泣ける小説として読者&書店員から熱い支持!『夜が明けたら、いちばんに君に会いに行く』汐見夏衛インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2017/12/6

本心を隠すため、マスクをつけて登校する少女。自分の気持ちに素直で、自由奔放な少年。正反対の二人は、いつしか心を通わせるのだが――。「今、いちばん泣ける」と話題の小説を、著者のインタビューとともにひもといていく。

 

誰からも好かれる優等生を演じ、どこかで無理を重ねていた丹羽茜。そんな茜に対し、隣の席の深川青磁は容赦なく冷たい言葉をぶつけてくる。しかし、茜の心が壊れかけた時、彼女を救ったのは青磁。いつしか二人の距離は近づいていくが、青磁には秘密があって……。心のささくれをそっと癒やす、優しさあふれる物語。

 

今年6月に刊行された青春小説『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』(以下『夜が明けたら』)が今、じわじわと売れ行きを伸ばしている。発売以来、若い女性読者を中心に人気が広がり、11月には発行部数7万部を突破。今なおその勢いは止まらない。

advertisement

著者は、昨年デビューしたばかりの汐見夏衛さん。愛知県で高校教師を務めるかたわら、小説を執筆している。

「小学生のころから小説を読むのが大好きで、暇さえあれば読書をしていました。とはいえ、そのころは小説を自分で書くことはありませんでした。作家という仕事にあこがれはありましたし、書いてみたいなという気持ちもあったのですが、いきなり大量の原稿用紙を前にして何万字もの作品を書こうとしても、ゴールの遠さに呆然としてしまい、すぐに挫折してしまって(笑)。ですが、教員として働きだして3年ほど経ち、仕事にも慣れて少しずつ自分の時間がとれるようになってきたころ、たまたま知り合いがケータイ小説を書いていることを知ったんです。『それなら私でも書けるかも』と思って、さっそく投稿サイトに登録してみたのが小説を書き始めるきっかけでした」

そして2016年、戦時下にタイムスリップした少女と特攻隊員の恋を描いた『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』でデビュー。『夜が明けたら』は、汐見さんにとって2冊目の単行本だ。

「ある日、ふと『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』というフレーズを思いついたんです。その語感が気に入ったので、いつかこの題名で小説を書こうとメモしていました」

タイトルとなるフレーズからイメージを膨らませたあとは、キャラクターを作り上げていった。描きたかったのは、正反対の二人が少しずつ距離を縮めていく様子。そのコンセプトのもと、キャラクター設定を考えたという。

「自分の気持ちを押し殺して周りに気をつかいながら生きる女の子と、思ったことは何でも口にしてやりたいことはすべて行動に移す男の子という、正反対の関係を描いてみたいなと思ったんです。あと、私自身が空を見るのが好きなので、空の美しさをテーマにしたいと思い、それなら空の絵を描く男の子にしようと考えてキャラクター造形を深めていきました」

主人公の丹羽茜は、ある事情からマスクをつけていないと落ち着かない〝マスク依存症〟の高校2年生。人当たりのいい優等生を装っているが、本心はマスクの下に隠している。実社会においても、茜のようにマスクを手放せない人は増えているそうだ。

「キャラクター造形を考えていたころ、ちょうどマスク依存症のことを知りました。確かに数年前から、病気や予防という理由がないのにマスクを四六時中つけている人が増えているなと感じていました。私が教えている生徒の中にも、マスクを外した素顔を見たことがない子が何人かいます。また私自身も、風邪をひいてしばらくマスク生活をしていたら、化粧をしなくていいラクさ、壁があって守られているような安心感を実感して『もうしばらくつけていようかな』と思ったこともあります。そこでマスク依存の経験談などを調べるうち、依存するのは本当の気持ちを隠すため、周囲に対して一線を引いて自分を守るためで、でも『マスクをはずせるようになりたい』と思っている人が多いと知りました。そういう女の子を主人公にして、彼女が依存から脱する姿を描くことで、悩んでいる人たちの力に少しでもなれればいいなと思い、この物語を考えました」

高校教師の汐見さんにとって、女子高生は身近な存在だ。自身の経験を思い出し、教え子たちの姿を眺めながら、構想を膨らませたという。そのためか、大人の〝上から目線〟ではない瑞々しい感性、リアルな心情が描き出されている。家族や友人など周囲の顔色をうかがう茜の行動、そのせいでストレスをためこんでいく姿に、自分を重ねる読者も多いはずだ。

