるべきことがある。」の章は笑いました。言われてみると、寒い時期に外へ出て、しかも人が集まっているところへ行ったら風邪を引くリスクがありますよね。

 本に書いていることは僕も思ってることなんですが、申し訳ないですけど「ちょっと感じ悪いな~」と思うことは全部宇治原さんが言ってる表現にさせてもらってます(笑)。

 それ、漫才やったらツッコめるんですけど、本にされると弁解の余地がなくて。しかも活字で残ってしまうという。

 一生残るからね(笑)。でも僕ね、今回書いててすごい楽しかったんですよ。「あ、これ前よりも上手(うま)なってんな」みたいな感覚が自分の中であって、いい表現できるようになってるな、と。

 菅さん、ここ筆進んでたんやろな~、というところが読むとわかりましたね(笑)。それくらいノッて書いている感じがしました。


 「学校の勉強をせずに塾に行くのは、暴飲暴食をしてからジムに行くのと同じこと。」の章は、結構気持ちが入ってるとこですね。友達とかにも学校の先生がおったりするんですけど、学校の先生=悪、塾の先生=善というふうにし過ぎやな、って思うんです。僕が言いたいのは「いやいや学校の授業聞いといたら塾なんか全然行く必要ないし、それって生徒の方が悪いのに」ってことなんですよ。

――「進学するなら塾へ行くのは当然」という風潮ありますよね。

 んー、それもちょっとおかしいと思うんですよ。そうなると、大学行ってからも塾行かなあかんと思うんです。そうやって身の丈にあってない勉強を不必要にやり過ぎてしまうと、結局大学で詰まるんですよ。

――「身の丈にあっていない高校・大学に入ると、成績が伸びなくなる。」の章にありましたね。確かに大学生で塾へ行ってるという人はほとんどいないですし、身の丈を知らないことが如実に出てしまうのが「就職活動」かもしれませんね。本書にも「面接では、喋ることよりも聞くことに重点を。」という、これまた他の本にはない目からウロコな章もあります。

 やっぱり仲良くなったりする後輩は、ちゃんと人の話を聞けてるかどうかみたいなことも重要やったりするんですよ。仕事してても、テレビ局の人や編集者の話をちゃんと聞けてる人が残ってたりするよね?

 「話聞いてる?」と思うこともあるね。全然違う答え返って来たりとかすると「今聞いたこととズレてんねんけど、それ気づいてるんかな? こいつアホやな」みたいな(笑)。

 例えばタクシーの運転手さんとのやりとりで、「なんでこれ、伝わらへんの?」と思ったことがあります。車内がエアコン効きすぎで寒いから「ちょっと寒いんで、温度上げてもらっていいですか」って言ったら「じゃあ切りますね」って人がいたんですよ。全ッ然会話噛み合ってない。切ったら暑いねん!(笑)それって、1個目のワードに引っ張られてるんですよ。

――最初の「寒い」しか聞いてなくて、相手が何をしてほしいのかまで聞いてない、考えてないということですもんね。

 そういうことが仕事や就活でも必要やと思うんですよ。面接のとき、人事の方って、質問したことに対する受け答えを見て「あ、これは用意してる答えやな」みたいなことがわかるはずなんです。それって、身の丈にあわないことをしてることだと思うんです。

――「身の丈」は本書のタイトルとテーマになっています。

 みんなそれぞれのレベルでやったらええやん、ということが言いたかったので、キモは「身の丈」かなと思って、タイトルは結構早めに決まりましたね。

――でも「身の丈にあう」って、どうやっても自分を超えられない、みたいなマイナスのイメージありませんか? 「身の程を知る」みたいな。

 なるほどなるほど。でも僕にとって「身の丈にあう」というのは、プラスの感覚なんですよ。


■勉強を助けようなんていう気持ちはサラサラない!?

――本書に、自分の夢を見つけたいのなら、まず「友達本人が気が付いていない良いところを見つけてあげる」ことが近道で、そうすると友達が「自分では気が付かなかった自分の良いところ」を見つけてくれる、という部分がありました。菅さんの小説『京大芸人』で「芸人になろう」と宇治原さんを誘うシーンを思い出しますね。

 宇治原さんの良いとこ探してあげた、っていうのもなんかねぇ。

 高校からの同級生なんで、まあ近過ぎるからな。

 あ、でも宇治原さん、図に乗らないところはありますね。

 ウッヘッヘ……

 なんちゅう笑い方!(笑)

 ……まあでも言われてみたら、そんな話は結構してるかもわかんないですね。高校のときは全然わかってなかったんですけど、菅さんて冷静ですよね、客観視するというか。それは人のことも、自分のことも、そして自分たち(ロザン)のことも。後輩が菅さんとしゃべってると「目じゃなくて、後頭部見られてるみたい」って言うんですよ。



――確かに菅さん、じっとこっちの目を見て「うん、うん」って話を聞かれますよね。

 目ぇ悪いだけや!(笑)

 (笑) 見透かすというか、そういう感じなんですよ。見透かす、ってわりとマイナスに使われることも多いですけど、でも見透かす力というのは、仕事するにしても重要やと思うんです。菅さんは、その能力に長けてるかなと思いますね。

 それで言うと、出版社の方と仕事させてもらって思ったんですけど、そこで働いている人たちってめっちゃ本が好きな人たちなんですよ。でも同じようなところにおると、人って気づかなくなることありません? だから僕が書いたものを直すのは編集さんに任すし、宣伝は宣伝の人に任す。もちろんお笑い的にこっちの表現の方がいい、みたいなとこは残してくださいとは言いますけど、僕は基本、任してしまうんです。この本はチームで出していただいたもんですし、チームの人たちがすごい本が好きなのわかってるんで。

――でもそうやって菅さんのように「人に任せる」のは怖い部分もありますよね。やはりそれは相手の能力を見抜くこと、先ほど宇治原さんが言われた「見透かす」なんですか?