「いちばん大切にしたのは、自分が高校生のころに感じていたことです。時間がたって大人になり、あのころの気持ちを忘れかけていたんですが、仕事で高校生たちとふれあうことで当時の自分の考えや思いがよみがえり、それを作品に書き込んでいきました。高校生たちの話を聞いて作品のヒントになるものを得ることもありますが、それよりは彼ら同士のやりとりを聞いて得ることのほうが多いですかね。やっぱり大人や教師に対するよりも高校生同士のほうがざっくばらんに言いたいことを言っているので、とても参考になります。例えば、休み時間などに交わされる何気ない会話などは、小説を書くうえで参考にしています。『夜が明けたら』の中でも、席替えのシーンや、文化祭の準備がうまくいかないシーンでは、高校生たちの様子をかなりリアルに描写したつもりです」

汐見さんにとっても、高校時代は特別な時期だったそう。当時の思いが作品にもぎっしりと詰まっている。

「自分自身もそうでしたが、高校生って、自分と他人を比べて『どうして自分はこうなんだろう』と悩んだりとか、他人からのちょっとした一言や仕草が忘れられずにいつまでも傷ついたりとか、周囲から見ると些細なことに心を大きく動かされて思考の大部分を占められてしまうことがあるんですよね。大人になると仕事や生活が忙しくてそんなことを考える時間も気持ちの余裕もなくなってしまいましたが、そのぶん、あのころの敏感で豊かな感性も失ってしまったんだなあと残念にも思います」
 

自分の心を守れるのは自分しかいない

学校でも家庭でも〝いい子〟でありたい。そう一生懸命になるあまり、茜の心は次第に壊れていく。文化祭の準備を進めようとせず、すべて茜まかせのクラスメイト。家事や妹の世話などを自分に頼りすぎる母親。引きこもりの兄。少しずつ追い込まれていく茜の姿に、こちらまで息苦しくなってくる。

「私の勝手なイメージですが、マスク依存症になってしまう若い子には、茜のようなタイプが多いような気がします。周りに気をつかいすぎて相手の気持ちを考えすぎて自分が疲れてしまっているというか。彼らの気持ちを考えながら茜の心情描写をしていきました」

言いたいことを作り笑顔で飲み込む、自分ひとりで何でも背負い込む。極限のストレスにさらされた茜は、爪の縁をシャープペンで傷つけることで、心の平穏を保つようになる。

「文化祭の準備で精神的に追い詰められ、自傷的な行為に走りながら心情を吐露するところ、青磁に感情をぶつけるシーンでは、『勝手に動き出す』という感じでどんどん言葉が出てきて、筆が進みました。優等生を演じずにはいられず、そのせいで閉塞感に苦しむ茜というキャラクターにおいて最も象徴的なシーンなので、書く時にはかなり気合が入りました」

そんな茜の心を救ってくれたのが、クラスメイトの深川青磁だ。人目を気にせず自由奔放に振る舞う彼は、茜とは真逆のタイプ。銀色の髪、中性的な美貌が人目を惹き、学校でも目立つ存在だ。彼は茜が隠した本心を見抜き、「つまんねえやつ」「お前見てると、本当に苛々する」などと辛辣な言葉をぶつけてくる。

「茜は自分の鏡のような存在だと思います。一方、青磁の性格は、私の憧れです。私自身言いたいことを我慢して周りに合わせることが多くて、そんな自分に嫌気が差すこともあります。ですから、言いたいことや言うべきことを周りの意見なんて関係なくパッと口にできちゃうような人がいると、すごいなあと尊敬するんです。そこに、なぜそういう性格になっていったのかという理由づけとして彼の過去と秘密を足していきました」

面と向かって、茜に「嫌いだ」と言い放つ青磁。当然、茜もそんな彼を疎ましく思っていたが、ある日青磁が描いた絵を目にし、心を打たれる。それは、分厚い雲の隙間から光が射す空の絵。希望の光が降り注ぐ、涙がこぼれるほど美しい絵だった。

「きれいごとの理想論かもしれませんが、たったひとつの言葉、一枚の絵や写真、一冊の本といったほんの些細なものがきっかけで、一気に気持ちが軽くなったり世界の見方や感じ方が変わったりすることもあるんじゃないかと思っています。茜にとって青磁の存在が、また青磁にとっても茜の存在がそうであったように、今とても苦しい悩みの中にいる読者の方にも、そういう小さくて大きなきっかけが訪れてくれるといいな、そのきっかけを見逃さないようにしてほしいな、という思いで書きました」

一枚の絵をきっかけに、親しく言葉を交わすようになった二人。言いたいことを言わずに我慢し、自分を押し殺す茜に対し、青磁は幾度となく強い言葉を投げかける。

「お前がマスクを外せなくなったのは、お前が悪いんだろ」
「悲劇のヒロインを気どるな」
「お前の目に映るこの世界は、ぜーんぶお前のものなんだよ」

耳に痛いセリフの数々は、茜の心、そして読者の心にもストレートに突き刺さる。

「この作品は、構想を練り始めてから実際に書き出すまで半年くらい時間があったので、その間はずっと、青磁を魅力的な存在にするため、インパクトのある外見や口調、特徴的な言動や象徴的な発言などのキャラクター像をじっくり考えていました。また、茜については、家庭環境やクラスでの人間関係などでどんな悩みを抱えているか、どういう思考回路でどういう行動を取るのかなどを考えておきました。それらがだいたい固まった状態で書き始めたので、実際に執筆する段階で悩んだりぶれたりすることは少なかったように思います。青磁の言葉も『青磁ならきっとこういう言い方をするだろうな』と勢いで書きました。よくいう『キャラクターが勝手に動く』という状態に近かったと思います。今思えば、青磁の言葉たちには、私が若い人たちに伝えたいなと思っていることが反映されている気がします」

中でも、汐見さんが伝えたかったのは、「お前の心を守れるのは、お前だけだ」というセリフだ。

「心配してくれる家族や相談にのってくれる友達がいたとしても、自分が自分をないがしろにしてしまったら意味がありません。やっぱり最後は自分で自分を大切にしないといけない、そういうメッセージを込めました」

 

表紙イラスト

丹羽茜(にわ・あかね)
学校でも家庭でも優等生を演じる少女。ある事情から、外出時はマスクが手放せない。本当の自分とのギャップに思い悩んでいるが、大嫌いな青磁の交流を通じ、少しずつ変わっていく。
深川青磁(ふかがわ・せいじ)
まぶしい銀髪、中性的な美貌が目を引く少年。ルックスもさることながら、自由奔放な性格、絵画のセンスにより学校でも目立つ存在。なぜか茜を毛嫌いし、面と向かって「嫌いだ」と言い放つ。

 

本当の気持ちを抱え込み息苦しい思いをしている人へ

マスクの下に隠した鬱屈を解き放って以来、茜と青磁は急速に仲を深めていく。屋上で絵を描く青磁の隣で、ぼんやりと空を眺める。触れ合った指先に、ドキリと胸が高鳴る。手作りの水鉄砲で、子どものようにはしゃぎまわる。いつしか茜は、青磁への恋心を意識するようになる。

「中でも、青磁が空の絵を描いた傘を差し出すシーンが気に入っています。茜が青磁への思いを自覚するためにも必要なシーンでした」

一緒に朝焼けを見に行く場面も印象的だ。「夜明けに会いたくなる人は、一緒に朝焼けを見たいと思う人は、自分が心から愛する人」――タイトルにもつながる一文はロマンチックで、二人の絆の深さをうかがわせる。

「私事ですが、人間関係の悩みから今までの人生で一番つらかった時期があって、そのころは一日中そのことばかり考えて絶望的な暗い気持ちで生活していました。ある日、たまたま朝早く目が覚めて、カーテンの隙間からピンク色の光が射し込んでいるのに気がついて、ベランダに出てみたんです。そうしたら、息をのむほど綺麗な朝焼けの空が広がっていて、それを見た瞬間、心が洗われたような気がしました。その時、『会いたいな、一緒にこの朝焼けを見て感想を言い合いたいな』と思い浮かんだ人がいて、その時の気持ちをずっと覚えていて、それがこの一文を思いつくきっかけになりました。ちなみにその人が今の主人です(笑)」