 それはいいように言っていただいてますけど、僕はただ単にラクしたいだけ、7時間寝たいだけなんです(笑)。全部自分でやったら、しんどくなるじゃないですか。

 菅さんはホンマに身の丈にあう、ってのが好きなんですよ。自分のできることをそれぞれが100%やって、いらんことすな、っていう。それは勉強法だけじゃなくて、全部においてそういう考え方なんです。だから菅さんは“見透かしてるつもり”はないと思うんですよね。自分のことも見透かしてるから。俺はこれくらいしかできへんから、という考え方なんですよ。それは卑屈になってるということではなく、バシッと身の丈を測るというのが好きなんだと思うんです。僕はなんでも自分でやりたいタイプなんですけど、さんざん菅さんと仕事した中で、多少変わったとは思います。


 誰かに任せた段階で、失敗しても笑えるかどうかということが大事やと思うんですよ。思ったよりも上手く行けへんくても、「全然あかんかったな!」っていうので僕はいいんで。別にその一回で終わるわけじゃないから、次なんでこれが全然やったんや、というのを考えてやればいいだけのことです。

 「自分にできない」ということを納得できるか。もともと僕はあんまりそれができる人間ではなかったんです。負けず嫌いなんで(笑)。でも「できへんこともあるな」っていうことを、卑屈にならずに、どうやってうまく諦められるかを菅さんの考え方に感化されたところはあるんです。コンビ組んでやっていくときに、ネタは菅さんが書いた方が面白いとなったときに、「じゃあネタは書いてくれ」と任せられるかどうかって重要やったと思うんですね。それが例えば「別に俺も書けると思うけど、相方が書いてるだけや」と思ってたら、たぶん上手く行かないと思うんです。菅さんは菅さんで「書いてやってる」と思ってなくて、「ネタは自分がやったらいい、宇治原さんは菅にはできへんことをやってくれるからそれでいい」ということがあると思うんですよ。

 いや、めっちゃ「書いてやってる」って思ってますよ!(笑)

 アッハッハ! じゃ隠してるんか!(笑)

 まあまあそれは冗談ですけど、でもホント、な~んも思わないですね。僕ね、旅行とか行っても後輩が全部スケジュール組んでくれるんですよ。たぶん宇治原さんは自分で全部スケジュール組むと思うんですけど。


 全部自分で決めて、行程表作って配りますね。

 ね、真逆なんですよ。後輩と熱海に行ったときに、ストリップ見ようってことになって、それは後輩が担当してくれたんです。結構なおじいちゃんがやってるストリップ劇場で、おばあちゃんが脱いでる、みたいな(笑)。それで行く前からずっとやり取りしてて、僕に任せてくださいってって言ってたのに、行ったら……閉まってたんですよ!

――え!(笑)

 そしたらその後輩、シャッターバンバン叩いて「××さん! 起きてください! あんなに連絡したじゃないですか!」って。それがめっちゃおもろかったんですよ。もしかすると、ストリップ見るよりも楽しかったかもしれない(笑)。だから極意じゃないですけど、任したらちゃんと任せる、そこに失敗も成功もないという感覚やし、成功さすのは任せた方やと思うんですよ。この時はストリップ見られへんかったことが面白かったから「成功」になるじゃないですか。もちろんそこには相手がちゃんとやってるかどうか、っていうのが大きな物差しにはなるんですけどね。まあちゃんとやってなかったら、あんなにシャッター叩いてないと思うんです……って、なんでここでストリップの話してんの?(笑)

 知らんがな!(笑)

――人に任せられるというのが「身の丈にあう=プラスの感覚」ということなんですよね。そして「なんで勉強しないといけないの?」という質問に対して『身の丈にあった勉強法』で菅さんが出している答えにつながることだと思います。


 人には向き、不向きって絶対ありますからね。ま、でも勉強法自体が僕の中では“フリ”なんですよ。もっともらしいことを言って、笑かしたいだけなんで(笑)。笑ってもらって、なおかつ何かしらちょっとでも参考になったらいいなと。

――この本を読むと、人生を変えてしまうすごい考え方に気づいてしまうことがあると思うんですよ。大人は自分が勉強してこなかったことが失敗だと知っているから「勉強しなさい!」と言いますけど、子供はそんなこと知らないし、言うことなんて聞かない。でも菅さんや宇治原さんの言うことが書いてあるこの本なら、聞いてくれるんじゃないかなと。

 菅さんは「面白い」と思ってくれたらなんでもええと思ってて、別にみんなの勉強を助けようなんていう気持ちはサラサラないですよ(笑)。

 あっはっはっは! サラサラないんや!(笑)

 それよりも「笑かしたい」というね。だから読んでいただいて、まずは「あー、おもろかった」でいいと思うんです。その上で勉強の役に立ったら完璧、ということやと。

 そうそう、そうなってくれたらうれしいですね!


取材・文=成田全(ナリタタモツ)
写真=内海裕之