しかし、青磁には茜にも言えない秘密があった。ちりばめられた謎、忘れていた過去、茜がマスクを手放せなくなった理由。ラストに向けて伏線が回収されていく構成も見事だ。

「この作品を書くまでは、実はプロットを作ったことがありませんでした。頭の中で『だいたいこんな話……』とぼんやり考えて、あとは勢いで書いていたんです。でも、それだと伏線を拾い忘れたり、前後で矛盾が生じたりして、全体を読み直して加筆修正することが多くて。『次はちゃんとプロットを作って書こう』と決心して取り組んだのがこの作品でした。プロットでは、全体の展開をまず並べて、その横に伏線の欄を作り、伏線を置く場所と回収する場所をしっかり決めておきました。物語を組み立てる上で心がけているのは、読者の方が最後まで読みたくなるように書くことです。私の表現力では、登場人物たちの物語をただ書くだけでは最後まで読ませる作品にはできないので、少し引っ掛かるセリフや秘密めいた部分を作っています。『それが明かされるまでは気になるから読もう』という気持ちになっていただこうという打算です(笑)」

読者からは「泣ける」「感動した」という声が、数多く寄せられているとのこと。しかし、汐見さんは「泣ける話」を意識したわけではなかったという。

「私としては予想外で、『涙を誘うようなシーンを書けていたかな?』と不思議に思いました。いただいた感想を読んでいくと、最後のシーンで感動して泣いたというお声が多くて、茜と同じように本当の気持ちを自分の中に抱え込んで息苦しい思いをしている方がそれだけ多いということなんだろうなと思いました。だからこそ、茜が解放されたことに共感し、感動していただけたのでしょう。やっぱり青磁のように何でも自分の思った通りに言ったり行動したりしながら生きていくのは難しくて、みんな茜のように誰にも言えない鬱屈した思いを抱えながら生活しているんですよね」

汐見さんが、作中の茜に向けるまなざしはとても温かい。「大丈夫だよ」「もう我慢しなくていいよ」と背中にそっと手を添えるような優しさに満ちあふれている。それが読者の胸に響き、ヒットにつながったのかもしれない。

「高校生のころの私と同じように自分の気持ちを外に出すことができず、閉塞感の中で息苦しさを感じながら日々を送っている方へ、今の私がもてる精一杯のメッセージをこめて書いた作品です。この作品を読んで、少しでも悩みが軽くなったり、気持ちがすっきりしたと思っていただけたら幸いです」

汐見夏衛
しおみ・なつえ●鹿児島県出身。教員として働くかたわら、小説投稿サイトで作品を発表。2016年、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で作家デビュー。書籍化第2作『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』は、7万部突破のベストセラーに。

 

構成・文:野本由起 イラスト:ナナカワ

 

この感動作に、いち早く注目したのが書店員。
熱い思いのこもったコメントを紹介!

星野書店 近鉄パッセ店……柘植和紀さん
見られていないようで、ちゃんと見守られている。
気がつかれていないようで、ちゃんと気づかれている。
日常や世界は本当に意地が悪くて、自分に悪意しかないように思える瞬間があるかもしれないけど、実はそれほど酷くもないから、もうちょっと力を抜いて行こうか。
そんなメッセージを感じました。

明文堂書店 TSUTAYAレイクタウン……相澤宏幸さん
人には言えない悩みを抱えている主人公に共感し一気読み。
目を惹く綺麗な装丁と同様に、文章から伝わる美しい色の表現で物語に引き込まれました。
タイトルの意味を知った時、とても心が温まる作品です。

三省堂書店 名古屋本店……本間菜月さん
「無理をする」「弱いところは知られたくない」という感情は誰にでもあるとは思いますが、この本を読むと、隣にいる誰かにちゃんと話してみようかな……という気になりました。
大切な人や、家族にも。さらけ出す勇気と頼る努力さえあれば、きっとこの本のように綺麗な色の世界が目の前に現れると思いました。
今、ちょっと内に秘めて、下を向きがちな人にこそ、読んでほしい一冊です。

紀伊國屋書店 新宿本店……山下真由さん
ライト文芸は若者だけのものだと思っていましたが、大間違いでした(笑)。
青磁の数々の名台詞は年齢を重ねた読者にもきっと刺さるはず。
悩みや不安から逃げずに向き合うことの大切さを教えてくれる一冊です。

未来屋書店 四條畷店……髙𣘺 祐介さん
色鮮やかなこの作品には、全ての音が止まり、そこに書かれた文字しか見えなくなる瞬間がある。
その「言葉」に、涙しないのは難しい。
そして、読んだ人はきっとこの「言葉」を、今、思い浮かんだ人に贈りたいと思う。

文苑堂書店 清水町店……室 優子さん
朝焼けとマスク。不器用な優しさが複雑に絡まりあい、刻一刻と変化していく空模様のように、静かに染み入る物語です。表紙も美しいですが、登場人物たちのもがきながら生きる姿もとても美しいです。